アリシアの手料理
ルキフェルの呼び出しから数日後、俺はアレトゥーサに呼ばれてサルマキスの宿へと赴いた。
(俺一人で来てくれって、何か相談ごとでもあるのかな?)
宿の入り口にたどり着くと、何やら中が騒がしい。
しかも、何やら煙が中から出ていて、何とも焦げ臭い匂いがしてきた。
(もしかして……火事か!?)
俺は慌てて扉を開けて中に入る。
「アレトゥーサ、大丈夫なのか!? 一体何があったんだ?」
煙でよく見えない中、厨房からアレトゥーサの声が聞こえてくる。
「火が強すぎるのよ! これじゃ丸焦げになっちゃうわ!?」
慌てて声がする方へ慌てて飛び込むと、焦った顔をしてフライパンを振り回すアリシアと、天を仰ぐアレトゥーサの姿が見えた。
どうやら火が強すぎて、フライパンの中身が真っ黒焦げになっているようだ。
「えっと……火事ではなさそうだね?」
ショックを受けたような顔をするアシリアの顔を見ながら、俺はフライパンの中身を見た。
肉は真っ黒焦げになっていて、野菜も消し炭になっているようだ。
「もしかして、俺の為に作ってくれたのかな?」
涙目で頷くアリシアがフライパンの中身を捨てようとしたので、慌てて俺は野菜の部分だけでも口に入れてみた。
焦げた苦い味と共に突き上げるような塩味が耳まで上がってくる。
(焦げはともかく、明らかに調味料を入れすぎだぞ!?)
思わずコップの水を飲み干すと、俺はアレトゥーサに問いかけた。
「結構……塩味強めなんだけど、どんなアドバイスをしたのかな?」
アレトゥーサは肩をすくめながら、空っぽの瓶を指さす。
「うまみが増すスパイスを入れると良いって伝えたんだけど……それなら沢山入れると言って、全部入れちゃったのよ。」
「なるほど……アリシアは美味しい料理を俺に作ってくれようとしたんだね。」
アリシアはしょんぼりとしながら、フライパンの中身を見つめる。
「アレトゥーサは食堂で料理を作っていたと聴いたので、教えてもらいながら作ろうとしたのですが……上手くいきませんでした。私の手料理をケイに食べさせたかったのですが、これじゃ全然駄目ですね。」
「アリシアは料理をしたことはあるのかな?」
「恥ずかしながら……作って頂くことが多かったので、自分で実際に料理をしたことがなかったんです。」
「そうなんだ。実はさ、男一人で給料が低かったんで、給料日前とかは貧乏飯とかを作ることが多かったんだけど……そんなんで良かったら、一緒に料理してみようか?」
「ケイは料理も出来るんですか!?」
俺は苦笑しながら頷いた。
「そんな大したもんじゃないよ。強火でも出来る料理とかもあるから、それからやってみようよ。」
アリシアは逡巡した表情で俺を見る。
「でも……それじゃ、ケイの胃袋を掴むことが出来ません。」
俺は彼女の手を取って優しく告げた。
「一緒に作れば、両方の胃袋を掴めるだろう? それに元々俺の心は掴んでるんだし、こういうの一緒にやるのも良い思い出になると思うよ。」
アリシアが嬉しそうな顔をする中、俺はアレトゥーサに頭を下げる。
「そういうわけなので、少しの間だけ厨房を借りても良いかな?」
「もちろんよ。そこにあるスパイスや食材は好きに使って良いわよ。」
「助かるよ。そういえば、フェンリルは今日はいないのかな?」
「あの人なら、《義祖父様》と一緒に神殿や神域の建造についての打ち合わせをしているわ。最近、オベロン様とも打ち合わせしたりで忙しいのよね。そろそろご飯時だから、あとちょっとでこっちに顔を出すと思うわよ。」
「なんというか……俺のせいで忙しくさせちゃってすまないね。」
「そんな……とんでもない! ケイのおかげで亜人達の評判はうなぎ登りだし、最近は神殿の建設費用を教会側が出してくれるのよ。亜人の雇用がかなり生まれているから、フェンリルは『ケイにはしばらく頭が上がらねえ』なんて言っていたわ。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。じゃあ後で埋め合わせ代わりに、アレトゥーサとフェンリルに俺達の手料理を食べて貰うとしようかな。」
「ケイのお手並みを拝見させて貰うことにしようかしらね。後ろで見ていても良いかしら?」
「大した物は作れないけどね。それじゃ早速やらせてもらおうかな。」
俺は台所を見渡して、食材を確認する。
一階で食堂をやっているだけあって、鶏もも肉と、リーキ、そしてタマネギとキノコなど、色々な物があるようだ。
(そうだな……まずは軽く野菜炒めでも作るとしようかな)
俺はアリシアに鶏のもも肉を見せる。
「《ブラジル産》で半額だと、百グラムあたり二十円ぐらいで売ってることがあるコスパ最強の鶏もも肉、これを使おうかな。」
「百グラム二十円……何かお得な響きですね。」
「こっちの通貨で言うと、もも肉一枚あたりが五銅貨ぐらいってところかな。」
「それはもの凄く安いですね……」
「まあ、薄給だったもんでね。それじゃあ、これを少し薄めに切ってもらうね。」
俺はもも肉を一センチぐらいの厚さでスライスすると、アリシアにも同じようにやってもらう。
「おおー! 俺がやるよりもずっと均等で綺麗に切れているよ。」
「そっ……そうでしょうか。ケイの見よう見まねでやってみただけですよ?」
肉を切り終わったまな板を、いったん洗ってから俺はタマネギの皮を剥いて、アリシアに見せる。
「タマネギの上と下は、茶色だったり根が出ていていかにもまずそうだろう? だから、上と下をスパッと切って取るんだ。あと、真ん中のところが色が変わっていたら取るんだけど……これは新鮮だからそのまま使えそうだね。」
俺はタマネギを五ミリぐらいの厚さに切っていく。
半分ほど切ったところで、アリシアにバトンタッチした。
彼女は、鮮やかにタマネギを切っていき、俺はそれを皿に移した。
「うん、やっぱりアリシアは器用だと思うよ。その調子でキノコも行ってみようか。」
俺はキノコを一株取り出してアリシアに見せる。
「アリシアはこのキノコで、取った方が良い部分は分かるかな?」
アリシアは少し考えた後に、キノコの下の方を見て答えた。
「明らかにこの部分が固くて、美味しくなさそうですね。実際に食卓に出た際にも入っていませんでした。だからこれを取った方が良いと思います。」
「うん! そうだね。じゃあ、この部分を取って、後はさっきのタマネギと同じぐらいの厚さに切ってくれるかな?」
アリシアは頷くと、キノコの下の部分を切り取って、薄切りにしてくれた。
それを別の皿に移して、俺は食材を物色する。
「さて、じゃあ最後に葉物が良いかな……おっ、キャベツがあるのか。何でもあって良いなぁ。」
俺はキャベツを四分の一カットにすると、アリシアに三センチ四方ほどに切り分けて貰う。
そして、キャベツも皿に移した。
まな板と包丁を一旦洗った後に、アレトゥーサに問いかける。
「そういえば、調味料や油をはかる《さじ》みたいな物はあるのかな?」
アレトゥーサは不思議そうな顔をした。
「そんな物は聞いたこともないわ。私達はいつも直感で調味料入れていくのよね……ケイの世界にはそういうものがあるのかしら?」
(なるほど……大さじや小さじがないのか。まあ、スプーンで代用しちゃおうかな)
俺はアレトゥーサからデザート用の小さいスプーンと食事用の大きいスプーンを借りると、アリシアに見せるのだった。




