オベロンの飾り付け
俺達は夜になってから、再度オベロンの花屋を訪れる。
店頭で呼び込みを行っているスカルヘッドが、陽気な声で俺に声をかけてきた。
「おおっ! ケイの旦那じゃねえですか。アリシア様もご一緒で……って、ノクターン様とフォラス様までいらっしゃるってことは、ついに結婚式を挙げられるのですかい?」
俺が答える前に、フォラスが好々爺の笑みを浮かべて、スカルヘッドに話しかけた。
「なに……ノクターンの下でケイが修行をしているのでな。オベロンともいろいろと仕事もする機会もあるじゃろうて、あいさつ代わりにやってきたというわけじゃよ。」
「そうでごぜえましたか。それはお足止めしてしまって申し訳ねえ。オベロン様は奥にいらっしゃいますぜ。」
「すまぬのう……後で、儂の店向けの花でも用立てるので、よろしく頼むぞい。」
「へへっ……流石に、フォラス様は物事の機微がわかってらっしゃる。今日はひときわ綺麗なユリの花を入荷しているので、是非お帰りの際は買って行ってくだせえ。」
店の中に入ると、ドリアード達が笑顔で出迎えてきた。
「いらっしゃいませ、アリシア様。宝石花がとてもお似合いですね。今度お時間があるときにでも、ケイ様とのなれそめなどを聞かせていただいてもよいでしょうか?」
アリシアはドリアード達の頬をなでながら、優しげな顔をして頷くと彼女らに問いかける。
「オベロンに取り次いでもらえるかしら?」
ドリアードが可愛らしく頷くと、すぐに店の奥へと消えていく。
ほどなくして、オベロンが俺たちの前に現れた。
「よく来てくれたね。ここではなんだから、奥で話をしようじゃないか。」
彼に連れられて奥の部屋に入ると、そこは貴賓室のような造りになっていた。
部屋の中央には豪奢な琥珀のテーブルがあり、その上にはマルトーとチゼルの壺が鎮座している。
俺達はその壺を見た瞬間に思わず感嘆のため息を漏らした。
白磁のマルトーの壺には、華やかな大輪のバラを筆頭に美しい花々が絢爛に飾り付けられている。
それと対照的にチゼルの壺にはカスミソウや水仙等で壺を引き立たせるように花が生けられていた。
これだけでも素晴らしいのだが、両方の壺を一緒に並べると何とも言えない調和がもたらされており、一つの作品として完成しているのだ。
オベロンは微笑して俺達に告げる。
「どちらも素晴らしいのであれば、両方活かすというのが私の主義でね。彼らは生前、素晴らしい職人だったのだから、これを見せれば争うことの無意味さを解ってくれるのではないのかね?」
ノクターンが満足げに頷く中、オベロンが愁いを帯びた顔で俺に問いかける。
「さて、ケイに宿題を出したが……私はこの壺を見た瞬間に、これは地上に出してはいけないものだと考えた。それが何故かはわかるかね?」
俺はヴァルハラの成り立ちを思い出していた。
(死霊は輪廻から外れた存在……それが増えることは天界は望んでいない……)
「なるほど……伝説の名職人に弟子入りしたくなったりする者や、輪廻から外れて永遠に技術を高めたい者が死霊になってしまう危険性があるわけですね。」
オベロンは静かに頷くと、悩ましげに壺を見る。
「だが、これほどまでに昇華された技術を埋もれさせるのも惜しいな。何か良い方法はないものだろうか……」
俺達が悩む中、アリシアがポンと手を叩いた。
「天界に献上してみてはいかがでしょうか? お父様なら、天界に伝手があるはずなので、美に精通する天使に話を通してもらえるかもしれません。」
フォラスがそれに同意する。
「確かにそれは良い考えだと思いますぞ。それに、先のソウルイーターの件でルキフェル様がかなり腐心されております。ヴァルハラの存在意義について、天界との折衝に使う良い材料になるやもしれませぬ。」
俺は思わずアリシアを抱きしめた。
「すごく良い案じゃないか! 今発生している問題がそれなら解決できそうだね。」
アリシアが嬉しそうな顔をしていると、地面からルキフェルが現れた。
「確かにそれは良い案だ。そういえば、お前がそのように自分から案を出すのは久々だな。我はとても嬉しいぞ。」
「そうですね……色々と考えて物事を解決していく人を、間近で見続けているからかもしれませんね。」
「フッ……そうかもしれぬな。そなたらはいつも仲睦まじくて微笑ましくもあるが、こうして成長している娘の姿を見せてくれるのは、親として嬉しいぞ。」
ルキフェルは俺を見て微笑むと、壺を持って消えてしまった。
オベロンが笑みを浮かべて俺とアリシアを見ている。
「相も変わらず積極的だね。早いところルキフェル様に結婚を承諾してもらって、式を挙げたまえよ。祝いの花は私が用意しよう。」
フォラスが慌てて、反論し始めた。
「ルキフェル様のご息女となれば、他の幹部達の賛同も得なければならぬのじゃ。」
「そもそも、フォラスはルキフェル様の片腕なのだから、君が後押しすれば何とかなるんじゃないのかね?」
「そういう問題ではなく、ケイ自身の実力が周囲に認められることが大事なのじゃよ。」
ノクターンが面倒くさげな顔をして、二人の間に割って入る。
「とりあえず先の見えない話は後にして、ヴァルハラに戻らない? こっちの件を先に終わらせましょ。」
話がややこしくなりそうだったので、俺はノクターンに同意することにした。
「そうですね。あの二人も首を長くして待っていることでしょうし、ヴァルハラに行きましょう。」
俺がゲートを開くと、フォラスがふと思い出したような顔をしてオベロンに告げる。
「表のスカルヘッドから聞いたのじゃが、ひときわ綺麗なユリの花を仕入れたそうじゃの。いつもの通り、儂の店に手配を頼むぞい。」
そう言い残すと彼は、ノクターンと共にと俺の空けたゲートへと入っていく。
オベロンは首をすくめて俺に言った。
「まったく、食えない方だよ……でも、そこが彼の魅力なのかもしれないな。なかなか面白い時間を過ごせたよ。また何かあったら遠慮なく私に声をかけてくれたまえ。」
俺はオベロンに深く礼をすると、アリシアと共にゲートに入るのだった。
* * *
ヴァルハラに戻ると、マルトーとチゼル、そしてそれぞれの一派が俺達の下に殺到した。
フォラスが水晶玉で先ほどの花が飾り付けられた壺の様子を映し出す。
スケルトン達はその光景を見て、皆見とれていた。
「なんて見事な飾り付けなんだ……双方の壺が対照的ながらも調和している。」
「それぞれの良さをここまで引き立ててしまうとは……」
「どちらかの壺がかけても、これは成り立たねえ……新しい芸術だぜ。」
マルトーとチゼルは、映像を見た瞬間カタカタと震えていた。
そして、どちらともなく頭を下げた。
「私の目が曇っておりました。技量を突き詰めることばかりを考えていて、表現とは何かについてを考えなくなっていたのかもしれません。」
「いや……そういう話ならば俺も同じかもしれねえ。自分の作品を孤高化するのではなく、周りのものと調和させるというのも確かに大事だ。おめえの壺は、そこのところが良く出来ているということが分かったぜ。」
二人の様子を見て、俺は思いついたことを口に出した。
「お二人の作品はとても素晴らしいので、折角だからそれぞれの作品に合わせた壺を作ってみるというのも面白いかもしれないですね。」
マルトーとチゼルの二人が俺に詰め寄ってきた。
「あの純粋さに対比させるような作品を作るってことですね……確かに面白そうですな。」
「そうだな……お互いに自信作を作って、それに合わせた作品を交流のために作るというのが良いかもしれねえな。そうと決まったらこんなところでじっとしていられん。おめえら! さっさと工房に戻って最高の作品を作るんだ。」
「負けていられませんね。皆さん……私達もマルトーを震撼させる作品を作りましょう!」
水晶玉に食い入るように見入っていたスケルトン達は、ものすごい勢いでそれぞれの工房に戻っていった。
ノクターンが笑みを浮かべて俺の頭を撫でる。
「一番美味しいところを持っていっちゃったわね。」
「そんなつもりは、なかったんですが……あの二人ならそういう方が平和的にできるんじゃないかと思って。」
アリシアが満面の笑みで俺に抱き着いた。
「いいじゃないですか! これでこの騒動も終わったわけですし。やっぱりケイは、みんなの問題を上手く解決してくれるなって思いました。」
「そ……そうかな。アリシアにそう言ってもらえると嬉しいなぁ。」
一連の騒動が無事終わり、笑顔で抱き合う俺とアリシアを見て、ノクターンとフォラスは優しげな笑みを浮かべるのであった。




