最果ての牢獄
意識を取り戻して目を開くと、自分の部屋の天井が見えた。
額に感じる柔らかい手の感触から、アリシアが俺のことを看病していたことを感じる。
彼女は俺が目を覚ましたのに気づいて、取り縋って涙を流した。
「目を覚ましたんですね……本当に心配したんですよ。」
俺は彼女の頭を撫でながら、優しく問いかける。
「アリシア……怪我はなかったかい?」
アリシアは涙を流しながら俺を真っ直ぐに見つめた。
「ケイが庇ってくれたから大丈夫です……でも、その代わりにケイがこんなにボロボロになってしまったじゃないですか! いくら自己再生があるっていっても、今回ばかりは本当に危険だったんですからね。」
――『自分が犠牲になれば』などと考えるのは傲慢だと、心に刻むが良い。
フォラスからの苦言が心に刺さる。
(確かに、自分さえ我慢すれば良いということが、癖になっていたかもしれない)
落ち込む俺の顔を優しく両手で包み込んで、アリシアは俺に口づけをした。
「それはそれとして、頑張ったんだからご褒美です……消滅しちゃったら、こういうご褒美もあげられなくなっちゃうんですよ?」
俺は思わず跳ね起きて、アリシアの両肩をつかんで叫んだ。
「それは困る!? 俺はキスだけで終わる男ではない……いつか君の全てを手に入れるのだあぁぁぁぁぁ!」
アリシアが顔を赤く染めて俺を見る中、彼女の後ろからルキフェルが困惑した顔で現れた。
「むぅ……もう少し後に来た方が良かったかな?」
「いえ……その……これは、言葉のあやという奴で……」
「ケイはアリシアと婚約しているのだから、『いつか全てを手に入れる』というのは間違ってないと思うぞ?」
(ルキフェルのこういうところは潔いというか、さっぱりしているよな)
アリシアがまだ火照っている顔で、ルキフェルをキッと睨んだ。
「また、私達のプライベートを盗撮していないですよね?」
「ケイが意識を取り戻すかどうかは、我にとっても重要なことだ。最近の仕事ぶりを見ていれば、アリシアにもそれは解ると思うぞ?」
話がややこしくなりそうだったので、俺はルキフェルに話しかけた。
「そういえば、デイヴィットはどうなったのでしょうか?」
「あのソウルイーターはクロノスとの協議の結果、《最果ての牢獄》に送られることとなった。」
「消滅させなくて、良かったのですか?」
彼は静かに首を振った。
「ソウルイーターは不完全ながらも不死の存在なのだ。奴は自分の姿と魔力を維持するために、人間の魂を喰らい続けた。それが枯渇すれば肉と魔力を失いはするが、生き続けることが出来る。それならば、それにふさわしい末路を用意するのが良いということになったのだ。」
俺が不思議そうな顔をしているので、ルキフェルは最果ての牢獄について説明をしてくれた。
* * *
――最果ての牢獄、それは永遠に生きる者が最も恐れると言われる場所だ。
全ての世界から隔絶されたその場所は、何もない空間だ。
そして、その空間に入った瞬間に五感を失う。
時間すら無いその世界で、何も感じることも出来ないまま時を過ごしていく。
死ぬことが出来ない不死の者は、出口すらない世界で永遠に存在し続けるという生き地獄を味わうことになるのだ。
――ちなみに、最果ての牢獄に投獄するのは案外簡単らしい。
何もない空間なので、その入り口を開けた瞬間にもの凄い勢いで吸い込まれていくからだ。
当然のことだが、入り口を開ける際はしっかりと結界を張って、他の者が吸い込まれないように万全の体制を築いた後に刑を執行するらしい。
* * *
ルキフェルの説明を聞いて、俺は思わず身震いした。
「それは、消滅するよりも恐ろしいですね……永遠に何も感じないなんて、気が狂ってしまいそうです。」
「時間が経てば気も狂うことが出来るだろうが、あの空間は時間という概念もないのだ。つまり永遠のようで一瞬であり、一瞬のようであっても永遠でもある。狂う時間すら無いとも言えるな。」
(何を言っているのか、だんだん解らなくなってきた)
鷹揚に頷きながら超理論を語り出したルキフェルに、若干引きつつも安心した顔で俺は頷いた。
「とにかく、デイヴィットは二度と地上に現れることが出来なくなったってことですね。」
「まあ、簡単に言えばそういうことだ。彼との繋がりが絶たれたグール達は、腐り果てて消滅した。そなたらが居なければ、あの用心深いソウルイーターを捕まえることが出来なかったのだ……本当に感謝するぞ。」
「そういえば……なんで今回は、その用心深いソウルイーターが姿を現したんですか?」
「あの者は、ノクターンの鎌の気配で危険を察知していたのだろう。ノクターンの鎌が破損していたため、今回はそれがなかったのと、勇者を自分の元へ引き込もうとしていたと思われるな。」
アリシアが少し考えた後に、怒ったような顔でルキフェルを詰問した。
「もしかして、私達を向かわせたのは……おとりに使うつもりだったんですか!」
ルキフェルは表情を変えずに、静かに首を振った。
「当初はそうするつもりだった。だが、思いのほかケイが強くなったのだよ。よもや、ノクターンの鎌を破損させるほどになっているとは思わなかったのだ。アリシア……お前ならばよく分かっているはずだぞ。あの者は確かに冗談が好きだが、わざと負けるような真似はしないだろう?」
「確かにそれはそうですが……そのせいで、ケイは消滅しかけたんですよ。」
「それについてはすまなかったと思う。だからこそ、フォラスが道理を曲げて助けに入ったのだ。あの者はお前が思っているよりも、ずっとケイのことを気にかけている。今は謹慎しておるが、今回の件の功績もあるのですぐに戻ってくるだろうな。」
そこまで話した後に、ルキフェルが少し困ったような顔で俺に頭を下げる。
「それでだな……ケイに頼みがある。今回の件で、人間の勇者とその仲間に少し問題が発生しているようなのだ。少しあって話を聞いてやってはくれないだろうか。」
(ロランとアルケインは、寿命の件で大分参ったような顔をしていたからな……)
俺は彼らが少し可哀想だと思ったので頷くが、ルキフェルに疑問点を確認することにした。
「彼らの寿命が短いのって、前に聞いた《特別な半魔》と同じってことで良いのでしょうか?」
「我が聞いている限りでは、そういうことらしいぞ。」
「あと、この世界に適合しないと判断された転生者の魂はどうなるんですか?」
「地上に適合しないと判断された者は、天界に送られた後、《戦女神》が元の世界に魂を返すこととなっておる。例外的に、あまりにも強すぎる者は天界に留め置かれるという噂もあるが、我もそれ以上は知らぬのだ。」
「そうですか……例えばですが、魔王軍に転生したいと言ってきた場合はスカウトしちゃっても良いんでしょうかね?」
「む……来る者は拒まぬが、それは無いと思うぞ。人間側の勇者は、大概の場合は我らのことを嫌悪しておる。それに、人間という種族を愛している場合が多いのだ。」
「念のためということですよ。それで俺の考え的にはこういう案があるのですが如何でしょうか?」
俺はルキフェルとアリシアに勇者達への対応について話してみた。
ルキフェルは少し難しい顔をしたが、アリシアが彼に強い口調で主張する。
「そもそも、ケイはまだボロボロの体だというのに、こうやって仕事を持ってきたのはお父様ですよね? ソウルイーターの件で負い目があるとお思いならば、少しぐらい融通を効かせてくれても良いではないですか!」
ルキフェルはアリシアの剣幕に押されて頷いた。
「分かった……それでは、勇者達にも話を通しておくので後は任せたぞ。」
彼はそう言うと、静かに姿を消していく。
アリシアが心配そうに俺を見る。
「しかし、大丈夫でしょうか……勇者はかなり真面目なタイプだと思うのですが。」
「そうだね……俺の心配はただ一つ、彼らがセクハラに耐えられるかどうかってところかな?」
アリシアは、俺の発言に思わずクスクスと笑っている。
俺はそんな彼女がなんだか愛おしくなり、優しく抱き寄せてキスをするのだった。




