死霊の親子教室
俺の問いかけにノクターンは深く考えた後、フォラスの方を見た。
彼も悩んだ後に俺に告げる。
「そうじゃのう……魂が転生を芽吹かせるための種という見方をすれば、その考え方は正しいじゃろう。だが、それが芽吹く際にどの命に宿るかにもよる。基本的には前世に近いものに宿りやすくなるが、その者の性質があまりにもその種族と異なっていたり、能力が違う場合は異なる種族に転生する事もままあることじゃ。」
「でも、何もしないよりは、色々経験した方がより強い力を持って生まれ変わる事が多いんですよね?」
「それはそうかもしれぬ。それで、おぬしは何をノクターンにさせたいのじゃ?」
(フォラスって、こういうところが鋭いよなぁ……)
俺はヴァルハラに親子教室を作ったらどうかと提案した。
水晶玉で絵本や赤子に良いとされる音楽を聴かせてやる事で、子供に良い経験を与えてやるという事だ。
――ああいった母親にとって、子供が長い時を過ごす支えとなっている。
ならば、せめてもの慈悲として、その子供がより良い形で転生をする事が出来るかもしれないという希望を与える。
そうすることで、前向きに時を過ごしてもらいたいと考えたのだった。
フォラスは俺の話を聞いて笑みを浮かべた。
「おぬしは、本当にいろいろな事を経験しておるんじゃのう……それはとても面白い試みじゃな。彼女らの処遇はヴァルハラが抱える悩みの種の一つじゃった。何せ、日々絶望したような声を上げる事も多く、周囲に悪影響を与えていたからの。」
ノクターンは何処となく救われたような顔で、俺の手を取った。
「ありがとう……確かにそれなら、彼女達も輪廻の輪に戻る道を選んでくれるわ。」
俺はもう一つ大事な事と思い出して二人に告げる。
「そういえば、これを作ると《ママ友》でトラブル起こるかもしれないんですが……」
「《ママ友》ってなんじゃ? 面白そうな響きじゃのう。」
俺はフォラスに母親同士のつながりがあって、その輪に入れるかどうかの関門があったり、その中でヒエラルキーが存在してしまう事があると説明した。
フォラスは興味深げに俺の話を聞いた後、微笑して俺の肩を叩いた。
「ケイは優しいのう……あの死霊達にしてみれば、将来に希望を持てると言うだけでも幸せなのじゃ。その後のことについては彼女らが自分でなんとかすれば良い。何でもかんでも儂らが手を差し伸べずとも、自らそれを乗り越えるという事で、魂の質を上げることが出来ると儂は思うのじゃよ。」
(なるほど……確かにそれもそうか)
俺が納得した顔をすると、フォラスが少し申し訳なさそうな顔で問いかける。
「ところで……誠にすまぬのじゃが、この件の大枠の発案について、表向きにはノクターンがした事にしても良いかのう?」
「ええ、もちろんですよ。ヴァルハラ内の問題をノクターンが解決したとなれば、天界からの心証が良くなるかもしれないってことですね。」
「むぅ……あまり見通されると面白くないが、そういうわけじゃ。」
ノクターンが慌ててフォラスを止めようとする。
「流石にそれは虫が良すぎるわ。ケイが発案したんだから、その手柄は自分の物にするべきよ。」
俺は微笑して首を振った。
「今の俺は、ノクターンの管轄下で修行をしています。あえて言えば、一時的にでも出向している部下が上司の為に動いたっていう形になるのではないでしょうか?」
フォラスがノクターンを優しい顔で諭す。
「ケイもこう言っておる事じゃし、今回は厚意を受け取っておくのじゃ。恩に思うならば、もっと厳しく修行してやって新しい魔法を教えてやれば良いのじゃよ。」
(ええっ!? 今より厳しいって……それって絶対あかんやつじゃ……)
ノクターンは納得した顔で頷き、俺に笑顔で言った。
「師匠の言うとおりかもしれないわね……じゃあ、今度の修行からはもっとすごい魔法使ってあげるから、覚悟しておいてね。」
(ああ……明日からの修行、体調不良ってことでお休みしたいなぁ)
俺の顔が思いっきり引きつる中、ノクターンとフォラスは穏やかな顔で笑っているのだった。
* * *
それからほどなくして、《親子教室》用の建物が用意された。
広場の近くにあり、そこそこ広くて立派な洋館だ。
ノクターン曰く、かなり昔に建築家の死霊が暇つぶしに宿を作ったのだが、ここに他の場所から来る者がほとんど居ないので、無用の長物と化していたらしい。
建物の中に入ってみると、放置されていた割にはかなりきれいな状態だった。
エントランスの作りも一流どころという事がすぐに分かる作りで、絶妙な空間を作り出している。
また、食堂やビリヤードルーム、さらにダンスルームまで作られていた。
(おおっ……食堂やビリヤードルームあたりは広いから結構使えそうだな。それに、ダンスルームは防音も効いていそうだから、演奏を聴くのに使えそうだ。)
俺はフォラスに相談して、当面は食堂を談話スペース、ビリヤードルームで子供の絵本の読み聞かせ、そしてパブで子供に良いとされる音楽の演奏を流す事にした。
フォラスとノクターンが俺の意見を聞きながら、それぞれの部屋に机や椅子を手配する。
そして三日後には《親子教室》を始める準備が整った。
館のエントランスに集められた死霊の母子は鬱々とした表情でノクターンを見つめていた。
だが、ノクターンが死霊達に親子教室の意義や転生についての基本原理を語り始めると、それまで下を向いていた死霊達がノクターンの方を一斉に見始める。
諦念しか無かった彼女らの表情が徐々に意思を持った顔つきになり、我が子を見つめ始めた。
(やっぱり母親って、そういう物なのかもしれないな)
俺は彼女らが前向きになり始めた事に安堵しながら、談話スペース、絵本の読み聞かせ、音楽の演奏についての説明を行い、各施設への案内を行った。
死霊達は目を輝かせて、食い入るように水晶玉から流される内容を確認する。
そして、一通り見学した後に談話スペースでお互いの身の上について、それぞれがポツリポツリと話し始めるのだった。
* * *
親子教室は好評だったようで、死霊の母子は連日洋館に通い詰めているようだ。
あまりに人数が増え始めたので、元々部屋だったスペースの壁を抜いて教育用のスペースに割り当てて無ければいけなくなったらしい。
そして、この件は思わぬ副産物を生み出した。
――ヴァルハラ全体の空気がかなり明るくなったそうだ。
親子教室で子供に色々な物を見せた方が良いと思った死霊の母子達が、広場の店に行くようになったようだ。
また、談話スペースで気の合う者同士で会話するようになったせいか、普通にコミュニケーションをとるようになっていったそうだ。
さらに、工房の見学もしたいという話も出ているそうだが、流石に気難しい職人がそれを嫌がったので、水晶玉で映像を撮って見せるようにしているらしい。
ちなみにその映像を見て、手慰み程度ではあるが、アクセサリーや子供用のおもちゃを作り始めているというのだから驚きだ。
彼女達自身の体の時間は死霊になった事で動けないが、心の時間が動き出したという事は誰から見ても明白だった。
前向きになった母子達を見て、一般の死霊達はノクターンの今回の采配ついて感銘を受けたようだ。
以前よりもさらに親しみを込めて彼女に接するようになると共に、強い畏敬の念を抱くようになったらしい。
――ちなみに俺の方はといえば……
今回の件が見事にうまくいったおかげで、妙にテンションが高いノクターンを相手に地獄の特訓をする羽目になった。
「さあ、今日もしっかり頑張って修行しましょうね! お姉さん、今日はもの凄い魔法を使っちゃうわよ。」
(くっ……選択を誤ったか……)
そう思いはするけれど、前より断然自然な笑顔になっているノクターンを見ると、やっぱり提案して良かったんだろうなと思わざるを得ないのだった。




