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村長との交渉

 フォラスは悪戯っぽい笑みを消し、真面目な顔で俺に問いかけた。


「さて、ケイよ……お主は儂に何を相談したいのじゃ?」


 俺は彼に深く頭を下げる。


「フォラスは、前に俺に言っていましたよね? 俺の知識面での教育係って。なので、まずはこの森に生えている植物が人間の世界でどれだけの価値があるのか、ということについて教えてほしいんです。」


 彼は目を細めて胸を張った。


「なるほど……確かに儂の宝石や薬に関しての知識は、魔族の中では群を抜いておる。任せておくがよい。」



 そして、嬉しそうにはしゃぎながら森を散策する。


「おおー!? まさか王都の近くで、こんなに魔力が高い植物が育つとは……この夜光ゼンマイなんかは魔王軍でも結構人気があるのう。ほほう……満月花もきれいに咲いておる。何よりこの発光鬼乃子(はっこうきのこ)は儂の弟子あたりに研究をさせたいものじゃ。」



 森を一通り見たフォラスは、俺に耳打ちをした。


「満月花は人間どもにくれてやっても良いが、他の植物は儂の弟子に研究させたいのじゃ。出来るかの?」


「それぐらいなら交渉して何とかします。それで……満月花は、人間の世界ではどれくらいの価値があるのですか?」


 彼は、頭をかきながら俺の問いに答えた。


「おお……すまぬ。つい興奮してしまってのう。あの野菜一株が八十銅貨ぐらいで、満月花一輪は八銀貨程度といったところじゃのう。」


 俺はさらに訳が分からなくなって、彼に教えを乞う。


「すみません、転生したばかりで貨幣の価値がわからないんです。大体どの硬貨がどれくらいか教えてもらえませんか?」


 フォラスが優しく俺にこの世界の通貨について教えてくれた。


 まあ、ざっくりと言えばこんな感じだそうだ。


 ---------------


 銅貨(ブロンズ) :俺の世界での十円

 銀貨(シルバー) :俺の世界での千円

 金貨(ゴールド) :俺の世界での十万円

 白銀貨(プラチナ):俺の世界での一千万円


 ---------------



 俺は、満月花を取りに行きたくなる村の者の気持ちがよく分かった。


(たしかに、一輪八千円の花となれば危険を冒しても取りに行きたくはなるな)


 だが、このままではスライムも飢えてしまうし、村人も作物や人を襲われてお互いにつらい思いをしてしまう。



 俺は、フォラスとアリシアにその双方を解決する案について話す。


 フォラスは興味深げに俺の話を聞いた後、笑みを浮かべて俺の肩を叩く。


「やはりケイは、魔王様が見込んだ者じゃ……すぐに取り掛かる故、村長の説得を頼むぞい。」


 そして俺に手を振ると、煙のように姿を消してしまった。



 アリシアは少し不安そうに俺のほうを見ている。


「私達のいうことを、信じてもらえるでしょうか?」


 俺は彼女へ微笑んで、優しく答えた。


「信じてもらえるか……ではなく、信じさせるのさ。お互いの損得を交えて、これなら良いだろうというところを引き出す。」



 アリシアの表情が少し柔らかくなって俺を興味深げに見る。


「そういえば……ケイには≪地獄の闇営業≫なんて二つ名がありましたね。どのようなスキルかはわかりませんが、楽しみにしていますね。」


 俺は驚いてアリシアをまじまじと見つめた。


(あれ? ナロウワークの受付の女性にしか≪地獄の闇営業≫について言われていなかったのに、何でアリシアが知っているんだろう。)



 * * *



 ――地獄の闇営業、それは俺の工場での二つ名だった。



 営業時代の俺は、大口の顧客の要望に応えるように開発や現場と闘っていた。

 

 そんなもんだから、工場の品質管理部へ異動してきた時は、完全に工場の人たちから敵認定されていたのだ。

 当然のことながら、現場に製品の不具合を行く度に、『何しにきやがった』とか『営業様気分でいるんじゃねえよ!』の罵声を受けて、結構つらい思いしたものだった。


 だが、移動してから一年……

 それでも負けずに現場に通い続けた俺は、ようやく現場の人達から話を聞けるようになったんだ。


 それ以降、俺は現場で使っている機器の校正方法のマニュアルを作ったり、原料を変更した時は積極的にサンプルもらって分析をすることで、製品の不具合をなくしていった。


 三年ほど経った時には、DR(製品の開発会議)に出れるぐらいになって、さらに他部署とのコネクションを増やしていった。


 五年ほど経った時にはだいぶん地盤も固まってきたので、会社全体の安全衛生会議に出席したり、労働組合の幹部になって他部署に対する影響力を確実に増やしていき、さらに品質管理課と現場との交渉を有利に進められるキーマンに成長したのだ。


 一介の品質管理の社員から工場全体への発言力を有するようになった俺に対して、現場の人達は親しみを込めて≪地獄の闇営業≫という二つ名で呼ぶようになった。



 * * *



 俺は心がズキリと痛んだ。


(そこまで努力しても、自分がやりたかったことを失った心を埋められなかった)


 そう、そこまで頑張ったんだから、それで満足できればよかったのだ。

 だけど、やっぱり夢を失った後の気持ちが埋められずに、現状に不満を感じながら生きてきた。


 せめて、家庭でも持てればその気持ちを、家族に回せたのかもしれない……

 でも、残念なことに俺に彼女なんて出来るわけもなく、そのまま俺は死んだのだ。



 アリシアが心配そうな顔で俺を見る。


「ケイ……大丈夫ですか? とても辛そうな顔をしていますよ。」


 俺はすぐに笑顔を作って、なるべく穏やかな声で答えた。


「大丈夫さ……少し俺も緊張したのかもしれないな。さあ、村に戻って村長と話をしないとね。」


 アリシアはなにか言いたげな顔をしたが、そのまま俺と一緒に村へと向かうのだった。



 * * *



 俺は村長の家で、スライムがなぜ暴走したのかの経緯について説明した。


 村長は、難しい顔をして俺に村の事情を訴える。


「ですが……王都からの指示で、私共は畑を開墾したわけでございまして、全くそのようなことになるとは思わなかったのです。それに、この村は≪マジックリーキ≫で生計が成り立っているため、これを減らされると死活問題になってしまうんです。」



 アリシアの顔に『何を勝手なことを言っているんだ』という思いがありありと出ている。


 俺は、彼女の肩を優しく叩きながら静かに見つめた。


(アリシアの考えも正しい。その気持ちが必要な時もある……でも、まだその時ではないんだ)


 アリシアが俺の気持ちを察したようで、少し落ち着いてくれたようだ。



 安心した俺は、村長になるべく優しく話しかけた。


「そちらの事情については、よく分かります。上が言っていることに対して、下が逆らえないということは私の前世でもよくあったことです。ならば、それ以上の利益を王都に示せれる案があれば、こちらの話を聞いていただけるのではないでしょうか?」


 彼が俺を興味深そうに見る。


「今までのケイ様のふるまいを見ても、私達と同じ目線でものを見てくださっておりましたね。お話だけでも聞かせては頂きたいですな。」



 俺は微笑して村長に伝えた。


「満月花……あれをこの村の新しい産物にしてしまうのです。」


 彼はあまりに突拍子もない話に、目を見開いて叫んだ。


「あれをこの村で作ることができると、貴方はおっしゃるのですか!」



 俺は笑みを浮かべて頷き、スライムと森の状態について説明した。


 そして、あの一帯を満月花の工場として考え、現在の森近くの畑をこちらに返してもらってスライムの厩舎として使いたいこと。


 さらに、マジックリーキの葉部分をスライムの餌としてもらう代わりに、森で採れた満月花を村に差し出すことを提案する。



 村長が俺の説明を聞いて、感じ入った顔になって深く頭を下げた。


「こ……これほどまでにわが村のことを考えてくださるとは、本当にありがとうございます。」



 俺は彼の顔を見て手ごたえを感じて、一気に畳みかける。


「そうですね……その条件でよさそうならば、俺からもう一つ提案があります。スライムの厩舎への≪マジックリーキ≫の葉の入手方法として、王都に卸した際に『葉を切って渡せば一割引き』とでも言って、引き取っていただけないでしょうか? うちのスライムは食欲旺盛なので、出来れば川流れの物を食べるよりも、そういう形で直接頂けると嬉しいのです。」



 村長が俺の話した内容が理解できなかったようで、訝しげな顔をして俺を見た。


「ですが……収穫した時に出てくる葉では足りないのですか?」


 俺は静かに首を振り、彼に説明する。


「違います。貴方の村と魔王軍の厩舎が、≪マジックリーキ≫の葉について、専属での納入契約をしてしまうんです。こういった儲け話は、鼻が利く奴は一枚噛みたがります。端的に言えば王都から介入されて、貴方が排除されるリスクをこういった形で取り払っておきたいんです。」



 村長が納得した顔で笑って俺に手を差し出した。


「ケイ様……貴方の気持ちがよく分かりました。村の契約については私に権限がありますので、すぐに契約をさせて頂きたいと思います。」



 アリシアが安堵した顔で俺達を見る中、俺は村長の手をガッチリと握る。


 だがその時、村の男が駆け込んできて危急を告げた。


「大変です! 勇者様が村に参られまして、魔族と村長を連れて来いと騒いでおります。」



 俺とアリシアが顔を見合わせる中、村長は緊迫した顔で外を見つめるのだった。

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