セクハラとの戦い
俺達は作業服に着替えた後、シレーニに連れられて酒蔵の見学を行う。
俺の時もそうだったが、彼の説明はストレートな分とても理解しやすい。
細かい部分などについては、今回はあまり必要ないのとアレトゥーサの作った資料で十分補足出来ているので、とても満足できる内容だった。
アルケインが興味深げな顔をしながら、シレーニに蒸留の技術やメンテナンスの方法を聞いている。
シレーニは核心に触れない程度で、普及している技術や素材について答えていた。
(普段セクハラばかりしているイメージがあるけれど、こういう時は結構しっかりとしてるよなぁ……)
一通り説明し終わったところで、シレーニが俺達に声をかける。
「折角だから、少し作業をして貰っても良いよな?」
「もちろんですよ。俺とアリシアも手伝わせてください。」
俺達はシレーニの指示の下、原料の選別の作業を行い始める。
彼は優しくロランに水晶玉を見せながら説明を始めた。
「こうやって、駄目な原料が入らないようにするんだ。駄目な原料が入ってしまうと、その資料に書かれているとおり、渋みや苦みが酒に出てしまう。一見、何でも無い作業のように見えるが、これが出来ねえと酒造りは始まらないってことなのさ。」
「なるほど……普段飲んでいる酒は、手間暇がかかっていると言うことだな。これとかは痛んでいる原料なのか?」
「どれどれ……おお、センスが良いじゃねえか。勇者をやめたくなったら俺の酒蔵で働いても良いんだぜ。」
シレーニは優しげにロランの手を握りながら、作業を教え込んでいく。
だが俺は、彼のもう一方の手がロランの腰に回りそうになっているのに気づいてしまった。
慌てて、俺はその手を掴んで痛んだ原料をシレーニへ手渡す。
「シレーニは教えるのが上手ですね。今見つけましたんですが、この原料も痛んでいますよね?」
シレーニは一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「おお……ケイもやるじゃねえか! その調子で頼むぜ。」
その後も俺とアリシアは、シレーニのセクハラと必死に戦い続けた。
――まあ、具体的に言えば……
原料の仕込みの際にロランの尻を眺めながら『とても引き締まっていて魅力的だ……俺の原料も仕込みたい』という発言のフォロー。
蒸留の作業中にアルケインの汗ばんだ肌の匂いをどさくさに紛れて嗅ごうとするのを阻止。
テイスティングの際に、『酒造りも突き合いも経験した数だけ上手になる』と言い始めそうになったところで違う話題を振るといった感じだ。
まだまだ余罪は一杯あるのだが、これ以上の例を挙げると色々なところから苦情が出てきそうなので、これくらいにしておこうと思う。
そんなこんなで研修が終わる頃には、俺の精神はかなりすり切れそうになっていた。
アリシアが俺を心配そうに見る中、ロランとアルケインは尊敬した顔でシレーニを見ている。
「俺達が飲んでいた酒がこんなに手間と時間を使っていたとは……シレーニ殿の凄さが分かった気がするぞ。」
「この世界の酒造技術がこれほどまでに高いとは……その一部に触れられただけでも、転生した甲斐があったのかもしれません。」
シレーニとロラン達が和やかな雰囲気で対話し始めたのを見て、俺はアリシアに笑いかけた。
「どうやら、俺の案は上手くいったみたいだね。」
その時、シレーニがロラン達の肩を叩きながら、彼らと仕込んだ酒を見て告げる。
「今日仕込んだ酒は、丁寧に寝かせておくからな。十年ぐらいしたら飲み頃になると思うが、その時は一緒に飲み交わしたいもんだぜ。」
ロランとアルケインはその言葉を聞いて、複雑な顔をした。
だが、二人はすぐに笑顔でシレーニの肩を組んだ。
「ああ、そうだな……その時を楽しみにしているよ。」
「そうですね……その味を想像するだけで、とても楽しい気持ちになってきますね。」
シレーニは嬉しそうな顔で笑う。
「へへっ……そうだろう? その時まで、お互いに熟成してほどよい男になっていたいもんだよなぁ。」
ロランとアルケインはシレーニの言葉を聞いて涙ぐんだ。
彼は少し困惑しながらも、穏やかな顔で二人に言った。
「まったく、涙もろいもんだな……なんだか、俺も妙な気分になっちまうよ。今日はサルマキスとアレトゥーサ達が上手い料理を作ってくれているんだぜ。一緒に酒飲んで楽しく過ごそうな。」
俺は嬉しそうに頷くロラン達を見ながら、もっと早く彼らとこういった交流が出来れば良かったんだろうなと思うのだった。
* * *
俺達がサルマキスの食堂へ行くと、アレトゥーサが出迎えてくれた。
「料理やお酒はもう準備できているわ。あら、随分と汗をかいているみたいね。部屋に案内するからシャワー浴びてから下に降りてらっしゃいな。」
(ロランとアルケインは研修によるものだけど、こっちは冷や汗のせいかもね)
アレトゥーサは俺とアリシアを見て何かを察したのか、優しく笑みを浮かべた。
「その様子だと、父さんが随分とはっちゃけちゃったみたいね……色々と迷惑かけて、ごめんなさい。あの人は美形もそうだけど、教え甲斐のある相手には結構頑張っちゃうのよ。ただ、あの人のポリシーで『合意以外は男の敗北』らしいから、勇者様達の貞操の危険は心配しなくても大丈夫だと思うわ。」
俺とアリシアは肩の力が抜けると同時に、アレトウーサに文句を言った。
「それを早く言ってくださいよ! こっちはシレーニがいつ襲いかかるか心配で、ヒヤヒヤしちゃいましたよ。」
「どちらかというと、あのコミニュケーションの方法が問題だと思います! 初対面の相手にそれをしちゃうと、大変なことになりますよ?」
アレトゥーサは笑みを浮かべてロラン達を見ている。
「でも、あの人達の様子を見た限りだと……案外、父さんの接し方が正解だったかもね。勇者っていう肩書きとか抜きで、普通に接して欲しかったんじゃないかしら?」
(確かにそれもそうかもしれないな……)
どことなくすっきりしたような顔をしているロラン達を見て、俺とアリシアは顔を見合わせて思わず笑ってしまうのだった。




