露天商達の喧嘩騒ぎ
ヴァルハラの雰囲気が良くなる中、俺とアリシアは今日もノクターンと魔法の修行を受けに行く。
例のノクターンが発案したとされる親子教室について、俺達が関わっている事は周知の事実になっているようで、死霊達は好意的に俺達を迎え入れてくれる。
ヴァルハラの市場では、死霊の母親が和やかな笑顔で俺達に会釈をしてくれた。
俺は彼女に会釈で返すと、アリシアに話しかける。
「なんだか、広場に活気が出ているようだね。」
「そうですね。日々絶望していた死霊の母子達が、これほどまでに変わるとは思っていませんでした。それに、工房の方々も競い合うように技術を高めているそうで、皆前向きに時を過ごして居るらしいですよ。」
「それは何よりだね。おや……何か集まっているようだけど、どうしたのかな?」
市場の中央で死霊達が集まって、騒いでいるようだ。
慌てて駆けつけると、露天を開いているスケルトン達がつかみ合いの喧嘩をしていた。
「そこに荷物があると邪魔なんだよ! これじゃ荷物が運べねえぞ。」
「俺の荷物はそんなにはみ出してなんかいねえよ。」
「何だとこの野郎! つべこべ言わねえで荷物をどけやがれ。」
俺の後ろからノクターンがすっと姿を現して、面倒くさげにスケルトン達に声をかけた。
「今度はどうしたって言うの? 屋敷の方にまで怒鳴り声が聞こえてきたわよ。」
スケルトン達が、憤懣やるかたないような骨の音を出しながら、ノクターンにことの顛末を話し始める。
どうやら、市場に出てくる死霊の母子が増えた為、店を出す者が増えたそうだ。
その結果、道を塞ぐように荷物を置く者が増えてしまって困っているらしい。
(そういや、前世でもそんな事がよくあったな……)
俺の前世で働いていた工場では、1tタンク(正方形で千リットル入るようなタンク)を平積みして保管する際に、通路や作業動線を無視して置く奴が結構いた。
大概の場合作業スペースなどの問題があることが多いのだが、一回それをやり始めるとなし崩し的に繰り返すことになるので、そうならないようにする必要があったのだ。
俺はその時の対策をノクターンに耳打ちすると、彼女はスケルトン達に声をかけた。
「貴方達が納得するようにするから、マルトーとチゼルを呼んで来てちょうだいな。」
程なくしてマルトーとチゼルが広場にやってきた。
「おや……ケイ様にアリシア様、お久しぶりでございますな。先日は壺の件、ありがとうございました。」
「それで、俺達に何の用があって呼び出したんですかい?」
俺は彼らへスケルトン達の喧嘩について説明し、その対策として通路と商売のスペースの塗り分けをしたいと伝えた。
マルトーとチゼルは俺の話を聞いて納得した表情で頷いた。
「なるほど……その上で、広場を芸術的に変えてしまえば、より楽しく出来るって寸法ですな。」
「俺が思うに、レンガとかでやると面白いと思うがな……」
マルトーは何やらチゼルと話し合いを始める。
彼らはしばらく意見を交わした後に、ノクターンに問いかけた。
「少し予算と人員をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
ノクターンは二つ返事で了承した。
「予算は心配しなくても大丈夫よ。この前の親子教室が大分評価されたみたいで、ルキフェル様からヴァルハラの改革をしたければ好きにせよというお墨付きをもらっちゃってるからね。」
彼らは嬉しげな骨の音を出しながら頭を下げ、飛ぶような速さで工房に戻っていくのだった。
* * *
それから約一週間後、マルトーとチゼル一派は露店を開いているスケルトン達も駆り出して、市場の通路にレンガを敷き詰める作業を行い始めた。
「おめえらが揉めたんだから、しっかりと自分の為に働くんだぞ。」
豪快にカタカタと骨を鳴らしながら笑うマルトーに俺は好感を持った。
(ああやって自分で作業すると、他人事にならないからありがたいな……)
たとえ困っていたことでも、他の者がすべてお膳立てをして全部実行してしまうと、その時は問題が解決をしても当の本人は喉元過ぎればになることが多い。
だが、こうやって自分のためにやっているという気持ちがある状態で作業をすることにより、自分の活動場所を守ろうという気持ちが起こりやすくなるのだ。
特に、こういった識別に関する改善は抑止力がメインとなる。
簡単に言えば、物を置く際に整頓されていたり明確に色分けがされていると、適当な置き方をすればすぐに分かるのでやりづらくなる。
そういった本能的な部分に働きかける対策だからこそ、他人事にしないことが重要になってくるのだ。
(まあ、そもそもの話……話を聞いてもらう段階まで持って行くこと自体が厳しいんだけどね)
たとえどんな素晴らしい案でも、それを通すだけの信頼関係が無い限りは話をすること自体が難しいのだ。
だからこそ、こうやって《現場のまとめ役》と顔つなぎが出来ているかということが重要なポイントになってくる。
それに、上司が口を挟みたがるタイプだったりすると、折角うまく行きかけたところでちゃぶ台を返して全てをご破算にすることだってある。
その点、ルキフェルやノクターンは俺に任せてくれているので、とても仕事がやりやすい。
(上司に信頼されて仕事が出来るっていうのはありがたいもんだよな)
俺は改めて、ルキフェルに心の中で感謝をする。
アリシアがそんな俺の表情を見て、優しげな顔で笑った。
「ケイがこの世界に来てくれたおかげで、幸せになった者がたくさん増えたと思いますよ。」
「それは、ルキフェルが俺にそれだけの権限と能力を与えてくれたからさ。」
「そうでしょうか……私はケイ自身の努力の賜物だと思ってますよ。」
俺は少し照れながら、作業を観察する。
どうやら、通路側の方をマルトーが担当し、商売のスペースはチゼルが担当するようだ。
通路側の方は白と黒レンガで整然としたチェック模様に、商売のスペースは色とりどりのレンガで美しく彩られている。
(確かにこれなら、通路と商売のスペースが明確に分けられる上に、見た目も華やかになるな)
餅は餅屋だと感心しながら、俺は美しくも機能的になっていくヴァルハラ市場の通路を満足げに眺めるのだった。
* * *
それから三日もしないうちに市場の通路の整備は終わってしまった。
マルトーとチゼルが笑顔でハイタッチをする。
「やっぱり、皆が総出でやると早く終わって良いな。」
「そうですね。それに、通路の出来栄えも満足いく物になりました。」
実際に露天で商売をしているスケルトン達も、通路と商売のスペースが明確に分かれている為、きっちりとそれを守って店の荷物を置いている。
しかも、商売のスペースが美しい模様となっている為、乱雑に物を置くとすごく目立つ。
そうなると、死霊の母子から『折角の景観を崩すな』と叱られる為、これからはきちんと整理して荷物を置くようになりそうだ。
俺はマルトーとチゼルに深く礼をして感謝する。
「おかげでスケルトン達も気分良く商売が出来そうです。本当にありがとうございました。」
彼らはカラカラと笑いながら首を振った。
「感謝するのは俺達の方です。壺の件だけでなく、こうやって街の問題に目を向けてくださったんですから。」
「全くだ……それに俺達に対して分け隔て無く接してくれるのも嬉しいもんだよ。他の転生者なんて、『俺は世界を救った英雄だ』なんて言うくせに、何もしてくれなかったからな。」
(逆に俺は町民みたいな者で……そんな大層な前世じゃないんですが)
俺が思わず苦笑していると、フォラスが背後からぬっと現れた。
「ほう……ヴァルハラが随分と様変わりしたではないか。」
「うわっ!? 驚かさないでくださいよ。」
「そう邪険にするでない。しかし、お主の影響力はすごいものじゃのう……数ヶ月しないうちに、ここまで変化してしまうとは、恐ろしさすら感じるわい。」
「それは、元々彼らの本質がそうであっただけで、俺はその手伝いをしたまでに過ぎないと思いますよ。」
「ふむぅ……お主がそう言うのであれば、そういうことなのであろうな。」
そこまで話したところで、フォラスが何かを思い出したような顔でポンと手を叩いた。
「それはそうとして、ちょっと儂の店で面倒なことが起こってな……少し手を貸してはくれぬかの?」
俺とアリシアは顔を見合わせた後、フォラスの話を聞くことにするのだった。
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