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空間戦闘

 ヴァルハラの広場での騒動が一段落したので、ノクターンとの魔法の修行が再開された。

 相も変わらず、彼女の魔法を受けて体で覚えたイメージを発現させていくのだが、どうやら俺によく合っていたようで、乾いた土が水を吸収するように魔法を覚えていく。


(まあ……受ける魔法によっては、地獄コースなんだけどね)


 個人的にきつかったのは、強酸の魔法と猛毒の魔法だろうか。



 ――酸の魔法はとにかく受けると激しい痛みを感じる。


 体が溶けても、なんとか耐えられる場合があって、その時は『いっその事、とどめを刺して欲しい』と思わずノクターンに懇願したくらいだ。

 ちなみに、強酸を霧状にして放出する魔法があるのだが、これなんかは吸い込むと肺や胃袋が焼けるように苦しくなる。 

 のたうち回っている間に、さらに酸を吸い込んで地獄の苦悶を経験する羽目になるという恐ろしい魔法だ。



 ――さらに毒の魔法はえげつないぐらいに体力を持って行かれる。


 嘔吐しそうなぐらいに体が気持ち悪くなる上に、体のあちこちから発疹が出始めて膿が出始める。

 しかも、体が思いっきり怠くなって息ができなくなるというおまけ付きだ。

 また、体中の筋肉がバキバキに折れそうな位に硬直して、激痛のあまり気絶する場合もあった。



――まあ、いずれにせよ、ノクターンは笑顔で俺に告げるのだ。


「ケイは、自己再生もあるし《マジックブレイカー》使えるから大丈夫よ! ほら、早く相殺しないと体がボロボロになっちゃうわよ?」


 口調は穏やかで優しい笑顔をしているのに、やっている事がえげつないと思いながら、俺は必死で食らった魔法の相殺と発現を繰り返す。

 半死半生の目に遭いながらも、俺は魔法の習得をしていったのだった。



 * * *



 修行を始めてから一月ほど経った頃、ノクターンが微笑して俺に告げた。


「さて、魔法の発動自体はそこそこできるようになっているみたいだし、今日は空間戦闘をやってみようか。」


「空間戦闘……一体どんなことをするんでしょうか?」


 ノクターンはアリシアを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「久々に模擬戦をしてみよっか。最近戦闘をしていないから大分なまっているんじゃないの?」


「ケイに空間戦闘を見せたいってことですね。それなら喜んでやらせていただきます。」


 俺から少し離れた場所で、アリシアとノクターンはお互いの武器を具現化した。

 美女二人が対峙する姿は、ある意味眼福なのだが……


 地面が揺れ、そして張り詰めた空気から感じる恐ろしい威圧感は、彼女達が実力者である事を紛れもなく示していた。


 先に動いたのはアリシアだ。

 

 彼女が剣を掲げると、無数の光の粒子が庭を埋め尽くした。

 ノクターンはそれを見て舌なめずりをした。


「なるほど……私の動きを封じようっていうわけね。でも、こういうのはいかがかしら?」


 ノクターンはふわりと飛び上がり、緩慢な動作で大鎌を振る。

 その瞬間、アリシアがその場から飛び下がった。

 彼女がいた場所に大きな斬撃が発生して、地面が大きく切り裂かれる。

 フッとノクターンが笑って姿を消すと、アリシアは何も見ずに背後に剣を突き立てた。


 鋭い金属音と共に、ノクターンが鎌の刃でアリシアの攻撃を受け流す。

 そのままアリシアとノクターンは見事な近接戦を見せるが、おもむろにノクターンが無防備に斬られた。

 アリシアは目を見開いて、すぐに防護壁を目の前に張る。

 一瞬遅れてものすごい爆発がノクターンから発せられた。

 ビリビリと空気が震える中、いつの間にかアリシアの頭上に移動していたノクターンが雷撃を放つ。


 だがそれと同時に、アリシアが細かい金属の粒子をノクターンの周りに具現化させていた。

 轟音と共にノクターンの周囲が暴走した雷に包まれる。


(これは流石に、ノクータンもダメージを食らったんじゃないかな?)


 そう思ったが、後ろに気配を感じたので思わず振り返ると、ノクターンが笑いながら俺の額をつついた。


「まあ、こんな感じで戦うのが空間戦闘ってわけね。」


(どうやってあの雷から抜け出したんだろう?)


 俺が不思議そうな顔でノクターンを見つめると、彼女は身をくねらせた。


「やだ……そんなに見つめられたら、お姉さんオカシナ気持ちになっちゃうかもしれないわよ?」


 俺の背後から、一筋の閃光が走る。

 ノクターンはひょいとそれを躱すと、地面がジュッという音を立てて焼け落ちた。


「戦闘の最中に余裕があるものですね?」


「アリシアったらムキになっちゃって。昔はお姉様みたいな素敵な女性になりたいって言っていたのにねえ……」


「昔は昔、今は今です。真面目にやる気がないなら、これで終わりってことで良いんですよね?」


「全くしょうがないなぁ……もう少しだけ付き合ってあげるとしますかね。」


ノクターンは俺にウインクをすると、ふわりと飛び上がってアリシアと対峙する。


(ん!? 今の感覚……)


 その時、俺は気づいてしまった。

 巧みにカモフラージュしているが、広範囲に微量な彼女の気配を感じたのである。

 ノクターンはチラリと俺を見て微笑した。


「どうやら気づいたようね……それが空間戦闘の基本よ。」


(なるほど……そういうことか! 自分の空間を作って戦っているわけか)


 アリシアなら光の粒子、ノクターンは何かわからないけれど不思議なもので空間を支配して、その空間に違和感を感じたることで攻撃を察知する。

 俺が不意打ちに対する気配を察するということを魔法でやっていると考えると、違和感なくすんなりと受け入れられた。


 その後も、アリシアとノクターンは魔法と近接戦闘を繰り広げていたが、結局勝負はつかずに終わるのだった。



 * * *



 模擬戦が終わった二人は、静かに地面へ降りた。

 アリシアが肩で息をしながらノクターンに話しかけた。


「やはりノクターンは強いですね……結局、まともに一撃を与える事ができませんでした。」


「アリシアもやるもんじゃない。ヒヤッとするような攻撃が結構あったわよ。これを機に、たまには私と模擬戦闘するのもいいかもしれないわね。」


 そしてノクターンは俺に向き直って、手招きした。


「それじゃ、今度はケイの番ね。アリシアと私の立ち会いを見て気づいた事を活かして、しっかりと頑張るのよ。」


「えっ……連戦で大丈夫なんですか?」


「お優しい事で。でも、私が天界と戦っていたときは、普通に二週間は戦いっぱなしだったから、心配しなくても良いわよ。」


「えっ……そんなに戦う事ができるんですか。寝なくて大丈夫なんですか?」


「突っ込むところが違う気がするけど……まあ良いわ! さあ、修練するわよ。」


 俺は羽を展開してふわりと飛ぶと、斧槍を具現化して意識を集中する。


(五感を使って変化を感じるイメージ……って品質管理でやってる事とあまり変わらないんじゃないのか?)


 そして、斧槍を自在に振り回して自分の間合いを確認していく。


(あれ? 斧槍の様子が……)


 俺の気持ちに応えるように斧槍が輝いて、周囲三メートルほどの感覚が明確に感じられる。

 ノクターンが目を細めて俺を見ている。


「へぇ……初めてなのに、空間把握をこれほど自然にやる事ができるとはね。よっぽどフェンリルの教え方が上手だったのかしら……お姉さん、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ。」


 おもむろにノクターンが鎌を振ると、風の刃が俺に向かって飛んできた。


(早い……けど、見えるならどうとでも出来る)


 俺は、斧槍で風の刃を相殺すると、そのまま火球を繰り出そうとする……

 だが、風の刃のイメージが残っていたのか炎の刃が発生して、ノクターンに襲いかかった。


「何それ!? 火球でもないし風刃でもない……面白いじゃないの。」


 ノクターンが笑みを浮かべて姿を消す。

 だが、姿を消すように見えているだけで、空間を移動しているのが明確に感じられる。

 俺は、彼女の移動する方向を予測して、さっきの感覚を元に雷の刃を放ってみた。


 彼女は鎌で雷の刃を防ぐと、驚いた顔で俺を見た。


「まさか……見えるの!? かなりカモフラージュしたつもりだったのに。」


「見えるというか……感じるってところですかね。」


「同じのようなものよ! ふーん……じゃあもう少しレベル高い事やっても大丈夫そうね。」


(このパターンは……もの凄く嫌な予感がする)


 その予想は大当たりで、ノクターンが九人に分身した。

 彼女達は凄惨な笑みを浮かべながら俺を取り囲んだ。


「天使との戦いは千日手になりがち……相手の存在自体をこの世界から切り離して、時空の彼方へと飛ばすのが一番楽なのよね。まあ、今の時代では使う事はないでしょうから、これ位の魔術ぐらいがちょうど良いかなぁ。」


 そして九人のノクターンが大鎌を振るうと、それぞれから違う魔法が発動して俺に襲いかかってくる。

 必死で俺は彼女の魔法を相殺していくが、一体の分身が俺の背後に現れて、耳に息を吹きかけた。


「隙あり……まだまだってところかしらね。」


「ひゃあぁぁぁぁぁ!?」


 思わず悲鳴を上げてビクッとした瞬間に、魔法の相殺が失敗する。


(あっ……しまった……)


 そのまま多数の属性の魔法を食らった俺は、見事に吹き飛ばされて意識が遠のいていく。

 ノクターンがどや顔で、『これが私の奥の手の一つ《死の舞踏(デスワルツ)》よ』なんて言っていた気がするが、それを最後まで聞くことは出来なかった。

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