怒りの刃
白銀に輝く魔法が俺に迫り来る中、アリシアが思わず叫んだ。
「ケイ、避けてください! あの魔法は悪魔をも消滅させる禁忌の魔術です。」
(不老不死って夢があると思ってたけど……消滅って、ある意味死ぬよりも残酷だよなぁ)
俺はそんなことを考えながら魔法を避けつつ、興味本位で《相殺刃》を魔法に向かって放ってみる。
すると、眩い光が霧散してあたりに静寂が訪れた。
(えっ!? 消えちゃったんだけど……)
俺は驚きながら周囲を見渡すが、みんな固まってしまって動かない。
気まずい空気の中、俺は場を和ませようと口を開いた。
「えっと……この魔法って……相殺できるんだね?」
デイヴィットがわなわなと震えながら叫んだ。
「馬鹿な……こんなことがあってたまるか! 聖剣リュミエールを使ったんだぞ……そもそも悪魔が相殺の魔法を使うなんて聞いたことがない。」
俺の後ろからクスクスという、場違いな笑い声が聞こえてきた。
思わず振り返ると、いつの間にかに現れたノクターンが、お腹を抱えて笑っている。
「あっ……はははは……悪魔や天使達が恐れるあの禁忌魔法が相殺出来たなんて。まあ、悪魔や天使達って強力な耐性を持っているから、攻撃を回避せずに正々堂々と戦うのよ。こんな風に相殺しようなんて考えもしなかったでしょうね。」
「なんかそういう言われ方すると、俺が卑怯な戦い方をしているような気が……って、鎌の方は大丈夫なんですか?」
ノクターンはデイヴィットを見てニヤリと笑った。
「私は戦闘に参加する気は無いんだけど……デイヴィットに逃げられると面倒じゃない? 結界なら鎌が無くっても張れるから、ちょっと顔を出そうと思って来てたのよ。ケイがあいつの気を引いていてくれたから、誰にも邪魔されずに作業できて助かったわ。」
デイヴィットは焦った顔で、ノクターンと俺を睨み付けた。
「くっ……まぐれに決まっている。それに俺に結界など無駄なこと……この聖剣の魔法で消滅させれば良いんだからな。」
彼が聖剣に魔力を込めようとしたので、思わず俺は《相殺刃》を彼の武器に向かって放って魔法を打ち消す。
デイヴィットは歯噛みして俺を怒鳴りつけた。
「この卑怯者が……魔王のように正々堂々と正面から戦って見せろ!」
「えっと……その魔法食らったら、消滅するんですよね? 俺はまっぴらごめんです。」
ノクターンが俺とデイヴィットのやりとりを見て、また笑い転げている。
「こんなに緊張感のない戦いを見るのは始めてよ。まあ、私達は別にだらだらやってもかまわないんだけど……デイヴィットはどうかしらね? 夜明けまで私達と付き合ってくれるのかしら。」
彼はノクターンの言葉に冷静さを取り戻したのか、静かに笑いながら言った。
「世界の理とは天上人に都合良く作られている。もし、俺の存在があの方々にとって不都合であれば、夜中だろうが消されているとは思わないのか?」
「私にそんな難しいこと言われても、よく分からないわね。天界のお気に入りだと思っているならば、なおさら真っ当に生きておけば良かったんじゃないとしか言い様がないわ。」
状況についていけなくなり始めた俺は、ノクターンに問いかける。
「それで……その、俺は結局どうすれば良いんでしょうかね?」
「そうねえ……ソウルイーターは確かに不死で、簡単には浄化出来ないんだけど、ケイみたいな早さでは自己再生できないわ。だから思いっきり戦って、あいつの腕や足を吹っ飛ばして、そのまま夜明けを迎えさせちゃうっていうのが、お姉さん的にはオススメなんだけど。」
(なんて物騒な発想なんだろうか……でも、ノクターンの考え方にも一理あるか)
俺の常識の世界では結構やばい発想なのだが、確かにノクターンの言うとおりで相手が不死であるならば、それくらいやらないと動きを止めることは出来ないのだろう。
デイヴィットはそんな俺達のやりとりを見て、酷薄な笑みを浮かべた。
「その悪魔が、俺を半殺しの目に遭わせるというのか……面白い冗談だな。」
彼の黄金の目が怪しく光り始め、聖剣が祝福するように美しく輝き始める。
先ほどまでとは全く違う威圧感を放ち始めたデイヴィットは、一瞬で俺に近づいて斬りかかってきた。
(速い……でも、見えるぞ!)
俺は斧槍の刃で攻撃を弾きながら、浄化刃を放つ。
デイヴィットは無防備に切られて霧散した。
(これは罠だ!? ノクターンがアリシアに仕掛けた時と同じ感じがする)
俺はぞくりとした悪寒を感じて、デイヴィットが居た場所に相殺刃を放ちながら、アリシアに向かって叫んだ。
「アリシア、君の後ろにデイヴィットが!」
彼女は剣を具現化して、右斜め後方に魔法を放つ。
デイヴィットが魔法を剣で防ぎながら、驚愕に満ちた顔で俺を見た。
「まさか……見えているのか!?」
「生憎と、そういうのが得意な方の下で修行しているんですよ。」
だが、彼は笑みを浮かべてアリシアに剣を振るった。
「そこの悪魔は確かに相殺出来るようだが、魔王の娘はそうではないだろう?」
アリシアは必死で攻撃を避けているが、剣を合わせた瞬間に彼女の剣が消滅した。
その瞬間、俺の胸の中にもの凄く熱い感情が芽生えた。
「俺の……俺の大事な彼女に手を出すんじゃねえ!」
体が燃えるように熱くなる中、俺は足に半重力の魔法をかけて亜音速でデイヴィットに突っ込む。
妙に感覚が冴え渡る中、感情の赴くままに斧槍を連続で彼に振るっていく。
たまらず彼が霧散して逃げた瞬間に、俺は光の槍を展開して彼の出現地点に放つ。
それと共に、さらに強力な魔法を足にかけて音速を超えた動きで彼に突っ込んだ。
空気との摩擦熱で体が燃えるように熱くて痛い。
でも、俺はアリシアを害そうとしたことが許せない一心で痛みに耐えきって、浄化刃を叩き込んでいく。
さらに、少し遅れて光の槍が到達して、俺もろともデイヴィットを貫いた。
彼は驚きのまなざしを俺に向けて、動きが止まる。
「馬鹿……な、悪魔がいくら不老不死とはいえ、こんな戦い方はあまりにも危険が……」
「言いたいことはそれだけか? お前は手を出しちゃいけない者に刃を振るったんだよ。」
俺はボロボロの体を必死に動かして、全力で魔力を込めた浄化刃をデイヴィットに放とうとする。
ノクターンが焦ったような顔で俺に向かって叫んだ。
「手足を吹き飛ばす程度にしないと駄目よ! そいつの体は噴火寸前まで力を溜め込んだ火山みたいになってるのよ!?」
(そういう大事なことを言うのが遅すぎるんだよ! もう止められない!?)
彼女の制止はむなしく響くだけで、勢いに任せた一撃がそのままデイヴィットに吸い込まれていく。
一瞬の静寂の後、デイヴィットの体のあちこちから光が漏れ始めた。
そして、光の奔流が俺達に襲いかかってくる。
アリシアが素早く俺の元へ飛んで来て防護壁を張ろうとするが、剣が消滅しているためかうまく展開できない。
俺は相殺刃を放とうとするが、先ほどの反動で力を使い果たしたのか、魔法が発動しなかった。
とっさに彼女を庇うように抱きしめて、光の奔流を背中で受ける。
体がバラバラになりそうな程の衝撃は、あのときのアリシアの魔法を彷彿とさせた。
「ケイ、やめてください!? 魂と聖剣の力が暴走しているんですよ。このままでは、貴方の体が消し飛んでしまいます!」
「君が無事ならそれでも良いんだ……俺は絶対に君を守ってみせる。」
「馬鹿なことを言わないでください!? 私と一緒に幸せに生きていくんでしょう? だったら勝手に一人で全部背負い込もうとしないでくださいよ!」
泣叫ぶアリシアに対して俺は何も言えずに、そのまま彼女を必死で抱きしめる。
その時、俺達を取り囲むように結界が展開された。
「まったく、見ちゃおれぬのう……つい手を出してしまったが、後で色々な方面から大目玉を食らう羽目になりそうじゃ。」
目をこらしてみると、いつの間にか俺達の近くにフォラスが立っていた。
彼が杖を掲げて黒い球体を生み出すと、光の奔流がそれに吸い込まれていく。
そして、後にはボロボロになった聖剣と、それを握りしめたデイヴィットが横たわっていた。
フォラスは彼を一瞥した後、優しげな笑みを浮かべて俺に告げる。
「あのデイヴィット相手によく頑張ったと言いたいが、あまりお嬢様を泣かせるでないぞ。ケイがお嬢様のことを大事に思っているのと同じで、お嬢様にとってもお主は大事な存在なのじゃ。『自分が犠牲になれば』などと考えるのは傲慢だと、心に刻むが良い。」
俺は、胸元で泣きじゃくるアリシアに申し訳なさそうな顔で言った。
「すまない……アリシア……俺……」
アリシアは涙でくしゃくしゃの顔をしながら俺をぎゅっと抱きしめる。
「ケイは本当に大馬鹿です……貴方がいなくなったら私……」
安心したせいか、ぐらりと体が傾いて意識が遠のいていく。
柔らかな感触を感じながら、俺は改めて彼女の大切さを実感するのだった。




