酒蔵の研修
俺が意識を取り戻した数日後、俺とアリシアはエリシオンの街に赴いた。
先にロランとアルケインが到着していたようで、俺達に気づくと足早にこちらに近づいてきた。
気鬱げな表情をしているロラン達に俺は話しかける。
「本日は、エリシオンの街まで来ていただきましてありがとうございます。」
「先日のソウルイーターの件では世話になったな。あのデイヴィット相手に見事な戦いぶりだったぞ。ところで、俺達に手伝って欲しいことがあると聞いたのだが?」
「実は、俺はシレーニの酒蔵の業務の手伝いをしたことがあるのですが、酒の製法についてやったことがない人でもうまく働けるような仕組みを作りました。今のところ、亜人や魔族では上手くいっているのですが、人間の場合も同様に出来るか知りたかったのですよ。」
俺の提案にアルケインが食いついた。
「ほう……あのシレーニの酒ですか。クロノスでも評判の銘酒で、私も頂きましたが、かなりの一品でした。そのような酒蔵の作業に関われるとは光栄ですね。」
「アルケイン様は賢者として様々な知識をお持ちだと思いますので、気になったところにつきましては、忌憚なくご意見をいただけるとありがたいです。」
酒蔵の前まで彼らを案内すると、何やら入り口が騒がしい。
どうやら、シレーニとアレトゥーサが揉めて居るようだ。
「やっぱり、今日は私が作業を監督するから! 父さんは母さんと一緒に宿でもてなしの準備をしていなさいよ。」
「馬鹿野郎! 勇者様と賢者様が俺の酒蔵で作業したいって言うんだから、おれがしっかりと見てやらにゃいけねえだろうが。あの素晴らしい体つき、俺は今から楽しみで仕方ねえよ……」
シレーニは俺達に気づくと、飛ぶような速さでこちらに走ってきた。
ロランとアルケインの姿を見た彼は、目を細めて喜んだ。
「おお……何という美しさだ。勇者様のこの筋肉の締まり……そして賢者様は知的な雰囲気の中に何処となく醸し出される気品が……もう、たまらねえな……」
(ヤメテエェェェェェ!? 初っぱなから、あり得ないレベルのセクハラしないで!)
ドン引きする彼らへ、俺はシレーニを紹介する。
「ええと……この方がシレーニで、この酒蔵の主なんですよ。ちょっと性に関して奔放なところはありますが、基本的にはとても良い方なんです。」
アレトゥーサがシレーニを冷たい目で見た後に、ロランとアルケインに挨拶した。
「私は亜人の統治者フェンリルの妻のアレトゥーサと申します。このたびはエリシオンまでご足労頂きましてありがとうございます。私の父、シレーニと共にこの酒蔵での作業を統括しておりますので、お見知りおきくださいませ。」
ロランとアルケインは少しほっとした顔で、アレトゥーサに一礼する。
シレーニが若干むくれた顔で、アレトゥーサに言った。
「おめえはフェンリルと共に、勇者様達の歓迎の準備をしにいってきな。後は俺がしっかりと務めてやるからな。」
「わっ……私も一緒にやるわよ! 父さん一人にしたら、何をしでかすか分かったもんじゃないわ。」
「おめえは分かってねえな……ケイは『ありのままの俺達の姿を見せろ』って言っていたんだぜ? それなら、外向きの格好つけた姿よりも、いつも通りの俺の姿を見せた方が良いに決まってるじゃねえか。」
(確かに俺はそう伝えたけど……全く意味が違うよ!?)
アレトゥーサは申しわけなさそうな顔をして、俺に告げる。
「父さんがここでへそを曲げると面倒なことになるから……後はケイに任せるわ!」
「ええっ!? そんなぁ……」
彼女は俺達に会釈すると、宿の方へと行ってしまった。
シレーニはニタリと気持ち悪い笑みを浮かべながら、俺達を酒蔵の中へ入るように促す。
そんな彼を見て、ロランがぼそりと呟いた。
「この悪寒……魔王の城へ攻め入った時を彷彿とさせるな。」
なんとも言えない空気の中、俺達は酒蔵の中へと入っていくのだった。
* * *
酒蔵の中では亜人達が丁寧に仕事を行っていた。
彼らは俺とアリシアに気づくと、嬉しそうな顔をして会釈をする。
シレーニが優しげな顔で俺の肩を組んだ。
「あいつらは、ケイの作った手順書や水晶玉を食い入るように見て勉強をしてるんだぜ。この酒蔵でおめえに感心しない奴は居ねえっていうことだな。」
「それは嬉しいですね。是非、ロラン様とアルケイン様にも見せてあげてくださいね。」
「それはそうと……今晩は俺達の宿に泊まっていくんだよな? 婿殿とサルマキスも、ケイとアリシア様に会いてえってよ。」
「それでは、ロラン様とアルケイン様も宿泊していただきたいので、手配お願いできますか?」
シレーニは満足げに頷くと、亜人の一人に声をかけた。
「おい! 今日はケイ達が宿に泊まるそうだ。サルマキスにしっかりと伝えてくれ。」
声をかけられれたものは嬉しげな顔で一礼した後、すぐにサルマキスの元へ向かっていった。
シレーニはハアハアと熱い吐息を俺に吹きかけながらささやく。
「今日はいろんな意味で皆と一緒に熱い夜を過ごしたいものだな……」
(嫌あぁぁぁぁぁ!? 勇者達がドン引きしちゃうでしょうが!)
見るに見かねたアリシアが、俺からシレーニを引き剥がした。
「いい加減にしてください! 前も言いましたけど、私の大事な彼氏なんですよ。閨に誘おうとしないで下さい。」
ロラン達がさらに引いた顔で俺に問いかけた。
「なあ、ケイ殿……シレーニ殿は本当に大丈夫なんだよな?」
「あ……ああ、そうですね。自分の欲望に忠実なのですが、仕事に関してはもの凄く真面目なタイプなんですよ。」
シレーニは笑みを浮かべて俺の言葉に頷く。
「ロラン様達には、きっちりと体験用の研修を用意してあるから安心してくれ。最近、俺の酒蔵に興味を持つ奴があまりにも増えたもんだから、アレトゥーサが機密に関わらない程度に酒蔵の経験ができるような研修を考案したんだ。」
「おおっ!? それは凄いじゃないですか。それは楽しみですね。」
シレーニが懐から、案内用の冊子を取り出す。
少し彼の汗で臭ってはいるが、俺の作った《ストーリーブック》や《QC工程図》を参考にして、酒造りの流れを素人でも分かるように見事に書き出していた。
(アレトゥーサは、俺の作った資料をかなり読み込んでくれたんだな)
俺が感慨に浸っている中、アルケインが感心したような顔で冊子を読んでいた。
「これはかなり分かりやすいですね。子供の教育用資料の見本としても使えそうです。」
「なんたって、ケイの作った資料をアレトゥーサがさらに分かりやすく作り直したからな。」
アルケインは興味深げな顔で俺を見る。
「ほう……ケイ殿はそのような知見もあるのですか。今度、私と知識の交換をしていただきたいものですな。」
「そんなたいした知識は無いですよ。俺の前世なんて人間の町民程度だったんですから。」
ロランが驚いたような顔で俺を見た。
「なんだと!? ケイ殿は人間からの転生者だったのか!」
(えっ……今更そこですか?)
驚くロランに対して、俺は自分の前世と魔王軍への転生への経緯を簡単に説明する。
彼は、不思議そうな顔をして俺に問いかけた。
「なるほど……仕事内容もさることながら、アリシア様に一目惚れして転生か。動機は非常に不純だが、『世界の平和のために働いて欲しい』と言う魔王の言葉を信じたんだな?」
「俺にとってはかなり真面目な動機だったんですよ。それに、今のところルキフェルは俺に対してかなり誠実に対応していくれているので、全く不満はないですね。」
ロランが少し辛そうな顔をしたので、俺は微笑して彼に手を差し出した。
「前にアルケイン様が言っていたとおり、ロラン様は直情的ですが正義を重んじる方だと思っています。だから、俺が仕事で関わった範囲になりますが、この世界の色々な者達を見てどうするのかを考えていただきたいと思ったんです。」
「なるほどな……ソウルイーターの一件の借りもあるし、今回はケイ殿の提案に乗ってみようと思う。」
差し出された俺の手を快く握るロランの隣で、アルケインも微笑して頷く。
その光景を微笑ましく見つめるアリシアの横で、シレーニがなんとも嫌らしい笑みで俺達を見ながら、『麗しき美青年達が友情を紡ぐ姿……たまらねえな』とつぶやいている。
彼の淫らな妄想が俺の脳裏に浮かんで背筋に冷たい汗が流れたが、それについては無視をすることにしたのだった。




