計量スプーンと料理本1
俺は、アリシアに食事用の大きなスプーンとデザート用の小さなスプーンを見せる。
「俺の前世では大さじと小さじって言うんだけどさ、これを使った料理の教科書があるんだ。ちなみに、《計量スプーン》と呼ばれる物が出来る前は、本当に感覚でしか料理を作ることが出来なかったんだけど、基準とするスプーンを作ることで、どれだけ油や調味料を入れれば良いのかが分かるようになったんだよ。」
「そうなんですね。じゃあ、私みたいに料理をしたことがない者でも、教科書とそのスプーンがあれば料理が出来るってことになりますね。」
「そういうことさ。後は水や牛乳などを測る《計量カップ》と火加減さえ分かれば大丈夫だとおもうよ。」
俺は、フライパンに食事用スプーン二杯の油を引くと、アリシアに指示をする。
「初めてだし、今回は全部強火でやってみようか。鶏もも肉をフライパンに入れて側面の色が変わり始めたらひっくり返そうね。」
「分かりました……確かにこれなら見やすいですね。」
鶏肉が焼ける良い匂いがする中、アリシアは肉の側面が白くなり始めたところでひっくり返す。
(火が強いので、ちょうど良い感じに焼き目がついている感じだ)
ちょうど鶏肉の側面が全体的に白くなったところで、俺はアリシアに火を消させた。
「このままやると焦げちゃうから、表面が焼けたら一回フライパンから肉を出すと良いよ。後で野菜と一緒に炒めるから、その時にしっかり中まで熱が通るんだ。それにフライパンに鶏もも肉の脂が出てきてるから、他の野菜も炒めやすくなるしね。」
「なるほど! 焦げないようにするにはそうすれば良いのですね。」
「そういうこと。さて、野菜なんだけど……キノコとタマネギは火が通らないと体に良くないので、最初に入れようか。」
「キャベツは一緒に入れなくても良いんですか?」
「キャベツは火の通りが多少悪くても食べられるし、最初に入れちゃうと食感がぐにゃぐにゃになっちゃうんだ。」
「奥が深いんですね……」
「料理の基本的なところだから、慣れてきたら変えていくと良いよ。じゃあやってみよう。」
アリシアはフライパンにキノコとタマネギを入れて、木べらで炒めていく。
タマネギが少し透明になり始めたところで、俺は彼女にキャベツと鶏肉を入れるように指示をする。
「さて、後は味付けだけど……デザート用のスプーンで塩を二杯と、砕いた胡椒を一杯分振りかけてみようか。」
「分かりました。なんか……野菜から水が出てきますね。」
「強火でやってるから大丈夫だよ。キャベツを肉と他の野菜に混ぜるような感じで炒めて、少し柔らかくなったら出来上がりだよ。」
キャベツが少ししんなりしたところで、アリシアに火を止めさせて皿に盛った。
見た目はしっかりとした野菜炒めで、美味しそうな感じがする。
俺は彼女と一緒に、小皿にとって味見をしてみた。
「おおっ!? 完璧じゃないか……美味しいよ!」
「美味しいです!? 確かにキャベツの食感も良いし、お肉や他の野菜にもしっかりと火が通っていますね。」
「武術や魔法の修練と一緒でさ。こういった基本を抑えておいて、後は少しずつ自分の味を出していけば良いと思うんだ。最初でこれだけ上手くいくんだから、きっとアリシアは料理上手になれるよ。」
アリシアが笑顔で頷く中、アレトゥーサも味見をした。
「さっきの黒焦げ料理が嘘みたい!? ケイって、本当に教えるのが上手ね。」
「何だかんだで、料理もこうやって突き詰めれば品質管理に当てはめられるもんだからね。でも、プライドが邪魔して全く言うことを聞かない人もいるからさ……こういう風にしっかりとアドバイスを聞いてくれて、うまく出来たときに喜んでくれるのも一つの才能だと俺は思うんだよね。」
「そうね……確かにアリシア様のそういう謙虚さや純真さって一つの才能だと思うわ。」
アリシアが俺の袖を引っ張って、笑顔で告げる。
「料理って楽しいですね。私、他にも色々と覚えたいし練習もしたいです。」
俺は嬉しくなりながらも、とんでもないことに気づいてしまった。
(料理本とか、計量スプーンや計量カップがあれば……って、これってかなり大きな功績になるのでは!?)
思わず、アリシアのを抱きしめて叫んだ。
「アリシア……君のおかげで素晴らしい考えが浮かんだんだよ! アレトゥーサも協力してくれないか?」
びっくりした顔をするアリシアと興味深げな顔をするアレトゥーサに、俺は思いついた案を説明することにするのだった。
* * *
「なるほど……料理の手順書を作るってことね。」
俺の話を聞いたアレトゥーサは、納得した顔で頷いた。
「そうなんだよ。計量スプーンや計量カップの量を標準化すれば、味付けに自信が無い人でもある程度はなんとか出来ちゃうと思うんだよね。あとは、火加減とかは挿絵を付けて《弱火》、《中火》、《強火》の三段階ぐらいで書いてみる感じでさ。」
「酒蔵の手順書に比べれば、大分簡単だし……これが普及すれば、生活に大きな変化が生じると思うわ。」
アレトゥーサが乗り気になったところで、俺は彼女に頭を下げる。
「それで……お願いなんだけど、その料理の手順書が出来上がったら、アリシアに料理を実際に作って貰うところを見て、伝わらないところや不十分な所を加筆していく形で進めていきたいんだ。」
「そっか……アリシア様は料理をしたことがないから、それでちゃんと出来るようであれば、他の人も出来るようになるって言うわけね。」
「後は……その、俺の彼女が色々な料理が出来るようになるので、一石二鳥かなと思ってね。」
アリシアは興奮した様子でアレトゥーサの肩を掴んだ。
「私、しっかり頑張りますので……色々と料理を教えて下さい!」
アレトゥーサは笑顔で頷いた。
「任せてちょうだい。あの方法なら、すぐにアリシア様は料理上手になれると思うわ。」
俺は、麗しき女性二人の友情を眺めながら呟く。
「さて、計量スプーンと計量カップはどうしたものかな……」
つぶやきに答えるように、背後にすっとフォラスが現れた。
「話は聞かせて貰ったのじゃ……それは、儂が何とかしようではないか。」




