表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/175

右手で握手して左手で殴り合うということ

部屋に戻った後、俺はアリシアに話しかけた。


「さて、今回の件だけれど……アリシアの言うとおりで、『亜人達は何も悪くないのに人間に贖罪をして、奇跡が起こったから人間が飢えから救われる』という形になったね。」


 アリシアは頷いてとれに問いかける。


「ですが、それが及第点と言うことはどういうことなのでしょうか?」


 俺は少し遠い目をしながら窓の外を眺めて言った。


「教会側としては、今回の奇跡を元に人心が一気に集まり、自らの権威が高まるというメリットがある。そして俺達は、亜人を人間に受け入れてもらえるようになるのと、《神域》にいる精霊達が人間達から畏怖されるメリットを得ることが出来るのさ。」


「確かに、それは私達にとってもとても大きなメリットがありますね。」


「さらに、人間側としては自然が回復した聖域の周辺では、また開墾が出来るだろうし、そこの開発で忙しくて魔王領に手を出す暇が無くなるだろうね。」


 アリシアが驚いたような顔で俺を見る。


「ケイが言っていた、《衣食住足りて礼節を知る》にはそういった意味があったのですね。」


「本当は、魔王軍の領地問題とかは伏せて進めたかったんだけど、今回は教皇様がそこら辺について俺に協力してくれるという風な感触になったというところかな。」


 アリシアがさらにわけが分からないという顔になってしまったので、俺は慌てて彼女に告げる。


「あっ……分かりづらかったよね。要するに、こういう風に副次的な利益があることを相手知られると、今後俺がなにかを提案しても、裏に何かあるんじゃないかと思われちゃうんだ。それはあまり良くないことだから、避けておきたかったと言うことなんだ。」


「でも、知られちゃったということは、前にケイが言っていた《右手で握手して左手で殴り合う》にならないんじゃないですか?」


「それは大丈夫さ。教会側に対しては何もデメリットがない話で、懸案事項があるとすれば……ミカエル様が俺の意図を知ると真っ向から反対することだろう。でも、ベネディクト様はそれを分かった上で俺に協力してくると言ってくれたからね……そこは上手く取りなしてくれるんじゃないかな。それに、教会側としても経典の通りの奇跡が起きているのに、それを批判するのはおかしいことになっちゃうからね。」


「なるほど……表向きについては誰も損をしていない上に、それを否定すると教会の教義に偽りがあると言うことになりかねないと言うことですね。」


「そういうことになるね。そして、今回の件で裏で糸を引いていたと思われるミカエル様が痛い目を見ることになるだろうさ。」


「えっ……そうなんですか!?」


「今回の件で、教会の求心力が上がると共に、ミカエル様の求心力が下がると思うよ。オーベストの村でもそうだったけど、()()()()()()()で境界の先まで開発しているんだよ。だから、荒れ地が発生したのは、王が命令したからだという批判が湧き起こはずなんだ。」


「でも、教会はそれを許すのでしょうか? 人間にとってミカエル様の求心力が落ちるのはあまり良くないことだと思いますよ。」


「今回に関しては、教会も被害者というスタンスをとるだろうね。だからこそ俺は、《王都(ミカエル様)》が魔王軍の領地を侵害する為に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というニュアンスで、ベネディクト様には伝えたのさ。聡明なあの人は、自分に火の粉が飛んでこないように振る舞うだろうね。」


 アリシアは困惑した顔で俺に告げる。


「それなら、もっと分かりやすい形で話せば良いのではないですか? なんだか言葉遊びをしているようで、モヤモヤしてしまいますね。」


 俺は思わず頭を掻きながら苦笑した。


「そ……そうだね。だけど、『教会とクロノスが教義をねじ曲げて魔王軍の領土を侵害している』と伝えてしまうと、戦争になってしまうだろう? だからこそ、お互いに腹を探り合いながら、表向きは肩を並べながらも上手く自分の実利をとれるような形の交渉をするんだよ。」


 その時、背後から音もなくルキフェルが現れた。


「アリシアよ、ケイの言うとおりだぞ。我がいつも心を砕いていることを、ケイがやってくれたのだ。」


 ルキフェルは俺の肩に優しく手を乗せて、満面の笑みを浮かべた。


「天界から、今回の件の解決方法についてかなり良い感触を頂けた。ケイの方も教会と上手く話が付けられたようだな……感謝するぞ。」


「それは良かったです。こちらの申し出は受けて頂けましたが……恐らくはもう一回ぐらい摩擦が起きると思うので、その対策をしておきたいですね。」


「む……そうなのか? 話してみるが良い。」


「クロノス側から神殿の建立に亜人だけでなく人間も関わらせたいと言ってきたときに、諍いが起こる可能性が高いと思われます。その時は『神域で争うなかれ』という風に、教会に動いて貰う必要があるかもしれないですね。もちろん、そうなった時にこちらからは絶対に相手にしてはいけません。むしろ亜人と精霊達を撤収させて、荒れ地のままにしてやれば、仕掛けた方が人間側から咎を受けるでしょうね。」


「なるほど……神域で争うことは、天界を侮辱するという風に印象付けるわけだな。」


「そういうことになりますね。まあ、今回のやり方で不満を感じるお方が仕掛ける可能性もあるので、念のためというところですよ。」


「ミカエルのことだから、そういう手段に出るかもしれぬな……頭に入れておくとしよう。」


「そうですね……俺の方からも、ベネディクト様に書簡を送ることにします。」


 ルキフェルは頼もしげな顔で俺を見ると、アリシアに優しく告げる。


「力で戦うときと違い、頭で戦う場合はいかに本質を見極めるかが重要となる。アリシアもケイのやり方を見てしっかりと学んで欲しいのだ。」


 アリシアがしっかりと頷くと、ルキフェルは俺に囁いた。


「ケイが来てから、我も大分仕事がやりやすくなったぞ……本当に感謝している。」


「ありがとうございます。仕事をそう評価してもらえるなんて、とても嬉しいです。」


 ルキフェルは微笑しながら静かに姿を消し、部屋の中には俺とアリシアの二人っきりになる。


「なんだか、今回も結構大変な仕事だったね。」


「ええ……そうですね。でも、私は殆ど何も出来ずに見ているだけになってしまいました。ケイのパートナーとして、これでは駄目だと思います。」


 俺はアリシアの手をぎゅっと握って、真っ直ぐに彼女の目を見て伝えた。


「そんなことはないよ! 男って言うのは自分の好きな女の前でしっかりと頑張ろうと、奮起するもんなんだ。だから、君と一緒に仕事が出来ないと俺はやる気がでなくなっちゃうよ。」


 アリシアは嬉しそうな顔で頷くと、俺の頬にキスをする。

 そんな彼女のことが愛おしくて、俺は彼女の手を優しく握り直すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ