古今の芸術
ノクターンに連れられてヴァルハラの広場に行くと、スケルトン達がにらみ合いをしていた。
お洒落な金属で編まれたバンダナをした細身のスケルトンが、武骨な兜を被ったスケルトンに嘲るような口調で話しかける。
「マルトー。あんたらの時代はもう終わったんですよ。俺達が作ったを陶器の壺を見たでしょう? あれこそが美の神髄なんです。」
マルトーと呼ばれたスケルトンが細身のスケルトンへ言い返す。
「チゼルよ……御託はそれだけか? 確かに陶器であそこまでの彩色を醸し出せるのは大したものだ。だが、それだけで美の神髄とは浅すぎる。本質としての美しさを求めることこそが美の神髄なのだ。」
俺とアリシアは呆気にとられた顔でノクターンを見る。
彼女はもう見飽きたという顔で、二人に声をかけた。
「貴方達、よく懲りずに同じようなことで言い争いができるわね。この前はどちらの皿が芸術性が高いかで、今回は壺? どっちも素敵なんだから、それでいいじゃないの。」
マルトーとチゼルはノクターンに傅いて、意見を求めた。
「時がたてば感性というのは変化していくもの、それに合わせて芸術性も変化するべきなのです。それなのに、この頑固者どもがそれを理解しないというのが問題だと思うんですよ。」
「小難しい事を言うんじゃねえよ。真に美しいものは、それを率直に見た瞬間に感動を与える……時代が変わろうがそれは不変なんだよ。ノクターン様もそう思うでしょう?」
ノクターンは心底面倒くさいという顔をしていたが、ポンと手を叩いて俺のほうを見た。
「そういえば、最近面白いものが転生していてね。色々な問題について解決しているのよ……その人に批評してもらったらどうかしら。」
(えっ……俺に丸投げするつもりですか!?)
俺が思わず後ずさりする中、マルトーとチゼルが俺へにじり寄ってくる。
「なるほど……確かに、異世界の者が我々の作品について、どう見るかというのは興味深いですな。」
「ほう……面白いじゃねえか。少し間が抜けた顔をしているが、審美眼を持っているんだよな?」
(ヒィィィィィ……なんかとっても怖いんですけど……)
俺は異様な気迫でにじり寄ってくる二人にタジタジになりながら、半ば強制的に彼らの作品を見せられるのだった。
* * *
俺はマルトーとチゼルが作った壺を見て、目を見張った。
(どちらも甲乙つけがたい技術だ)
マルトーの壺は非の打ち所がないほどの純白さで、美しく描かれた曲線は艶やかさを感じさせる。
一方、チゼルの作った壺は洗練された細身の壺に、見事な文様が描かれていてとても華やかさを感じさせた。
(しかし……これって優劣付けられるものなのかな?)
双方の芸術性が全く異なるので、比較すること自体が難しいのだ。
俺はどちらかといえばマルトーの方が好みだが、人によってはチゼルの壺の方が良いと思うものも多いだろう。
マルトーとチゼルが俺に迫りくる中、困った俺はアリシアを横目で見た。
その時、彼女の頭に挿された宝石花が目に入った。
(そういえばオベロンがこんなことを言っていたな……)
――この世界に存在する全ての性質には多様性があってしかるべきなのだ。
彼ならこの壺をどう評価するかが俺には気になった。
少し考えた後、俺はノクターンに耳打ちをする。
「すみませんが……オベロンにこの壺を見てもらうことってできますかね。」
「ええっ!? 確かに彼はこういった芸術品は好きだけど……いや、まって……確かにそれ、面白いかもしれないわね。」
ノクターンは笑みを浮かべてマルトーとチゼルに言った。
「折角だからさ、《妖精王》に貴方達の作品を見てもらうっていうのはどうかしら? 彼は造形にも詳しいし、きっと満足する批評をしてくれるわよ。」
二人は目を輝かせて喜んだ。
「もちろんですとも。あの高名なオベロン様に見ていただけるなんて、光栄の至りです!」
「俺も構わねえぜ。確かにあの方は、造形美や自然の美しさに精通されているらしいからな。そんな有名な方に見てもらえるなんて、最高の栄誉だ。」
ノクターンは静かに頷くと、俺とアリシアに壺を持たせた。
「師匠! オベロンに話をつけてもらえますか?」
フォラスがすっと地面から現れて、微笑した。
「そういうと思ってオベロンに連絡しておいたぞい。即答で見たいと言ってきよったわ。」
(爺……仕事早いな)
あまりに手際のよい行動にびっくりしながらも、俺はフォラスに礼をした。
「助かりました。ありがとうございます。」
フォラスが優しげな笑みをして俺の肩をポンポンと叩きながらゲートを開いた。
「ノクターンの力になってくれたこと感謝するぞ。今は昼なんでな、あやつは外に出たがらんのじゃ。」
(なるほど……そういえば、彼女は自分に責任を感じて昼は出ないようにしているんだもんな)
俺は小さく頷くと、アリシアと共に壺を持ってゲートへと入っていくのだった。
* * *
ゲートを抜けて、俺達はペルセポネのオベロンの花屋の前に舞い降りた。
昼間なので、いつものジャック・オ・ランタンやスカルヘッドの呼び込みが聞こえず、少し静かな印象を感じさせる。
店の中からオベロンが姿を現して、俺とアリシアを手招きした。
店内に入ると、爽やかな新緑の匂いと共に芳醇な花の香りが漂ってくる。
美しい琥珀で作られたテーブルの周りに、木々が生い茂り、地面には様々な花が咲き誇っている。
(まるで、植物園にでもいるようだな)
見事な庭園のような店内に驚いている俺に、オベロンが声をかけてきた。
「ヴァルハラで名のある職人が作った壺を見せてくれるそうだね。さっそく拝見させてもらおうか。」
俺とアリシアが琥珀のテーブルの上に壺を置くと、オベロンは感心したような顔で頷いた。
彼はマルトーの白い壺を見て、思わず感嘆の声を上げた。
「なるほど……この白磁の壺は、四百年ほど前に稀代の名工と呼ばれたマルトーの作品だろうな。彼らしい芸術の粋を極めんとする良い作品だな。」
次に、チゼルの壺を見ると目を細めて賞嘆した。
「これもまた素晴らしいな。この見事な文様からして二百五十年程前に隆盛を極めたチゼルの作品に違いない。生前よりもさらに腕を上げているのではないか?」
そして、微笑して俺に問いかける。
「それで、ケイは何故これを私に見せたいと思ったのかな?」
「俺にはどちらも素晴らしい作品だと思うのですが、芸術ってその時代によって評価の基準が変わると思うんです。だから、オベロンみたいに世界の多様性に寛容な方に見てもらった方が、こういった物の良し悪しがわかるのではないかと考えたわけです。」
オベロンは嬉しそうな顔で俺を見つめた後、静かに告げた。
「なるほどな……そういうことならば、ケイの期待に応えねばならぬ。夜にノクターンにフォラスと共に私の店に来るように言ってくれないだろうか?」
「ありがとうございます。しっかりと伝えます。」
満足げにオベロンが頷くと、アリシアにも声をかける。
「アリシア様の宝石花の噂はかなり反響を呼んでおりますな。人間や半神はともかく、魔族の中で貴女の噂は大分よくなっていると思いますぞ。」
「ありがとうございます……思えば、オベロンは私に対して好意的な立場でいてくれましたものね。」
「魔族としての方針と私の美学は違うということですよ。おっと……あまり貴女を呼び止めてはケイに嫉妬されてしまうかな?」
俺は肩をすくめて首を振った。
「オベロンみたいな紳士が、妙なことをするなんて思ってないですから大丈夫ですよ。」
オベロンは少し何かを考えた後に、俺をじっと見つめる。
「ところでケイは、死霊がどうあるべきかを考えたことはあるかい?」
「そうですね……まだ、死霊と触れ合ったばかりなので、どうあるべきかまでは考えられないですね。」
「そうか……いや、それもそうだな。それならば、君とアリシア様もノクターンと一緒に夜にまた来てくれたまえ。」
「分かりました。それではまた夜によろしくお願いします。」
俺はオベロンに一礼するとゲートを開く。
彼は驚いた顔で俺を見たが、すぐに納得したような顔になった。
「ルキフェル様がゲートを教える者が再び現れるとはな……いや、亜人の件を考えれば当然のことか。私は、ますます君のことが気に入ったよ。」
アリシアが嬉しそうにオベロンに礼をして、ゲートの中に入っていく。
俺も彼に会釈をして、ヴァルハラへと向かうのだった。




