3話:一目惚れした方は
「大切な婚約者であるバルディ様の想い人様ですから、私も協力致したいとは思いますが……」
「ありがとう。ミディがそう言ってくれるなら直ぐに見つかりそうだよ。私の大事な婚約者であるミディは、優しくて周りの事を良く見ているから」
「まぁ。ありがとうございます、バルディ様。でも私はただののんびりさんですのよ?」
「違うよ。のんびりしているけれど、それが私みたいに慌ててしまう男にとって落ち着けるんじゃないか」
「そう仰って頂けると嬉しいですわ。確かにバルディ様は慌ててしまう事もお有りですが、早めに行動して下さるから、例えば観劇に行く時に遅刻する事も有りませんし、現在だって通う学園へ遅刻しないようにお迎えに来て下さるから、私がのんびりしていても間に合いますのよ? しかも私を叱らずにお待ち下さるなんて、バルディ様こそお優しい婚約者ですわ」
「何を言う。君の支度を待つ事で、私の慌ただしい気持ちが落ち着いてゆったりとした気分になるのだから、叱るなんて有り得ないよ。君を待つのも楽しいんだ」
「まぁ。ふふ。ありがとうございます」
いつもバルディ様は、このように仰って下さいます。偶には私ののんびりした所に苛立つ事も有るはずなのに、全くそのような事は見せなくて。政略結婚で結ばれた婚約者ですが、幼馴染みという気安さも含めて、バルディ様が婚約者で良かったとつくづく思いますわ。
あら、そういえば何のお話をしておりましたっけ。ええと。
「あ、バルディ様がお見かけした天使様のことでございましたわね」
「あ、ああそうそう。その話をしていたね。何か覚えているかい?」
バルディ様に促されて考えますが。そもそもあの夜会はプレデビューとして、親しい子息・令嬢の方ばかり。10歳前後には子息・令嬢が集まる子どものお茶会が始まって、そこで親の考えも込みで仲良くなる方を見つけていきますの。そしてプレデビューに繋がるのですが……。
「それが。バルディ様の仰るような黒いお髪をされたご令嬢は、あのプレデビューの夜会には参加されて無かったはずですの」
「とすると、私の見間違いか、招待客では無い事になるが……」
「かの侯爵家のご令嬢様と妹様は共にお髪が金色ですわ」
「そうだったね。では見間違い……」
「ドレスの色も黄色でしたか」
「うん。一瞬だったが黄色だったよ」
「そうですか……」
あの夜会では色被りが無いように、と前もって参加メンバーの令嬢達で色を指定しました。夜会を主催して下さった侯爵家のご令嬢様は、青を選ばれ。他の方々も赤やピンクや緑や金。銀と紫の方もいらっしゃったはずです。一口に青と言っても濃い目から薄いものまで有りますし、紫を選ばれた男爵家の令嬢様は薄いバイオレットだったと記憶しております。その中で私が選んだのが黄色でして、つまりあの夜会で黄色のドレスを着たのは、私しかおりません。
ですが、私の髪の色はバルディ様もご存知ですが、赤です。昔は鮮やかな赤でしたが、成長するに連れて濃くなってきまして暗く濃い目の赤です。ですから黒では有りません。でも私以外の令嬢が黄色のドレスなど着られないはずなのです。前もって色を各自で決めたのですから。私は素直にバルディ様にお話する事にしました。
「ドレスのお色ですが。黄色、は、私の色なんですの。あのプレデビューの夜会では色被りが無いように事前に参加メンバーで打ち合わせを致しましたのよ。主催の侯爵家の令嬢様が青、あの男爵家の令嬢様が紫、といった具合で」
「それでミディは黄色だった?」
「ええ。ですから黄色のドレスは私以外に着られないはずですの」
「確かにシャンデリアの下で見たミディのドレスは黄色だったね。と言っても赤みがかった黄色だったね」
「ええ! そうなんですの!」
私はバルディ様が覚えていて下さった事が嬉しくて声を弾ませます。だってあの色にしたのは……
「もしかして、私の髪の色?」
私が説明するよりも前にバルディ様が言い当てられます。
「まぁ。解ってしまいましたのね」
「うん。だってそれは、私の色、という事だからね。嬉しかったんだ。ミディが私の婚約者だと周りに教えているみたいで」
「ええ。そうですの。バルディ様の婚約者である事を知らせる為にあのお色にしましたのよ」
「ありがとう」
「いいえ。だって、バルディ様もあの夜会では明るい緑色でしたもの。あの色は私の目の色で、ございましょう?」
「そうだよ。だって私はミディの婚約者だからね」
「とても嬉しかったのですわ。あの夜会で友人の令嬢様方から、お互いの色で素敵ですわね。とお言葉を頂きましたのよ?」
「そうか! では、皆、私達が婚約者だって解ってくれたんだね」
「もちろんですとも! ただ。天使様が黄色のドレスだったというのは……どうしてだったのでしょうね」
「うん……。私が天使を見た、と見間違えたのかもしれないね」
「いいえ! 天使様はいらっしゃったと思いますわ! だってバルディ様は目が良いでは有りませんの。お茶会で一緒に参加して、途中でお互いの友人と話をしていて離れても、必ずバルディ様は私を見つけて下さいますのよ?」
「それは、ミディの事を小さな頃から見て来ているし、君は可愛いから何処に居ても直ぐに判る。そういう君だって私が何処に居ても直ぐに気付くじゃないか」
「それはもちろん、小さな頃から交流して来ていますし、バルディ様は背が高くて男らしい凛々しい顔をされてますもの。判ります」
そんな事を言ってから2人で顔を見合わせて笑います。やっぱりバルディ様と一緒にお話をしていると楽しいですわね。もちろん、楽しいだけでなくて、婿に来て下さいますから、我が家の将来についても話しますのよ。革細工という新しい特産品についても、2人でどんなものが出来るのか話しながら、職人の元を訪ねたり、別の職人が作った髪飾りを買って下さったり。バルディ様と楽しく穏やかな時を過ごせますの。
だからこそ、バルディ様の想い人くらい見つけて差し上げたいな、と思うのですけど。黒い髪の黄色のドレスのご令嬢……。どなたなのでございましょう?
お読み頂きまして、ありがとうございました。