屍食鬼の討伐
ゲートを抜けると、若干田舎風の街に出た。
少し古風な木造の家が多いが、屋根はしっかりと塗装がされていて、壁にも漆喰が綺麗に塗られていることから、そこそこの街だと言うことはすぐに分かった。
前回とは異なり、あちこちの家に明かりが見えている。
そして、街の人々が抵抗しているのか、そこら中から怒声や悲鳴が聞こえてくる。
街の様子を見て、フォラスが眉をひそめて呟く。
「人間側に、街はずれの教会に避難しておくように伝えたのじゃが……それを無視したようじゃな。これでは守るのも一苦労になりそうじゃわい。」
彼は俺の目をじっと覗き込むようにして言い含める。
「儂もなんとかしたいのじゃが、人間との協定でな……彼らの領土での事件は、その件に関係する者と特務を命じられた者しか直接関わることが許されぬ。ノクターンが居ない以上、お主とアリシア様がしっかりと奴らを止めるのじゃぞ。」
俺とアリシアは頷くと、悲鳴がする方へ駆けつける。
父親が四つ又の鋤で必死に《生屍》から妻と子供を守ろうとしている。
だが、ゾンビから家族を守ろうとしている隙を狙って、若い男の《屍食鬼》が彼を襲う。
あえなく父親は肩口を思いっきり噛みつかれてしまった。
それを見た瞬間、思わず頭の中で死霊の母子が目に浮かぶ。
(また……あんな酷いことを繰り返させてはいけない)
母親が絹を裂いた様な悲鳴を上げる中、俺は斧槍を具現化してゾンビに向かって《浄化刃》の魔法を飛ばす。
魔法を食らったゾンビは、音もなく灰となって消え失せる。
(あのゾンビも……元は人間だったんだよな)
犠牲となった者のことを考えて心が痛んだ俺は、さらにグールへ《浄化刃》を放つ。
彼は魔法を回避しようとしたが、回避しきれずに右足が灰となって消え去った。
床に転がりながら、彼は俺に毒づく。
「くそっ! 悪魔が人間の世界に介入するのはルール違反だろうが。」
俺は斧槍を振りかぶって、彼に静かに告げる。
「残念ながら、俺は特別な存在でね……そういうのが関係ないらしいのさ。」
このままでは消滅させられると思った彼は、必死な顔で俺に命乞いをし始める。
「頼む……見逃してくれ……俺は、まだ死にたくないんだ。折角、若さと力を手に入れたばっかりなのに、こんなのって無いじゃないか!」
彼の必死な顔を見て、思わず斧槍を持つ手が震えた。
だが、アリシアが思わずグールに魔法を放とうとしているのを見て、俺は思わず叫んだ。
「アリシア……駄目だ! ここで逃げたら、ずっと俺は嫌な物から目を背け続けることになる。」
俺はグールにあえて冷静な声で伝える。
「貴方がゾンビにした者達も、きっと死にたくないと思ったはずさ。だから……その報いを受ける時ががきたんだよ。」
そしてそのまま斧槍に魔力を込めて一気に振り下ろす。
俺の魔法を受けたグールは悲痛な断末魔をあげる。
「いやだ……いやだ……いやだあぁぁぁぁぁぁ!? 体が消える……俺の命が消え……うわあぁぁぁぁぁぁ!」
俺は灰となって消えていくグールを見て、胸がえぐられるような気持ちになったが、静かにかぶりを振った後、父親に問いかける。
「傷の方は大丈夫でしょうか?」
「すまない……もう少しでゾンビにされていたと思うと、ぞっとするよ。」
父親は怒りに満ちた顔をして、窓の外を見つめた。
「街長が一枚噛んでいたんだ。最初、俺達は教会に避難しようとしていたんだが、先回りするかの如く、そこまでの道に奴らが出てきやがったんだ! みんな慌てて自分の家に逃げ帰ったんだけど……逃げ遅れた奴がゾンビになっちまったのさ。」
俺は静かに頷くと、アリシアに声をかける。
「時間が無い……分散して一気にゾンビと《屍食鬼》を片付けよう。」
アリシアが不安そうな顔で俺を見たので、俺はなるべく優しい顔をして彼女に告げた。
「誰かがそれをしなければ、物事がうまくいかない時がある……俺はそういうとき、それから逃げないようにしてきた。だから……今回もやるべきことをやるだけだよ。」
アリシアは俺の表情を見て、何か察したような顔で頷くと、他に悲鳴がしている家に向かって駆け出す。
俺はそんな彼女に感謝しながら、前世のことを思い出すのだった。
* * *
――『誰かが』それをするだろうと思う奴の誰かに、自分はいない。
俺がまだ平の品質管理だった頃、仲間が退職した後に、ある製品で分析をするべき項目を勝手に端折っていたことが判明した。
そして、その製品に関わっていた者達は全てそれを知っていながら、自分が担当の時に問題になったら困るからと黙っていたことも……
俺は、その仕事を引き継いだときにそれに気づいて、過去のサンプルを全て分析したところ、不純物の値が思いっきりやばい物が出荷されていることが判明した。
しかも、現場に確認してみると、コスト削減のために勝手に工程を変化していることも判明したのだ。
営業の経験から、その会社で受け入れ検査をしていることを知っていたから、バレるのは時間の問題だし、クレームが起きて勝手に4M変更していたら、それこそ賠償問題になるのが目に見えていたので、俺は課長にすぐ報告してことを明るみにした。
結果として、顧客が使う前に製品を回収できてクレームは回避できたが、品質管理部の信用は一時的にだだ下がりして同僚から白い目で見られた上に、現場の担当者からも『おまえが余計なことをしなければ!』とかなり恨まれた。
――でも、俺はその時に逃げなくて良かったと今でも思っている。
自分が傷つくのを恐れて放置していれば、いずれ大クレームとなって賠償問題が発生してみんなのボーナスも下がってしまう。
そうなるくらいだったら、傷が少ないと判断できるうちに自分が出来ることをやって、上の判断を仰げるぐらいのデータを出すのも一つのやり方なのだ。
上司と現場のまとめ役は、現場の担当者とは逆で俺に感謝していた。
感情だけで動かず、しっかりと裏付けまでとってくれたおかげでクレームにならずにすんだ。
そして、誰かが泥をかぶらなければならないことを率先してやってくれてありがとうと。
そういったこともあったせいか、周囲の反応も徐々に和らいでいき、程なくして俺は品質管理部の主任へと出世することとなったのだった。
* * *
過去を思い出しながらも、俺は今のグールと同じ気配がするに家に駆けつけて、ゾンビとグールを浄化していく。
グールの断末魔を聞いて胸が痛むが、俺は躊躇せずに斧槍を振るった。
(かりそめの永遠……そのために生まれ変われなくても良いと思って、この人達はグールになったのだろうか?)
そもそも転生という概念すら知らなかった俺に、一方的に彼らを蹂躙する権利があるのかは分からない。
そして、彼らが転生できなくなっていることを知っているかどうかすら知らなかった。
だけど、俺が《浄化刃》を使ってグールとなった彼らから永遠に未来を奪っているのは事実だ。
ただ、一つだけ分かっているのは、彼らを止めなければ何の罪もない人々が現世だけで無く、永遠に輪廻の生を失ってしまうということだけだった。
俺は自分がそうした方が良いと思ったからこうして動いているんだと、自分に言い聞かせて斧槍を振るい続ける。
そして、考えることに疲れた頃にようやく家々からグールの気配が消え、残るは街の広場に感じる強大な気配のみとなった。
俺はアリシアと合流して広場へ向かう。
彼女は俺の顔を見て、とても悲しそうな表情をしている。
そんな彼女にあえて笑顔を作って軽口を叩いてみた。
「今回の任務が終わったらさ……ご褒美にキスしてもらえるなら、もっと頑張っちゃうかもしれないな。」
アリシアはそんな俺を見て少し辛そうな顔をしたが、彼女も無理に笑って応えた。
「それくらいなら、ご褒美じゃなくてもいくらでもしますよ。もう少しで終わりそうですから、あと少しだけ頑張りましょうね。」
少しだけ重苦しい空気が良くなったところで、俺達はどちらともなく頷くと、広場へと向かって駆け出すのだった。




