オベロンからの依頼
フォラスとノクターンの婚姻式から数日後、俺とアリシアはオベロンに呼ばれて彼の花屋に赴いた。
ドリアード達に案内されて、奥の応接室に通されると、オベロンが柔和な笑みを浮かべて俺達を歓迎する。
「先日は姉が本当にお世話になったね。心から感謝するよ。」
「いえ、二人とも幸せそうで良かったと思っています。ところで、俺とアリシアを呼んだと言うことは、なにか問題が発生したということですか?」
オベロンは少し憂いた顔をしながら、手を二回叩くとティターニアが入室した。
扉を開けて入室したティターニアは、礼儀正しく俺達に一礼した。
(改めて見てみると、やっぱり綺麗な方だなぁ)
背丈はオベロンと同じくらいだが、美しいプラチナブロンドを花のように結い上げた姿は純銀のバラのようだ。
目は透き通るようなエメラルドのようで、オベロンと同様の白磁のような肌と相まって神秘的な雰囲気を感じさせる。
思わず見とれてしまい固まっている俺に、彼女は仄かに輝く薄桃色の唇で笑みを作る。
「そんなに見つめられると、照れてしまいますわ。」
「あっ……申し訳ないです。オベロンもそうですが、奥方様も美しいのでつい見とれてしまいました。」
「お上手ですね……義姉様の件ではお世話になりました。実は数々の問題を解決されたケイ様とアリシア様にお願いがありまして、夫を通じてここまでご足労願ったのです。」
「そうでしたか。オベロンにはヴァルハラの壺の件などでお世話になっているので、出来ることは手伝いたいと思っています。」
ティターニアは少し真面目な顔をして、オベロンを一顧する。
彼が頷いたのを見て、彼女は地上の危機について話し始めるのだった。
* * *
天界が介入する前、オベロンやノクターンを初めとする《精霊魔女》は精霊達を纏め上げることで豊かな自然を保つようにしていた。
《ナイアス》を初めとする水を司る者、《シルフ》のような風を司る者、《ドリアード》といった森を司る者、その他にも様々な精霊の力によって、豊穣の恵みが地上にもたらされる。
魔物や竜達はそのことをよく理解している為、精霊達を尊んで彼らを大切に扱うようにしていた。
ルキフェルが魔王となり、ペルセポネを中心とした魔王軍を編成してからもそれは変わらない。
むしろ、ルキフェルは精霊の存在を重んじており、人間達が精霊の土地を侵害しないという内容の保護協定を結んだのだった。
協定を結んでから二百年ほどは、人間達も精霊達が世界の安定に不可欠だと理解していたため、協定をしっかりと護っていた。
だが、いつしか人間側の伝承が歪んで伝わっていき、今では協定を破って精霊達の住処まで開発してしまい、精霊が住めない環境になりつつある。
結果として精霊の力が弱まった土地は荒れ地となる。
だが、人間達は自分が間違ったことをしているとは全く想っておらず、むしろ魔王軍側に協力しているオベロン達が、故意に力を弱めて自分達の生活を貶めようとしていると考える者も少なくない。
結果として、魔王軍側の土地にも勝手に住み着いて開発をしようとする者が後を絶たず、人間と魔王軍の国境付近で摩擦が生じ始めているのだった。
* * *
ティターニアの話を聞いて、俺はオーベストの村のことを思い出した。
「そういえば、オーベストの村でもマジックリーキを作るために、協定の石碑よりも随分と先の方まで開発していましたね。」
ティターニアは憂いを帯びた顔をしながらも、俺とアリシアに深く礼をする。
「その件ではケイ様とアリシア様に深く感謝をしなければなりません。人間にとってあの森は自分達に大きな利益を与えてくれるということで、しっかりと敬意を払って対応するようになりましたから。」
俺は少し考えた後、ティターニアに問いかけた。
「ところで、人間達は伝承をどのようにねじ曲げたのでしょうか?」
「《精霊が自然を護っている》ということを、《天界が自然を守っている》と変えてしまったのです。川の水が涸れ、森の木が枯れ、そして作物が育たなくなった原因は、天界に対する信心が足りないせいということにしたのですよ。」
「でも、魔王軍の土地は豊かじゃないですか。それに対して人間達は矛盾を感じないのですか?」
「自分たちの土地が荒れているのは、魔王軍が自然の恩恵を奪い取っているからという風にすり替えているようなのです。」
「なるほど……魔王軍の土地に勝手に住み着こうとする大義名分となるわけですね。いずれにせよ、放っておくと戦争につながる危険性がありそうです。ちなみにルキフェルは介入できないんですか?」
俺がそんな疑問を呈すると、床からルキフェルがすっと現れて答えた。
「我としてもどうにかしたいと考えておるのだが……ミカエルが強硬に人間達の天界信仰を広めるためだと譲らなくてな。天界としても、人間達が自分たちに傅く理由となるのであればかまわぬと考えておる故、この件に対して我が強く介入することが出来ないのだ。」
「そうですか……要するに、天界を信仰させながらも精霊が住みやすい場所を作れば良いということになりますかね?」
「そうだな……だが、そんな方法が可能なのか?」
俺は力強く頷くと、不敵な笑みを浮かべる。
「昔から、こういった無茶ぶりには慣れていますよ。あちらを立ててこちらも立てる……しがない品質管理はそういった調整をとれなければ生きていけないんです。ただ、そうですね……一応、天界にも伺いを立てた方が良い方法になるので、その時は折衝をお願いしたいところです。」
ルキフェルが力強く頷いて了承したので、俺はオベロンに問いかけた。
「ところで、荒れ地となった場所に精霊達は戻ることが出来るのでしょうか?」
「そうだな……そこが安心して暮らせる場所だと確信できるなら、私が説得してみせよう。」
そこまで聞けたところで、俺はルキフェルに願い出る。
「一度、その荒れ地となった場所を見に行きたいと思うのですが、案内して頂いても良いでしょうか? それを見た後に提案させて頂きたいと思います。」
ルキフェルは頷くと、ゲートを開く。
俺とアリシア、そしてオベロンはゲートをくぐって現地へと向かうのだった。




