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計量スプーンと料理本4

 それから数週間後、ペルセポネをはじめとした魔王軍の領地全体に《料理の手順書》が出回った。

 魔族達は『本当にこんなもので料理がうまくなるのか?』と、最初は訝しげな顔をしていたが、何ともショッキングなアリシアの黒焦げ料理からのビフォーアフターの映像を見て、試すものが続出したらしい。


 あの映像が流れたとき、アリシアはかなりプルプルと震えていたが、『くっ……これもケイの為なのです。私の生き恥をさらすことで、料理の手順書の素晴らしい効果が示せるなら……』と、いじらしく耐え忍ぶことにしたようだ。


 だが、これには副次的な効果があったようで、アリシアは『好きな殿方の為に尽くす素敵な乙女』というイメージが持たれた。

 《呪われた宝石花》の件などで良くなってきた彼女のイメージは、魔族の理想の女性の姿になりつつあり、《男殺し》の二つ名があった頃が嘘のようにもてはやされているらしい。

 また、アレトゥーサの方には、もっと色々な本を書いて欲しいとの依頼が殺到しており、彼女は第二弾の料理の手順書を執筆し始めている。

 当然のことながら、料理の手順書に書かれた食材や調味料はもの凄い勢いで売れる。

 そして、副次的な効果として、フォラスの作った計量スプーンと計量カップ、そして皿などの食器も馬鹿売れしているようで、職人達もホクホク顔で仕事に励んでいた。


 そんなある日、俺はルキフェルに呼び出されて、彼の私室に入るのだった。



 * * *



 ルキフェルの私室はかなり落ち着いた感じで、机や調度品は質実剛健と言う印象を受ける。

 整理整頓がしっかりとされており、壁一面には様々な本が置かれていた。


 ヒルデとフォラスがすでに来ていたようで、椅子に座りながら談笑をしているようだ。

 彼女は俺に優しげに声をかけた。


「アリシアが私達に手料理を振る舞ってくれるというの。だから、是非ケイと一緒に食べたいと思って呼んだのよ。」


「そうだったんですか。それではご相伴にあずかりたいと思います。」


 程なくして、扉の向こうから美味しそうな香りが漂ってくる。

 アリシアが笑顔で扉を開けて、肉のソテーや野菜のサラダを机の上に並べていった。


「お父様も大胆ですね。私室の隣に厨房を作ってしまうなんて。」


 ルキフェルはこともなげに答える。


「可愛い娘がこうして料理をするようになるのであれば、我はこれくらいしても良いと思うのだが?」


(ある意味、ルキフェルも親馬鹿なのかな?)


 ルキフェルは配膳された料理を口にすると、目を細めて微笑した。


「アリシア……とても美味しいぞ。厨房担当のシルキーも舌を巻くほどの味ではないか。」


 ヒルデも、アリシアの料理を絶賛する。


「まさか、アリシアがこのようなものを作ることが出来るようになるとはね……ルキフェル、これならいつでもケイと結婚させても良いんじゃないのかしら?」


 アリシアが期待に満ちた目でルキフェルを見つめる中、彼は眉を少し歪めた。


「我も天界にしっかりとそれについては申し出ている。レディは賛成しているのだが、《天使長代理(ラファエル)》が難色を示し続けるのだ。『ケイはいささか強くなりすぎた上に、協定違反の最強の武器の具現化や人間世界に多大な影響を与える力を持っている。本当に彼が安全なのかを見極めるまでは、魔王軍に一方的な肩入れをさせるのは危険だ』とな……」


 アリシアが何か言おうとする前に、ヒルデがルキフェルを窘める。


「貴方はいつもそうなのよね……他人に対する思いやりや、仕事に対する高潔さはとても素晴らしいことだと思うわ。でも、そうこうしているうちにケイの価値がさらに高まって、天界に迎えたいとか言われたらどうするつもりなのかしら? 私は結婚させられるうちに無理矢理にでも結婚させてしまう方が良いと考えているわよ。」


「だが、それで天界との関係が崩れれば、今までの平和に暮らしていた者達が危険にまたさらされてしまうかもしれぬ……我は一国の主として、私情に駆られて彼の者達の命を脅かすわけには行かぬのだ。」


 俺はルキフェルの考えにも一理あると思って、口を開いた。


「口を挟むようで申し訳ありませんが、俺はルキフェルのことを信頼しているし、アリシア以外の女性と結婚するつもりはないですよ。不老不死なんだし、多少の時間がかかってもかまわないと思っていますよ。」


 ヒルデがキッと俺を睨んで首を振った。


「ケイ……貴方もルキフェルと似たようなところがあるけど、女性に対する性欲は人一倍あるとみているわ。アリシアよりも胸が大きくて、しかも妖艶なサキュバスに誘惑されても大丈夫だと貴方は言えるの?」


「胸の大きさはともかく……彼女がいるのに浮気するのは駄目だと思います。」


 俺の回答にいささか拍子抜けした顔のヒルデは、なおも俺に問いかける。


「アリシアから聞いた話を推測するに、色々エッチな姿をした女性の釣書を見て、それを元に情欲を発散させている節が見られるのよね……それだけ想像力が巧みなのに、今の状況で我慢できるのかしら?」


(うっ……なんか色々とずれている気がするけれど、半分は当たっている気がする)


 確かにアリシアは魅力的で、抱けるのであれば今すぐにも抱きたいと思う。

 だけど、俺にとっては初めての彼女でもあって、少しずつ距離を縮めていきたいというのも事実だ。

 俺が答えに言い淀んでいると、ヒルデはアリシアの方を向いて妙なアドバイスをし始めた。


「アリシアもアリシアよ。もっと積極的にケイに迫らなくては駄目! 《ブラジリアンビキニ》でしたっけ? あんな感じの露出が激しいのでケイを誘惑して、一気にベッドに押し倒しちゃいなさいよ。貴方には既成事実を作ってしまって『責任取って下さい』を言えるくらいの行動力が必要だと私は思うの。」


 アリシアは顔を真っ赤にして反論する。


「お母様がお父様と結婚するために色々としたことについては聞いていますが……私には私の恋愛の仕方があるのです! 確かにケイと結婚したいとは思っていますが、そんなふしだらな娘になるつもりはありません。」


「そんな悠長なことを言っていたら、またケイがよそ様の娘に粉をかけられて、『お父様が結婚を認めて下さらないのなら、ケイと駆け落ちします!』みたいなことになってしまうわよ?」


「むむむ……それは困ります。」


「でしょう? 婚約発表すれば大丈夫なんて思っていたら駄目よ。もう一歩何か進めないと……いっその事、ケイに首輪でも付けちゃいましょうか。」


(ちょ……結婚前から奴隷認定ですか!?)


 ルキフェルがドン引きした顔でヒルデに告げる。


「それは、いくら何でもケイが可哀想ではないか……魔王軍の中ではケイとアリシアが婚約していることは周知の事実なのだ。今更、その中に割って入るものなど居るはずがないぞ。」


 フォラスが悩ましげな顔で首を振った。


「ミカエルはケイのことを諦めてはおりませぬぞ。しかも、最近ではアリシア様の《男殺し》の噂について紛れもない虚構だということが解ったためか、竜族や悪魔の一部に『自分こそがアリシア様の夫にふさわしい』などと吹聴する者が現れ始めている始末……いずれにせよ、このまま放置しておけば内乱につながる可能性もありますな。」


(ええっ!? そんな大変なことになっているのか……)


 俺は思わずアリシアを見ると、彼女もびっくりしたような顔で固まっている。

 ルキフェルが眉間にしわを寄せて呟いた。


「アリシアの本質も見極められぬような輩が、今更何を言い出すのか。娘の恋路を邪魔する奴は消し炭にしてやるのも一興か……」


(あっ……これはまずい奴だ!? ルキフェルが本気で怒ってらっしゃる)


 ルキフェルの気配に不穏な物を感じた俺は、彼に優しく告げる。


「ルキフェル、落ち着いて下さいよ。折角料理をするという風潮も出始めてきたことだし、こういう宣伝方法はどうでしょうか?」


 俺はルキフェルに腹案を伝えると、満足げに頷いて微笑した。


「ケイはいつも我の気持ちを理解してくれるな。ヒルデもそれには異存が無いな?」


「もちろんよ! とても素敵ね……アリシアは良い彼氏に恵まれたと思うわ。」


 それからしばらくして、俺とアリシアが一緒に料理を作ってルキフェルとヒルデに振る舞う姿が水晶玉に映し出される。

 キャッチフレーズとして『愛する二人が共同作業で大切な人を労る』と言うものだ。


 俺とアリシアがお互いのことを気遣いながら料理をする姿や、出された料理を最高の笑顔で食べるルキフェルとヒルデの姿が周知の事実として流れたことで、周囲の俺とアリシアに対する賞賛と祝福が巻き起こり、アリシアに言い寄ろうとしている者に対する世間の目は当然のことながら厳しくなった。


 それからしばらくして、俺とアリシアは《料理の手順書》の件でベネディクトに会談を申し込まれるのだった。

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