止まった時を動かして……
ペルセポネに戻ると、ノクターンとフォラスが俺達を出迎えた。
ノクターンは俺に抱きついて号泣する。
「私がケイにちゃんと伝えていなかったせいで、あんな危険な目に……本当にごめんなさい! 私……ケイの師匠失格だわ。」
フォラスが困ったような顔で俺に話しかけた。
「ずっとこの調子なので、手の施しようがなくてのう……そういえば、ロラン達の件は上手くいったのか?」
俺はノクターンの背中を優しくさすりながら、彼女に伝える。
「俺はその件について、全く気にしていないですよ。それに……ノクターンに弟子が一人増えるので、いつまでも泣いていては駄目ですよ。」
ノクターンが不思議そうな顔をする中、俺はフォラスに笑みを浮かべた。
「上手くいきましたよ。ロランとアルケインはフォラスの眷属になることで合意しました。」
ノクターンが驚いて俺に問いかける。
「ええっ!? 師匠の眷属って……ミカエルが黙ってそれを受け入れるとは思えないんだけど?」
俺は後からゲートを抜けてきたルキフェルを一顧しながら答えた。
「ルキフェルが聖剣リュミエールを天界に捧げたのが良かったみたいです。《貴婦人》様が随分とそのことを感心しているようでした。」
ルキフェルが優しげな声で俺に告げる。
「あれはフォラスの献策だ。ミカエルが強硬に反対すると言うことを見通して、先に天界の心証を良くするべきだと、彼が提案したのだ。」
(そうだったのか……フォラスはこういったことの機微に通じているんだなぁ)
俺はフォラスに深く頭を下げた。
「本当に助かりました。あの一押しがなければ、ミカエルを説得することは出来なかったと思います。」
「ケイは儂の教え子……それを助けるのは当たり前のことじゃよ。まあ……儂の方としても眷属が増えて、死霊と亜人との関係を強化できるという願ってもない話だったのでな。どうにかして上手くいかせたかったのじゃ。」
「フォラスの眷属が、フェンリルとノクターンの副官になるんだから関係が強化されるってことですね。」
「そういうことじゃ……前代未聞のことじゃが、フェンリルにはもう話は通してある。」
ノクターンが驚いた顔で俺とフォラスを交互に見た。
「えっ……私に副官ってどういうこと!? ヴァルハラに来たいなんて言う奇特な者が居るのはずがないわ。」
俺は微笑して、ノクターンにアルケインのことを伝えた。
ノクターンは目を見開いた後、涙を流しながら喜んだ。
「副官になるだけでなく、魔法を一緒に研究したり技術の伝承もしてくれるなんて……この五百年の間ヴァルハラを統治してきて、こんなに嬉しいことはなかったわ!」
「だから、いつまでも泣いている暇はないですよ。しっかりアルケインを迎える準備をしないといけないですからね。」
ノクターンは嬉しげな顔になって、フォラスの横にふわりと舞い降りた。
フォラスは目を細めながら、彼女を見ている。
(何だかんだで、フォラスはノクターンのことを気にかけているんだよな……)
その時、フォラスが俺に優しげな顔で告げた。
「今回、儂はケイに大分借りが出来てしまったからな……儂で出来る範囲で良ければ、何かお主の願いを聞いてもかまわぬぞ?」
俺はじっとフォラスを見て真面目な顔で問いかける。
「本当にいいんですか? 俺がとんでもない願いをしたら大変なんじゃないですか?」
「まあ、儂にも出来ぬことは沢山あるが……お主が今一番望んでいることを叶えることぐらいは出来ると思うぞ。」
俺がアリシアをじっと見つめると、彼女は俺が何を願おうとしているのを察して静かに頷く。
フォラスが笑みを浮かべてルキフェルに何かを言おうとする中、俺はフォラスにはっきりと伝える。
「貴方の一番弟子の気持ちに対してしっかりと真摯に答えて、責任とって結婚してくださいね。」
意表を突かれたフォラスが思わず俺に向かって叫ぶ。
「このヘタレがあぁぁぁぁぁぁ!? どう考えてもこの流れは、お嬢様との結婚の仲介を儂に頼むのが筋じゃろうが!」
「フォラスの方がずっとヘタレでしょうが……あんな美女を五〇〇年も野放しにして。ノクターンに好かれて、まんざらでもないんでしょう? いい加減くっ付いてくれないと、俺の方も申し訳なくて結婚すら出来ないですよ。」
「他人に責任を押しつけるでない! 弟子に手を出したとなれば、師匠失格じゃ。それに、儂が結婚すればルキフェル様にも迷惑がかかるであろうて。」
ルキフェルは不思議そうな顔でフォラスに問いかける。
「我は別にかまわぬのだが……《貴婦人》と《クロノスの王》の面前で、フォラスの眷属がノクターンの副官になることを宣言しているのだ。今更、悪魔の統括者と死霊の統括者が結婚したところで、非難される謂れはないはずだぞ?」
フォラスが反論できない中、俺はさらに追い打ちをかける。
「弟子に手を出せないって言うんだったら、さっさと弟子卒業させて嫁さんに格上げしちゃってくださいよ。どう考えても、これくらいのことなら『儂に出来ること』の範囲に入ってますよね?」
フォラスが悔しげな顔で俺を怒鳴りつける。
「こういうことは、ノクターンの気持ちも重要なのじゃ! あの娘も、こんな爺が夫じゃ可哀想じゃろうて。」
ノクターンがオロオロとした顔で俺を見ているので、彼女にしっかりと伝えた。
「《ナロウワーク》でレディが言っていたのですが、『永遠の時を生きる者にとって、止まった時など些末なもの』だそうですよ。ヴァルハラも大分変わりつつあるのだから、ノクターン自身の時間も動かしても良いのではないでしょうか? 少なくとも俺は貴女は素敵な女性だと思うし、あのヘタレ爺の隣には貴女がふさわしいと考えてます。」
ノクターンは俺に微笑しながら首を振った。
「あの人はヘタレじゃないの……私が全部悪かったのよ。」
彼女は意を決したようにフォラスに抱きついてキスをした後、彼に告げる。
「五〇〇年前、貴方は私に『儂の一番近くで支えて欲しい』と言ってくれたけど、天界から疎まれている私が妻になれば迷惑がかかると思って、曖昧な関係を続けてた。だから、正直ケイとアリシアが羨ましかったわ……周りがどう思おうが、愛しているって気持ちを貫くってこういうことだと伝わってくるのだから。ねぇ、フォラス……こんな馬鹿な私だけど、妻として貴方の隣に居ていいのかしら?」
フォラスは思わずノクターンをぎゅっと抱きしめて、感極まった顔をしながら何かを耳打ちをした。
何を言ったかは聞こえなかったけれど、ノクターンが嬉しそうな顔で頷きながら涙を流しているのを見れば、一目瞭然だろう。
フォラスはしばらくノクターンと抱き合った後、笑みを浮かべて俺に言い放った。
「まったく……悪魔の儂が、外堀を埋められて見事にケイの手のひらで踊らされたわい。じゃが、ケイが前世で彼女が出来なかったわけが分かったぞ。他人の幸せのために、あまり自分を犠牲にするでない。《良い人》と《人が良い》は紙一重なのじゃ……お嬢様が《男殺し》でないということは周知の事実となりつつある。そうなれば、ケイを押しのけてでも婚姻したいという者が出てくる可能性が高いじゃろうて。」
俺は幸せそうな顔をしているノクターンを見ながら、肩をすくめた。
「そう思うんだったら、もう少し自分の傍らにいる女性を大事にして下さいね。フォラスが言っていることって、そのまま自分に返ってきていると思いますよ。」
アリシアが俺の手を取りながら、フォラスに告げる。
「前世はそうかもしれませんが、今は私がケイの彼女になっているので問題ないです。それに、ケイを押しのけようとするような不埒者は、私が滅殺すれば良いだけのことです。」
(えっ……滅殺って……それはまずいんじゃ!?)
アリシアのトンデモ発言に慄く俺を尻目に、ノクターンは幸せそうな顔でフォラスに抱きついているのだった。




