黒猫のひとり言
ある所に、大きな山があった。
その山の中腹に、大きな屋敷が、ゆらゆらとかげろうに包まれて建っていた。部屋の片隅で、逃げ場を失ったかげろうの……光と影が濃くなっていく……
モゾモゾ……
かげろうの黒い影が動いた。
モゾモゾ……
(……)
モゾモゾ……
(ファ~……)
「ん? 何か生まれたか」
部屋の住人は驚く事もなく呟いた。
ピン! モゾモゾ……トテトテ……
(だぁれ?)
「意思があるのか……私は、お前の主だな」
(あるじ……)
「姿が安定するまで、屋敷の中にいるといい」
(うん……)
生まれたばかりの黒い影は、モゾモゾと動いて……部屋の住人の足元で丸くなった。
(あるじについて歩く……)テクテク……
(だんだん遠くなるから走る)パタパタ……
黒い影は歩けるようになり、嬉しそうにあるじを追いかける。その姿は、綺麗な漆黒の小さな猫になっていた。
「うん? 私に付いて来なくていいのだぞ。この屋敷には沢山の部屋がある。気に入った部屋を自分の部屋にするがいい」
(あるじのそばがいい)
「ふむ。では、お前が入る籠でも置こうか」
(あるじ~ありがとう)
子猫は、主が大好きだった。
◆ ◆ ◆
屋敷の主が出かけた。子猫は留守番。いつもは、主の部屋から出ない子猫だが、今日は部屋の外が気になる様だ。
子猫は、あちこちの部屋の中を覗きながら屋敷の中を歩いている。部屋の隅っこにブヨブヨした何かを見つけた。
子猫は、ブヨブヨが気になって近寄る。すると、ブヨブヨに水を掛けられてしまった。
(何するんだ~! 部屋の中がビショビショになるじゃないか~)
子猫は怒って、ブヨビヨを咥えて屋敷の外に捨てた。子猫は、主の屋敷をビショビショにされるのがイヤな様だ。
◆ ◆ ◆
(あるじが出かけると、ぼくは屋敷の部屋を見回るの~。ときどき、ブヨブヨじゃないのもいるんだ)
『グガァァ――』
(おまえ、屋敷から出ていけ~!)
『グルルル……』
(そう言うと、そいつは逃げるんだけど……ムズムズして……追いかけたくなる~。つかまえたら、屋敷の外に連れて行くんだけど、時々消えちゃうのもいるんだ)
(あっ、あるじの匂いがする……帰って来た~! あるじの部屋にもどらないと)
パタパタ……
(あるじ~、おかえり~!)
「ふむ。そろそろ屋敷の外に出てもいいぞ」
(は~い)
(あるじの部屋から見える、あの大きな水たまりが気になっていたんだ~。あるじが出かけたら行ってみよう~)
最近、子猫は探検するのが大のお気に入りだ。
◆ ◆ ◆
(あるじが出かけたから、水たまりの前に来た~。何かいる……バシャって水がはねるんだ。また、ムズムズしてきたよ~。良く見て……水がはねた時に! ピョン!)
パシャパシャ!
(やった~! 捕まえたよ。あるじの部屋に持って帰ろう。あるじが帰って来たら見せるんだ~)
(あるじ~)
「ダークフィッシュを捕まえたのか」
(あるじ~、これあげる!)
「ん? そうか……」
部屋の住人は、子猫が取って来たダークフィッシュをどうすれば良いか悩んでいる様だった。
◆ ◆ ◆
(あるじが帰ってきた~! あれ? 別の匂いもする)
(あるじ~おかえり~!)
「ああ、戻ったぞ」
「まあ! 可愛い~~黒猫ちゃん、こんばんは」
(あるじより小さいくて、良い匂いがする)
(だあれ~?)
「私は、〇〇〇。よろしくね。黒猫ちゃん、撫でてもいいかな?」
(撫でたいの~? いいよ~)
ゴロゴロ……ゴロゴロ……
「黒猫ちゃんは、ゴロゴロ言うけど『にゃ~』とは鳴かないのね」
(えっ? ボクは『ニャ~』って、鳴いた方がいいの~?)
それから、〇〇〇は屋敷に良く来る様になった。屋敷の主と仲良くしているのを見ると、子猫は嬉しくなった。
いつもは、主がいると出かけない子猫なのだが、主が〇〇〇と一緒だと、安心して遊びに行く様だ。
「黒猫ちゃん、気を付けていってらっしゃい」
『ニャ~(は~い)』
「きゃ~、可愛い鳴き声ね。ふふ」
〇〇〇から言われてから、子猫は『ニャ~』と鳴くようになった。鳴いた後に○〇○が可愛いと喜んでくれるからだ。
そんな穏やかな日々が続いた……
◆ ◆ ◆
子猫の探検する範囲が広くなり、毎日、山の麓まで遊びに行く様になった。
『ミャ~、ニャ~(あるじ~、見回りに行ってくる~)』
「ああ、強い魔物もいるから、気を付けるのだぞ」
『ニャ~(は~い)』
子猫は、部屋の主の魔力から生まれた眷属で、生まれながらに強いのだが……話し方のせいか、見た目が子猫のせいか、主はつい弱い魔物の様に接してしまう。
(今日は、あの森の中まで行こうかな~)
子猫は、岩山に住むトカゲと遊ぶのに飽きて、森まで探検するようになった。そして、日が傾くと必死に屋敷へと帰って行く。
(ハァハァ、よし! 暗くなる前に屋敷に着いた~。あっ、〇〇〇の匂いがする~)
子猫は、〇〇〇が遊びに来ていると急いで主の部屋に戻ったが、主と〇○○の雰囲気がおかしい事に気が付いた。
『ニャ~ン?(あれ? どうしたの?)』
主は何も言わず、〇〇〇は帰って行った。それから、〇〇〇が来ることは無かった。
(あるじは、〇〇〇とケンカしたのかな~? あんなに仲良かったのにね~)
子猫は、可愛がってくれる〇〇〇の事が大好きだったので、会えなくなって寂しいと思っていた。
(あるじも寂しそうだよ~。〇〇〇に会いたいんじゃないのかな~? ボクは会いたいよ~)
子猫は素直だが、主は……
◆ ◆ ◆
それから1年以上経ったある日、屋敷の主が出かけたまま戻って来なくなった。子猫は帰って来ない主が、心配で、心配で……どうしたらいいのか分からない。
(あるじ~、どうして帰って来ないの?)
1~2日戻らない事はあったが、1週間以上も帰って来ないのは初めてだ。
(あるじ~、どこかでケガをしているのかな~?)
子猫は、主を探しに行く事にした。屋敷のある山の麓からは出た事がないので、どっちに行けば良いのか分からない……
(あるじ~、どこにいるの~?)
子猫は、主の匂いを探し求める。山の裾に広がる森から出ると、微かにあるじの匂いの痕跡があった。
(あっちから匂いがする~!)
匂いがする方に行ってみたら破壊された街。主の魔力の跡だった。
(あるじは、この街を壊したの~? あっちの方にもあるじの匂いがする~)
次々と、主の匂いを追いかけて魔力の痕跡を見るが、街が破壊されつくしている……
(あるじは、怒っているの~? どうしたのかな~?)
子猫は、何が起きたのかと主の身を心配する。屋敷では、怒った事などない優しい主だったからだ。
子猫は、主の匂いと魔力を追いかけて、洞窟にたどり着いた。
(この中からも、あるじの匂いがする~)
中には、魔物や人間がいたが、子猫は見つからない様に主の匂いを追いかける。そして、小さな部屋にたどり着いた。
(あるじは、この部屋に入った~?)
子猫が部屋の中に入ると、床が輝き出し部屋中が光に包まれた。
(うわっ! まぶしいよ~)
子猫が、余りの眩しさに目を閉じた。少しして目を開くと……部屋の中ではなく、暗い洞窟だった。
(あっ! あるじの匂いがする~! あっちだ~)
子猫は、主の匂いを追いかけて、洞窟の奥へと続く細い道を走って行った。
子猫が行きついた先には部屋があって、その中央にキラキラと光り輝くクリスタルの柱があった。そのクリスタルの柱に誰かがいる……。
光沢のある長い黒髪に、真っ赤な瞳。褐色の肌の魔人・子猫の主が封印されていた……
(あるじ~! 見つけた~!)
「ん……来たのか……」
子猫は主の足元に行く事が出来ない。光の柱に阻まれて……光の柱の外からあるじに話しかける。
(あるじ~、会いたかったよ~)
「ああ、すまないな。ここから、動けぬのだ……お前は、好きな所に行けば良いぞ」
黒猫の主は、怒りに任せて街を壊し尽くした。そして、ここに封印されてしまったのだ……そんな事は知らない子猫は、主を見つけた事が、ただ嬉しかった。
(イヤだ~、あるじといる~)
「フフ、遊びに行って、私にその話をきかせてくれればいい」
(あるじのそばにいる~)
子猫は、来る日も来る日も主の側で過ごした。1,000年の時が過ぎ〇〇〇の系譜に連なる『彼女』が来るまで……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ある日、黒猫は洞窟に誰かが来たのに気が付いた。
(うん? あるじ、誰か来たよ~)
「ああ、そのようだな……」
黒猫は、走って客人を探しに行った。
『ニャー!』(見つけた~!)
そこにいた女性は、黒猫に気が付くと怪しげに見つめるが、その可愛さにワナワナとしている。
(何だか、良い匂いがする~)
黒猫は、ゆっくり彼女に近付いて、その足元に座って頭を擦り付けた。
(〇〇〇の匂いに似ているね~)
「きゃ~! 可愛すぎる! あぁ、蕁麻疹でちゃうよ……ぐふっ、可愛い~、動けない……」
『ニャ~』(あるじがあっちにいるの~)
黒猫は洞窟を歩いて行き、彼女について来てと言う。
『ニャ~!』(こっちに来て~!)
「えっ? 私を呼んでいるの? そっち出口だったら嬉しいけど……」
黒猫は少し進んで、彼女が付いて来ているか振り返って見る。
『ニャ~?』(来ないの~?)
「あぁ~、付いて来いって事ね?」
彼女は、ビクビクしながら黒猫に付いて洞窟の奥に進んだ。そして、黒猫の主が封印されている部屋に来ると明らかに気落ちしていた……
彼女が、黒猫の主と話をして、その封印を解いたので主と黒猫は屋敷に戻る事が出来た。
(彼女があるじを自由にしてくれた~! 嬉しいな~お礼を言わないとね~)
黒猫は洞窟に向かい、彼女の匂いを探した。
『ニャ~』(見つけた~)
「えっ! 黒猫ちゃん?」
「ミーチェ! 離れて!」
突然現れた黒猫に、慌てる人間がいた。黒猫が強い魔物だと分かったのだろう……
「ジーク! 大丈夫よ。この子は魔人さんの眷属で、襲ってこないから。前に話した、洞窟にいた黒猫ちゃんよ」
黒猫は、そうだよと、言わんばかりに尻尾を揺らして近寄る。
「か、か、可愛い~」
『ニャ~!』(あるじを自由にしてくれてありがとう~!)
黒猫は、ゴロゴロ鳴いて彼女に頭を擦り付ける……
黒猫は、ちゃっかりお昼もご馳走になり、主の下に帰って行った。
(美味しかった~。また遊びに行ってもいいかな~?)
その後、黒猫は、彼女に『ノアール』と名前を付けてもらい彼女達と楽しい旅を始める事になった。
読んで頂いてありがとうございます。