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閑話)貴婦人の独り言

 ナロウワークの事務室で私は一人で呟いた。


「ノクターンもついにフォラスと結ばれましたね。」



 * * *



 今は《死神》と呼ばれている彼女は、当時は《永遠の追放者》と呼ばれて天使達に恐れられていた。

 彼女と対峙した天使達は、最果ての牢獄を初めとした異次元に飛ばされて、皆還らぬ者となる。

 ルキフェル様はドラゴン達を調伏させるので精一杯だった為、彼の第一の部下であるフォラスがノクターンを押さえることとなった。

 一進一退の戦いを繰り広げる中、フォラスとノクターンの間に交誼に近い感情が生まれ、最終的にノクターンはフォラスに恭順の意思を示す。

 だが、数々の天使達を異次元に飛ばされた天界が、彼女を許すはずもなく……

 彼女は天界へ引きずり出されて処刑されるはずだった。

 だが、彼女は空間と時を操る魔女であり、この世の理を知っていたせいかとんでもないことをやってのける。



 ――魂と肉体の融合化


 私達天使が不老不死なのは、魂と肉体が同一の存在であるが故である。

 定命の者は魂と肉体が別個の存在のため、肉体が朽ちて魂が再び土に還っていく。

 ノクターンは、天使と戦う中でその理を見出して、自らの魂と肉体を融合させてしまったのだ。

 天界はこの行為に対して怒りを覚えると共に、大いなる危機を感じた。



 ――彼女の魔法が知れ渡ることにより、天使のような存在が大量に生まれてしまう。


 世界の統治を自らの手で行うべきだと考える天界にとって、これほど恐ろしいことは無かっただろう。

 結局、ルキフェル様とフォラス、そして地上の調停役となったオベロンの必死の嘆願により、ノクターンが《不死化の魔法》を封印することで、彼女の処刑を取りやめることとなった。

 だが、自体はさらに悪化する。



 ――ルキフェル様とヒルデ様の間に《戦乙女(アリシア様)》が生まれてしまったのだ。


 当然のことながら、天界はアリシア様のことを警戒する。

 そして、ルキフェル様とヒルデ様は敢えてアリシア様の名を汚すことで、天界の懸念を払拭することに尽力された。

 だが、その間にミカエル様がとんでもないことを企てていたのだ。



 ――そう、人間の天使化を考えたのだ。


 元々、ミカエル様は地上にとどまられることは希望されていなかった。

 任務が終われば天界に帰還できると思っておられたのだ。

 だが、蓋を開ければ人間の王として地上にとどまらなければならない。

 気位の高いあの方にとって、天使の模倣程度である人間の王になることは耐えがたい苦痛だっただろう。

 また、人間はあまりに脆くて寿命も短い。

 その分沢山生まれるが、側近として育ててようやく使えるようになる頃には、次の者を育てなければならないことにあの方は心底嫌気がさしたのだろう。

 下等だと見下していた人間と交わって、ロゼッタ様とヘステイア様を授かった。



 ――だが、どちらもミカエル様が求める才知を持ち合わせなかった。


 ロゼッタ様は莫大な魔力と天使の血を色濃く受け継いだが、それを使いこなせるだけの才覚を持たず。

 ヘステイア様は天使の血をあまり受け継がなかったが、才気あふれる女性であった。

 まあ、自らの血を尊ぶミカエル様には、ヘステイア様を蔑んだ結果、《亜人の統治者(フローズ)》と駆け落ちされてフェンリルが生まれる。

 『フェンリルは汚らわしい存在』だとロゼッタ様は言われているが、逆にミカエル様はヘステイア様を手放したことを『あれと転生者が交わっていれば、理想的な半神が生まれていたのかもしれぬ』と、今でも悔いているようだ。



 ――そして、秘密裏に人間の不死化を企てた。


 ノクターンのような、不死の存在を作り出して人間の幹部に仕立て上げたい。

 そう思われたミカエル様は、ノクターンの魔術を解析して、さも自然な形でクロノスの一部の者に流出させた。

 その結果、有望そうな人間に不死化の魔法を使わせること自体には成功する。

 だが、完全な不死を生み出すことは出来なかった。

 地上に不完全な不死が増え、その責任をミカエル様はノクターンになすりつける。

 《不死の始祖》がいるという弱みもあってか、魔王軍側はすんなりとそれを受け入れた。



 ――だが、実はこれには裏があったのだ。


 ノクターンが魔法を封印したことにより完全な不死が生まれることが出来なくなっていた。

 不完全な不死が増えることは好ましくないが、天界としてはノクターンの名を汚すことが出来るため、ある程度の問題まではミカエル様の行動も黙認するつもりだった。

 そして、ついにミカエル様はデイヴィットという化け物を生み出してしまう。

 《不死化の魔法》が封印されている中で、あの化け物を生み出すためにミカエル様は聖剣リュミエールを触媒とされたようだ。

 結果として、完全な不老ではないが不老不死の存在が生まれる。

 転生する前のデイヴィットは、性格的には難ありだったが紛れもない実力者だったため、聖剣の力と相まって地上の脅威となってしまった。

 だが、天界はそれでもミカエル様のことを擁護して、ノクターンにデイヴィットの問題をどうにかして解決するように命じる。

 結局、デイヴィットはケイ様に敗れ去り、聖剣リュミエールを目にしたルキフェル様は、それで全てを察した。


 後は、皆が知る流れとなったが……



 * * *



 ここまで回想したところで私は思わず笑ってしまった。


「ケイ様がフォラスとノクターンの婚姻を希望されるなんて、天界でも予測できなかったわ。」


 今回の件が露見した為、流石に天界もルキフェル様の要求を飲まざるを得ない状況となった。

 ロランとアルケインの魔王軍の移籍の問題、ケイ様とアリシア様の婚姻の問題については本人同士の好きにさせるようにルキフェル様に仰ったのだ。

 だが、ケイ様は自らの幸せではなく、フォラスとノクターンの幸せを願った。

 天界としては、これは絶対に飲みたくない条件だったが、ケイ様とアリシア様の結婚について先延ばしをすることと引き換えにこれを許した。



 ――ミカエル様はケイ様を愚かだと言い放ったそうだ。


 だが、私は不思議とそうは思えなかった。

 彼がロランとアルケインを引き入れたことにより、フォラスの魔王軍の地位は亜人、死霊、精霊において盤石なものとなった。

 そして、その彼の最愛の者を救ったとなれば、フォラスは何があったとしてもケイのことを支持するだろう。

 ただ、彼が計算してやったとすれば、たいしたものだが……


「そういうわけじゃなさそうなところが……怖いんですよね。」


 初めて彼に会った時の印象は、冴えないけれどとても優しそうな印象だった。

 そして経歴を見れば、自分を押し殺してでも周囲に尽くすように見えた。

 その印象通りに、この世界でも彼は他者のために全力で尽くして文字通り自分の身をすりつぶして物事を解決している。

 人間という定命の生き物の世界では、それは愚者の振るまいかもしれないが、この歪みながらも平和な世界ではそれが求められているのかもしれない。


「何というか……ケイ様ってルキフェル様と似てるんですよね。」


 ルキフェル様は天使長だった頃から慈悲深く、私も彼を兄のように慕っていた。

 堕天されたとはいえ、今でもあの方は天界への配慮を忘れてはおらず、魔族や悪魔達を愛しながら、穏便に物事を進めようとされている。

 それと同様に、アリシア様を初めとして様々な種族の本質を感じ取り、彼らのために何とかしようとするケイ様の姿は、ルキフェル様の姿にかぶって見えるのだ。



 * * *



 そこまで考えたところで、私はミカエル様のことを想った。


 あの方は、新たな天使長というお立場になられたが、結局のところは人間の王という立場に縛り付けられた哀れな虜囚だ。

 そして、()()()が、ミカエル様を謀ってそのような立場に追いやったことはきっと気づいているはず。

 だが、気位の高いミカエル様は絶対にそのことを認めはせず、むしろルキフェル様にその怒りを向けた。

 表だっては天界もルキフェル様のことをお認めにはならないが、頑なに人間第一の姿勢を貫くミカエル様と、人間と魔族の融和を目指すルキフェル様では、どちらが地上の平和に貢献しているのかは明白だ。

 一部の者などは、ミカエル様を召還してルキフェル様に地上を任せれば良いのではないかという声さえ聞こえ始めているくらいなのだ。

 私も出来ればそうなって欲しいが、()()()が暗躍している以上、それは難しいと考えている。

 せめて、転生者の扱いを誤らなければ、もう少し良い統治が出来るはずなのだが……


「私が想うに、《戦乙女(ヴァルキリア)》が導いてくる英雄って、《平和な世界を作るための剣》なのですよね。」


 確かに彼らは世界を平和に導くために献身的に戦った素晴らしい英雄だ。

 だが、平和になった世界からは用済みとばかりに捨てられてしまう哀れな存在でもある。

 彼らが世界から求められているのは、自分たちの脅威を取り除いてくれる力であり、その脅威が無くなってしまえば、彼ら自身が平和を脅かす存在になり得るわけだ。


 結局、ミカエル様にとってそのような英雄を自らの手元に置くことで、魔王軍の脅威に対する牽制としているようだが、それが暴走したときは《最終戦争》を引き起こしかねない危険があるのだ。


「いえ……だからこそ、あの者はヴァルキリアに異世界の英雄を招聘させているのかもしれないですね。」


 ルキフェル様とミカエル様を争わせて、地上の統治が不可能だと主張する。

 そうすることで天界と地上の両方を傘下に収める。

 あの者なら、それくらいしてもおかしくはないだろう。



 * * *



 事務所の呼び鈴が不意に鳴った。

 受話器を取ると、あの者が大声で私にまくし立ててくる。


「ガブリエル! いつまで《ナロウワーク》で作業をしているのだ。クロノスのために英雄を派遣しなければならぬのだ。書類を《ドーダ》に送付しておくので、しっかりと見極めて貰わぬと困るぞ。」


「何度も言っていますが、ここに居るときは私を《貴婦人(レディ)》と呼んでください。あと少しでデイヴィットの件の報告書をまとめ上げるので、貴方はそれをあの方へ提出してくださいね。」


 うんざりした顔で受話器を置くと、私はすでにできあがっている書類を持って《ナロウワーク》を後にする。


「どうせ、何時もの如くろくな転生者は居ないのでしょうがね……とりあえず、仕事に戻りますか。」


 七色に輝く翼を具現化させ、私は天界の空を駆ける。

 周囲の天使達がひれ伏す中、静かに私は《ドーダ》へと降り立つのだった。

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