俺の奥義
ペルセポネに戻ってから数日後、俺とアリシアはノクターンに呼ばれてヴァルハラの広場に赴くと、死霊や骸骨達が駆け寄って来て歓声を上げた。
「ペルセポネの発展に多大な協力をしてくださり、ありがとうございます!」
「ケイ様とアリシア様のおかげで、ヴァルハラが生まれ変わりました。」
「俺達の技術を地上に広めて下さるとは……本当にありがとうございます。」
職人達の代表として、マルトーとチゼルが俺とアリシアの前に進み出ると、深く頭を下げた。
「ノクターン様から聞いたぜ……俺らの技術を地上に伝えるために、尽力してくれたんだってな。」
「たまたま首尾良く事が運んでくれただけです。皆さんがいつも努力したことが報われたんだと思いますよ。」
「謙遜するこたぁねえよ。数百年の間変化がなかったヴァルハラが、ケイ様が来てから見違えるように良くなったんだ。チゼル、おめえもそう思うだろう?」
「そうですよ。ケイ様とアリシア様の進言により、街は美しくなり賑わいが出るようになりました。貴方達は、凍り付いた様に動かなかったヴァルハラの時間を見事に動かしてくださったのです。」
俺とアリシアは彼らに会釈をして、ノクターンの館に向かう。
市場の家々から、死霊の母子が穏やかな顔をしながら手を振ってくれた。
俺はなんだか照れくさくなって、アリシアにささやいた。
「なんだか、ヴァルハラも大分変わったもんだね。」
「そうですね。ゴーストやスケルトンの雰囲気も明るくなって、前向きに時を過ごして居るように見えます。」
「死霊の街だからと諦めていた部分が結構あったのかもしれないね。でも、実際は環境が変わればまた出来ることも変わってくると思うんだ。それに気づければ、こうやって上手く物事が回っていくのかもしれないね。」
実際のところ、前世で言う転職者に求められている《新しい風》ってこういうことだと思う。
ただ、タイミングとそこに居る者が現状を変えたいという思いがなければ、そう簡単には上手くいかないものだ。
今回は、幸運にも全ての要素が俺にとって都合良く働いていたのだと、考えることにした。
(あまり天狗になると、後々足をすくわれっる可能性があるからな)
アリシアは、真面目くさった顔をしている俺を不思議そうな顔で見つめて問いかけた。
「難しい顔をしていますが、何かありましたか?」
「いや……俺は恵まれていると思っただけさ。良い上司と仲間、そして素敵な彼女がいるんだからね。」
アリシアが優しく俺の手を取って笑う。
「それは私も同じです……これからもよろしくお願いしますね。」
周囲のスケルトンやゴーストが冷やかす中、俺達は穏やかな気持ちでノクターンの館へと向かうのだった。
* * *
館に着くと、ノクターンとアルケインが俺達を出迎えた。
「ごめんね……広場で待ち合わせようと思ったんだけど、ゴーストとスケルトンがどうしても貴方達にお礼を言わせて欲しいって頭を下げてくるもんだから、こっちで待たせてもらったわ。」
アルケインの姿はあまり半神だった頃とは変わっておらず、知的な美男子のままだった。
彼は静かに俺の前に進み出ると、深く一礼して話しかけてくる。
「ケイ様には本当にお世話になりました。先日、ノクターン様とヴァルハラを少し回ってみましたが、貴方とアリシア様がなさったことを嬉しそうに語ってくるのです。私もケイ様のようにヴァルハラの住民達に好かれるように頑張りたいものですね。」
「アルケイン様ならすぐに住民達に慕われると思いますよ。」
アルケインは嬉しそうな顔をした後、俺に手を差し出した。
「アルケインとお呼びください。ご迷惑でなければ、対等の口調で話して頂けると私としても嬉しいです。」
「そ……そうかな? アルケイン、これからよろしく頼むね。」
ノクターンが笑顔でふわりとアルケインの横に舞い降りて彼の肩を優しく叩く。
「この子ったら、かなり凄いのよ。ヴァルハラを少し巡察しただけなのに、正確に情報の把握と技術についての見立てが出来ちゃうの。魔法も私の様式と少し違うけど、それがなかなか面白くってね……これから色々と楽しみだわ。」
「そういえば、アルケインの容姿って半神の頃とあまり変わらないんですね。俺みたいに、かなり変わるのかと思っていました。」
ノクターンは悪戯っぽい顔で俺を見て告げる。
「転生者の場合は、それなりに本人の希望が通るんだけど、アルケインはそのままの見た目が良かったみたい。そういえば、ケイの場合は『ルキフェル様みたいなイケメンになりたい』って強く願ったんだよね? 師匠……いえ、フォラスから聞いたわよ。」
「そりゃあ……俺は前世で彼女も出来ないような工場男子だったんで、折角生まれ変われるならイケメンになりたいと思ったんですよ。」
(実際のところ……『ただし……イケメンに限る』みたいな展開が全くないのが残念だけどね)
外面がイケメンになったところで、内面もイケメンになるわけではないということに改めて気づいて、ちょっとダメージを受けながら俺はノクターンに問いかける。
「今日はどういった要件でヴァルハラに呼んだんですか?」
「ヴァルハラも大分落ち着いてきたし、これからはアルケインの教育もあるので、ケイの魔法の卒業試験をしようと思ったの。」
彼女はそう言うと、大鎌を具現化させてふわりと飛び下がって間合いをとった。
「さて、デイヴィットの件で十分にケイが強くなったことが分かったから、今回は私も訓練とは思わずに全力でやらせて貰うわ。私から一本取って、しっかりと卒業してちょうだいね。」
「わかりました……しっかりと期待に応えられるように頑張ります。」
俺も斧槍を具現化してノクターンに対峙する。
緊迫した空気が辺りに立ちこめる中、先にノクターンが動いた。
九人に分身したノクターンが、俺に異なる魔法を放ってくる。
俺は前方の三体に相殺刃を放ちながら、足に半重力の魔法をかけて突っ込む。
だが、彼女はそれを予測済みで、ひらりと舞うように俺の突進を躱した。
「それは、前回デイヴィットとの戦いで見ているので当たってあげられないわ。」
彼女はそう言いながら俺に雷撃を放ってくるが、それは誘いだ。
俺は雷撃を相殺しながら、背後から放たれた火球に向かって斧槍を振るった。
「流石にこれも見切られちゃってるか……じゃあ、前回見せなかった奥の手を楽しんで貰おうかしら。」
ノクターンは笑みを浮かべて大鎌を回転させると、一瞬で俺の懐に潜り込んで風の刃で斬りつけてくる。
(今までの早さと全く違う!? なんなんだこれは?)
必死で斧槍で風の刃を相殺するが、その時にはすでにノクターンが頭上に回っていて、氷の結晶を俺の周りに振りまいている。
体が凍り付く前に俺は亜音速でその場を離脱するが、まったく振り切れない。
彼女は微笑すると、間断なく俺に向かって魔法を発動してくる。
魔法の早さも今までとは段違いで、俺は防御するだけで精一杯になってしまった。
(何か違和感を感じる……まるで早送りでもしているように感じるぞ)
そこまで考えたところで俺は気づいた。
(まさか……時間を操っているのか!?)
ノクターンは俺の表情を見て、満足げに笑っている。
「ふふっ……気づいたようね。この魔法は地上で使うともの凄く怒られるから、ヴァルハラ限定でしか出来ないのよね。」
「時間を操るなんてとんでもないですね。不老不死だからこそ出来る魔法ってところでしょうか。」
「確かにそうね。ケイはこの魔法に対して、どう対抗するつもりかしら?」
俺は少し思案したが、笑みを浮かべてノクターンに告げる。
「そうですね。俺も一回やってみたかったことがあるので、試してみようと思います。」
俺は斧槍に魔力を込めると一気に放出して、自分を中心に直径十メートル程度の空間を作り出した。
ノクターンは不思議そうな顔で俺に問いかける。
「まさかそれで私の《時間浮遊》を防ぎきれるとでもいうのかしら?」
俺はそれには答えず、空間を展開したままノクターンに突っ込む。
彼女が俺の目の前から一瞬で消えて、背後に現れようとしたが棒立ちで固まってしまった。
「えっ……どういうこと!? 魔法が発動しない!」
俺はフィールドを込めた魔力を斧槍に変換して、ノクターンの大鎌に向かって渾身の一撃を加える。
強力な一撃を受けて大鎌がボロボロになる中……優しく彼女の頭にチョップを入れた。
「これで卒業ってことで良いですか?」
ノクターンは驚きに目を見開いて固まっている。
「嘘……私のタイムシフトがこんなあっさりと……」
そして、俺の襟元を掴むとはげしく揺らして問いかけた。
「いったい今のは何!? どうして私の魔法が発動しなかったの!」
「あばばばば……落ち着いてください!? ちゃんと説明しますから!」
俺は必死でノクターンを落ち着かせて説明する。
「時間を操るとはいえ、魔法を発動しているのに変わりないので、相殺の魔法のフィールドを作ってそのまま突っ込めば良いと思ったんです……そうしたらうまくいっちゃいました。」
説明を聞いたノクターンがむくれたような顔になった。
「それってずるくない? 魔法主体で戦う者にとって、それをやられたら勝ち目がないじゃない。」
「ずるいと言われましても……俺の奥義ってことで良いんじゃないでしょうか?」
その時、背後に気配を感じて、俺は思わず斧槍を振るってしまう。
フォラスが慌てたようにひょいとかわして俺に抗議する。
「危ないではないか!? もう少しで当たるところじゃったぞ!」
「修練中に俺の背後にいきなり立つからじゃないですか! いい加減、不意打ち気味に現れるのはやめてください。」
「まったく……お主は、冗談と言うものが分からぬ奴じゃ。ところで、今の魔法は中々面白そうじゃのう……相殺の魔法でフィールドを作り上げるとは良い発想じゃ。ノクターンよ……むくれていては美人が台無しじゃぞ? ケイをそこまで成長させたのはお主なのじゃから、誇れば良いでないか。」
ノクターンは嬉しげな顔でフォラスに飛びついた。
「ふふっ……美人か……ケイとアリシアがイチャイチャするわけが分かったわ。」
(なんというか……お熱いですね)
ノクターンが笑顔でフォラスに抱きつきながら、俺に告げる。
「そうね……私が完膚なきに負けたんだから卒業でかまわないわ。しかし、相殺魔法にあそこまでの可能性があったなんて……アルケインにも覚えさせようかしら。」
フォラスが静かに首を振った。
「アルケインがあれを覚える場合は時間がかかるじゃろうな……ケイと違って耐性無効と痛覚無効がついておるので、相殺の魔法と相性が悪いのじゃよ。」
「ええっ!? 何でアルケインに痛覚無効ついているんですか? 俺の時はついてなかったじゃないですか!」
「ケイの場合は事故みたいなものじゃ。普通の天使と悪魔は痛覚無効と各種耐性がついているものじゃからな。」
がっくりと肩を落とす俺をアリシアが優しく抱きしめる。
ふと横目でアルケインを見ると、彼は驚いたような顔で俺を見ていた。
「痛覚無効がないって……その状態で体が半分消し飛んだり、音速で動いて体を焦がしたりしていたじゃないですか。どうやって、その痛みに耐えてるんでしょうか?」
「何というか……慣れと根性かな? ルキフェルも千年ぐらいかけて慣らしたみたいだからね。」
フォラスは一瞬眉を動かしたが、すぐに笑みを浮かべて俺達に告げる。
「まあ、そういうわけじゃから気長に頑張るのじゃな。それと……アルケインとロランじゃが、不老不死で耐性持ちではあるが、ケイと違って、最初のうちはそこまで魔力が高くないのじゃよ。きちんと修練をすることで成長できるので、しっかりと励むのじゃよ。」
アルケインは生真面目な顔でフォラスに頭を下げた。
「こうして、不老不死にしてくださった上に、各種魔法を発動できるだけで十分です。しっかりと修練をして、お役に立てるよう努力致します。」
「うむ……アルケインは謙虚で良い資質を持っておる。きっと素晴らしい魔法の使い手になれるじゃろうて。」
アルケインが嬉しそうな顔で頷く中、フォラスは微笑してゲートを開いた。
「ケイの卒業祝いをしたいのでな……儂の店に行かぬか? 今日はルキフェル様とヒルデ様達も来る予定なのじゃ。」
俺は笑顔で頷くと、アリシアの手を取ってそのままゲートをくぐる。
ノクターンとアルケインも俺達の後に続いてフォラスの店へと向かうのだった。




