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俺に仕掛けられていた陰謀

 クロノスの民達がミカエルと教会への賞賛で沸く一方、俺とアリシアはルキフェルに呼び出された。


「恐らく……ケイの働きにより、ミカエルの地位は盤石にはなるだろうな。」


 俺はルキフェルの反応に違和感を感じとって問いかける。


「何か不安でもあるんですか?」


「《正義の天秤》の件については、ミカエルの功績とする。だから魔王軍としても、ケイ自身には何の功績もなかったことにしようと考えている。」


「ええ、それはしょうが無いことですね。俺もその方が良いと考えています。」


 アリシアがルキフェルに食ってかかった。


「なぜですか! ケイは魔王軍にしかけられた陰謀を見事に打ち破った上に、自業自得なミカエルを救ったのですよ。」


 ルキフェルが困ったような顔をする中、俺はアリシアの方に優しく手を乗せて優しく話しかける。


「《正義の天秤》はミカエルが立てた偉業ということになっているよね? だからその件で、俺達の功績を評価したら不自然なことになってしまうのさ。」


 アリシアは納得できない顔で首を振った。


「でも……あんなにケイは頑張ったのに、それでも良いのですか?」


「そうだね……そういう風に思ってくれる人がすぐ側に居るだけ幸せかな。それに、ベネディクト様と交誼を結べたから、それでよしとしておくことにするよ。」


 ルキフェルが申し訳なさそうな顔をして、さらに俺に告げる。


「それでだな……神殿と神域の件についても、表だってケイの名前を出してはならぬと天界からお達しがあった。亜人の贖罪は自発的に行われたものとして、魔王軍の意図によるものでない方が好ましいという判断をくだされたのだ。」


「なるほど……たしかに、恣意的に魔王軍が関わったとされると面倒なことになるというわけですね。《ヴァルトフルスの奇跡》もベネディクト様が上手く処理してくれるということで良いのでしょうか?」


「教皇はそういったことには長けているから、それは心配ないだろう……」


(なんだろう……ルキフェルが怒っているように見える)


 アリシアの額に青筋が浮かびそうになっているのを必死になだめながら、俺はルキフェルに訊ねた。


「言えないことであれば答えなくても良いんですけど……もしかして、俺とアリシアのために動いてくれたんじゃないですか?」


 ルキフェルの眉がピクリと動いて、俺とアリシアを交互に見る。

 そして、大きなため息をついた後に彼は重々しく告げた。


「アリシア……怒らないで聞くのだぞ。実はな、クロノス側からロゼッタとケイの縁談の申し出があったのだ。」


 アリシアはもの凄い早さでルキフェルに詰め寄って、彼の襟を掴んでガクガクと揺さぶった。


「なんですって!? まさか……お父様はそれを受けたんじゃないでしょうね!」


 俺は必死でアリシアを落ち着かせようと彼女に抱きついた。


「落ち着くんだアリシア! そんなに揺らしたら、ルキフェルが答えられなくなっちゃうだろう?」


「これが落ち着いていられますか!? ケイはロゼッタと結婚させられても良いと思っているのですか!」


「もちろんそれは嫌に決まっている。俺は君に一目惚れをして転生して、今は首ったけだよ。だけど、ルキフェルは俺を平和のために売り渡したりする男じゃない。だから、話だけでも聞こうじゃないか。」


 アリシアはルキフェルから手を離すと、彼の背中まで貫通しそうなぐらいに鋭い目で睨み付けた。


「もしも……少しでも納得できなかったり不穏な兆候が見られたら……私、ケイと駆け落ちします!?」


(へっ!? ええぇぇぇぇ!)


 ルキフェルが必死な顔で俺を見るが、流石に今回ばかりはアリシアを止めようがない。


「すまない……俺はルキフェルのことを信頼しているから、きちんと話してくれないだろうか?」


 ルキフェルは頷くと、俺達が神殿や神域の一件で動いた後のことについて説明し始めた。



 * * *



 ロランとアルケインの一件で、ミカエルはケイという転生者の脅威について考えたそうだ。


 アリシアの《男殺し》の件の払拭、亜人や死霊の問題の解決、勇者や賢者の引き抜き、そして魔王軍とクロノスとの領土問題の解決……


 どれをとっても、平和的でありながら正鵠を射た解決法だ。



 ――そんな中、《正義の天秤》の提案はミカエルを戦慄させた。


 吊り天秤につるして水に沈めるだけで純金と混ざり物を見分けられるなどとは、ミカエルを含めて地上中の誰もが考えられなかったことだ。

 だが……ケイは、何の魔法も使わず、御印を破壊することなく、誰でも出来る方法としてケイはそれを提案した。

 また、彼は人々の常識を変えるほどの発見をした功績を何の惜しげも無く、ミカエルに譲り渡してしまう。

 ミカエルからすれば良い面の皮である。

 自身の進退の危機を、こともなげに解決されて温情を与えられる……

 これほどの屈辱を味わったことは、ルキフェルにペルセポネの構想を打ち立てられて、天界からの不戦条約に嫌々調印させられた時以来のことだった。



 ――さらに、ケイと関わった者は彼に魅了されてしまう。


 オーベストの村はスライムの問題以降、協定の場所を魔王軍に明け渡しただけでなく、ケイとアリシアの功績を伝承として残そうとしている。

 あの奇跡が起こったヴァルトフルス近くの街も、町長だけでなく司祭までもがケイに対して畏敬にも似た感情を持ち始めているようだ。

 ロランやアルケインが造反の本当の理由についても、ルキフェルではなくケイの人柄に惹かれた為だと考えられる。



 ――そして、ベネディクトすら魅了し始めている。


 クロノスと天界に対して絶対的な忠誠を誓うベネディクトが、異端者で名誉司教を辞退したケイと交誼を結ぶと報告してきたのだ。

 異端者を決して許さず、人間と天界に仇成す者に対して常に厳しい対応をしてきたベネディクトが、教会に属さない者をそれほどまでに信用する。

 このことにミカエルは恐ろしさすら感じた。

 だが、逆に言えばそれだけケイという転生者は、人間との親和性が高いとも言える。


 それに目を付けたミカエルは自身を救った褒美としてケイとロゼッタを婚姻させることで、自軍側に引き入れようと考えたのだった。



 ――当然のことながら、ルキフェルはこれに大きく反発した。


 彼は《貴婦人(レディ)》も交えて、ミカエルと会談した。


 会談の中で、ルキフェルは《神殿と神域》の件は、あくまで人間との平和のために行ったことで、亜人と人間との調和、そして天界信仰の重要性の再確認が目的であり、《正義の天秤》はその弊害によるミカエルへの補償の意味を兼ねていることを説明した。


 そして、ミカエルが救われた褒美にケイにロゼッタを与えるなどということがあっては、魔王軍がクロノスに陰謀を仕掛けたことと同義になってしまう。

 何より、ケイとアリシアは本当に好き合っていて、周囲の理解が得られればすぐにでも結婚したいと思って居るぐらいなので、引き離すのは不可能だと必死に説得したのだった。


 必死の説得の甲斐あって、レディとミカエルはこのことには納得したが、それと引き換えに、地上の公式的な見解として、今回の件でのケイの功績は無かったことにすることになったのだった。



 * * *



 ルキフェルがこの件に腐心したのだろうと思って、俺は静かに頷いた。


「かなりお手数をかけてしまったようですね。しかし……俺の方も大分と出世したものですね。人間の王様から粉をかけられるくらいになってしまったんですから。」


 アリシアが憤懣やるかたない顔をしながら、俺に問いかける。


「ケイは悔しくないのですか? 難癖をつけられて全ての功績を奪われたんですよ……これではミカエルに良いように使われただけじゃないですか!」


 俺はアリシアを優しく抱き寄せ、悪戯っぽい顔をしてルキフェルに告げた。


「以前、ルキフェルはフォラスの婚姻式の時に言っていましたよね? 『娘と結婚させることを周囲も納得しなければ、内乱にもつながる』と……非公式だけれども、人間の王様からも欲しがられるような男になれたのだから、結婚に向かって一歩前進したって思って良いのですかね?」


 ルキフェルは一瞬呆気にとられた顔をした……

 だが、その後すぐに笑顔になり、俺の肩をバシバシと叩いた。


「フッ……フフフ……本当にケイはとんでもない男だな! 貪欲に状況を利用して、自らの目的を達成しようとするとはな。そうだな……幹部の者達は《神殿と神域》や《正義の天秤》が誰が主導して行っていたかは良く知っておる。我とて公然には言えぬが……今回の件で、地上の常識を塗り替えたそなたの手腕を高く評価しているのだ。」


 俺はアリシアの手を握りながら、彼女の目を真っ直ぐ見つめた。


「そういうわけだからさ、俺も頑張るから……一緒に次の一歩に進めるように頑張りたいんだ。」


 アリシアは頷くと、俺の手を強く握り返す。


「そうですね。今回の件で、うかうかしているとケイが他の女に狙われるということが解りました。私もしっかりと女を磨いて、ケイの心をわしづかみにする必要がありますね。ちょっと恥ずかしいですが……《ブラジリアンビキニ》を着用してみようと思います。」


(えっ……今その話を出しますか!?)


 慌てた俺はしどろもどろになりながらルキフェルに弁解する。


「いえ……その……あれです! 《ブラジリアンビキニ》とは、水辺などで衣服が濡れてもかまわないようにしながらも、体のラインを美しく見せる衣装のことで……特に美尻を協調したいときなんかに着用するのがオススメで……」


 ルキフェルが訝しげな顔で俺を見ながらため息をついた。


「ケイよ……積極的なのはかまわぬが、アリシアは純真な娘なのだ。あまり破廉恥と思われることを教えるのは父親として困るぞ?」


 アリシアがそんなルキフェルに目を剥いて反論する。


「お父様はそう言いますがね……結婚を中々認めて下さらなかったせいで、危うくケイをロゼッタにとられかけたんですよ! 今回はケイの顔を立てて引き下がりますが、次に大きな功績を立てても認めて下さらないのであれば……私は本当にケイと駆け落ちしてでも結婚させてもらいます。」


 彼女は少し怖い笑みを浮かべながら俺に告げる。


「私はこれから少しお父様とお話をしようと思いますので、ケイは先に部屋に戻っていてくださいね。」


 涙目になるルキフェルが助けを求めるように俺を見るが、俺は静かに礼をしてその場を去ることにした。


(もう十分フォローしたと思うので、後は親子水入らずでお願いしますよ)


 自分の部屋に帰った後に、もの凄い轟音と共に魔王城が揺れた気がするが……

 俺は何も聞こえなかったことにするのであった。

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