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腐臭のする街

 ゲートを抜けると、夜の街中に降り立った。

 オーベストの村に比べると少し大きく、家も石造りのようだがどことなく古びた印象を思わせる。

 到着して早々、俺はものすごい違和感に襲われた。

 家々の扉は固く閉ざされ、何かにおびえるかのように木で打ち付けられているのだ。

 そして、人の気配が全くせず静寂に包まれている。

 風に乗って据えた臭いがしてきて、思わず俺は顔をしかめた。


(この臭い……田舎の公衆トイレよりもひどいじゃないか。一体この町はどうなっているんだ?)


 まだ爆発の怪我が治りきっていない俺を、アリシアが優しく地面に下してくれる。

 俺は周囲に違和感を感じながら、彼女に問いかけた。


「ここはどこなのかな?」


「ロブの街です。クロノスからずっと北の方にある街で、工芸などで有名な街です。」


「なるほど……しかし、とても静かだね。夜とはいえ、まるで息をひそめているようだ。しかも肉が腐ったような臭いが充満している。」


 アリシアが俺の疑問に答えようとした時、周囲の建物の戸が打ち破られて街の人々が姿を現す。

 彼らの姿を見た瞬間、俺は思わず吐きそうになった。


 ある者は喉笛を食いちぎられて首がだらりと垂れている。 

 そして、また違うものは頭が半分欠けている……


 あまりにも惨い姿に俺は思わず目を背けたい衝動にかられた。


 彼らはまったく光がない目をこちらに向けて、半分腐った肉を引きずってこちらに向かってくる。

 その姿を見たノクターンが、静かに首を振って呟いた。


「《生屍(ゾンビ)》しかいないということは……この街はもう手遅れね。だからあれほど、何かあったらすぐに連絡するようにと言っていたのに……」


 彼女は少しだけ口元を噛みながら大鎌を振るうと、太陽のような温かな光が発せられて生屍を包み込む。

 光を浴びた生屍は灰となって消えていき、その周りに星屑のように淡く光る粒子が漂う。


 そして、ノクターンが空に向かって手をかざすと、光の粒子が彼女の手に集まる。

 愛おしげにそれを見つめた後、彼女は地面に向かってそれを振りまくのだった。



 * * *



 少し青ざめた顔をした俺の肩を、アリシアが心配そうに撫でている。

 ノクターンは俺の表情を見て、少し意外そうな顔をしながら問いかけた。


「もしかして……ケイって死体を見たことはあまりないのかな?」


「ええ……何分平和な世界で生きてきたもんで、殺し合いとかはご法度だったんですよ。」


「なるほどね。今のが《生屍(ゾンビ)》で、《屍食鬼(グール)》に魂を食べられた可哀想な被害者なのよ。」


「そうなんですか。先ほどの魔法でゾンビは灰になってしまいましたが、あれは一体……」


 ノクターンは優しげな顔で俺に説明を始めた。



 ――死んだ者の魂は人間と魔物関係なしに土に還っていく。


 だが、寿命が短すぎることを良しとしない者達がその法則を捻じ曲げようとした。

 彼らは禁忌の魔法を捻じ曲げることにより、肉体と魂を不死に変えてしまった。

 だが、その代償として自分の時を止めるために他の者の魂を食らう必要が出てしまったのだ。

 《魂食鬼(ソウルイーター)》と呼ばれる彼らは、自らの僕として《屍食鬼(グール)》を使役する。

 ソウルイーターが血を分け与えることにより、グールもまた不死の力を得ることができる。

 だが、その血を定期的に摂取しなければ、たちどころに体が腐り果てて灰になってしまう。

 グールは永遠の若さと自らの命の為に罪なき人々から魂を貪り食って、ソウルイーターにその魂をささげるというわけである。


 ちなみに、グールに貪り食われた者達の成れの果てが《生屍(ゾンビ)》である。

 無残に食い散らかされた魂の残りを、良いようにグールに操られて人形のように従う。

 だが、灯のような魂では三日も持てば良く、そのまま朽ち果てて肉体は土へと帰ってしまうのだ。


 そして、先ほどの一連の行動は、ノクターンは犠牲になった者達を憐れんで、せめてもの慈悲を与えるべく《真実への導き(トゥルーリード)》の魔法を使って、あるべき姿へと戻して残りかすとなった魂を土に返してやったのだそうだ。


 転生という芽吹きがない可能性が高いかもしれないけれど、せめてもの可能性を与えてやりたいからと。



 * * *



 ノクターンがそこまで説明したところで、コトリと小さな音がした。

 思わずその方向を見ると、美しい人間の少女が物凄い形相でこちらを睨みながら、脱兎のごとく逃げ出そうとしている。

 俺は思わず追いかけようとしたが、それよりも先にアリシアが《閃光の魔弾》を少女に放った。

 少女は人間離れした動きで魔法を回避するが、いつの間にか少女の背後にノクターンが移動していて、彼女の胸元に大釜を突き刺した。

 もがく少女にノクターンは微笑しながら尋ねる。


「愚かね……どうせ、永遠の美が得られるとか言われたんでしょうが、数日ごとに魂を奉げないと体が腐っていくんでしょう。他人の命を吸って生きる気分はどうかしら?」


「ああ……あああ……死神がなんでこんなところに……私は何も知らない! やれって言われたことをしているだけだったのに、どうしてこんな目に。」


「またまた御冗談を……ソウルイーターと契約を交わしておきながら、いまさらそんな寝言は聞きたくないわ。あなた達に食い物にされた罪なき民がどれだけいると思っているの?」


「くっ……あんたみたいな恵まれた存在にそんなことを言われたくないわ! 永遠の若さと美貌を持ちながら何のデメリットもなく生き続けられるのに、それを教えないのは自分だけがその恩恵を独占したいからなんでしょうが。」


 ノクターンは笑みを崩さなかったが、少し冷酷な声で少女に話しかける。


「貴女がどう思おうが私には関係ないわ。さて、この魔法が何かは知っているはずよね?」


 鎌から美しい光が発せられると、少女は怯えたような顔で光から必死に身をよじって離れようととした。

 ノクターンはもがく彼女に鎌をさらに突き立てた後、慈悲深げな顔をして問いかける。


「あるべき姿に戻ってもらうのも悪くないんだけど、最後のチャンスをあげるわ。あなたの仲間と主人はどこにいるのかしら?」


「私がそんなことを言うと思っているの? ご生憎様……あの方はきっと私を助けてくれるに決まっているわ。」


 憐れみを込めた目で少女を見つめながら、ノクターンは確信を込めた目で彼女に訊ねた。


「貴女はこの街の要職に就く者の血縁なんでしょうね。」


 ビクッと少女は身を震わせてノクターンを見る。


「だからって、どうだっていうのよ?」


「私の推測だけど、仲間のグールたちは貴女にこう言ったんじゃないかしら? 『魔王軍の奴らが来るから足止めをしていてくれ……お前はあの方のお気に入りだから、絶対に助けに来てくださるだろう。』ってね。」


 少女は戸惑った目をしながら何かを考えているようだ。

 ノクターンはそのまま彼女に最悪の現実を伝えた。


「私がそれを知っているのはね……今まで捕まえたグールが全く同じ状況で、同じようなことを言っているからなの。そして、私が《死神》と呼ばれているってことは、貴女がこの後どうなるかということも分かっているはずよね?」


 少女は半狂乱になって必死に騒ぎ始める。


「そんな……そんなはずない!? あの方は、デイヴィット様は私を愛していると言っていたわ! 今まで会ったどんな者よりも私が美しいって。」


 そのとき、少女の右手がボトリと腐り落ちた。

 地面に落ちた彼女の手は、ものすごい腐臭をだしながらすぐに灰に変わっていく。

 少女は恐怖に怯えながら必死にディヴィットに助けを求め始めた。


「ヒッ……イヤァァァァ!? 助けてデイヴィット様……ロジーをお救いくださいませ! あんなにも私はあなた様に尽くしたではないですか。」


「馬鹿な娘……ソウルイーターが貴女のことを見限ったのよ。主との繋がりが切れたグールは、程なくして存在自体が消え去るでしょうね。」


「そんな……どうして……どうして私がこんな目に……」


「仇ぐらいは取ってあげてもいいんだけど、まだ教える気にならないのかしら。」


 少女は虚ろな目をしながら、ノクターンに何かをささやく。

 ノクターンは静かに頷くと、彼女を眩い光で包み込んだ。


「私からの慈悲よ。腐るのではなく、灰となってあなたは消えるの……」


 諦めたような顔になった少女は、静かに目を閉じて灰となって消えていった。

 その場には先ほどとは比べ物にならないほど大量の光の粒子が漂っている。

 ノクターンは悲しげな顔をしながら、光の粒子を土に戻した。


「一度食べられてしまった魂は、粉々打ち砕かれてしまうの。せめて土に返すことで、その土地の霊格を高めるのが精いっぱいってところね。」


 アリシアとフォラスが悲しそうな顔でノクターンを見つめている。

 俺は居た堪れなくなってノクターンに声をかけた。


「でも……ノクターンがそうしなければ、それよりも酷いことになっているんじゃないかな。何もしないで綺麗事を言う奴よりも、ずっと良いことをしていると俺は思うよ。」


 ノクターンが少し表情を和らげて、ふわりと俺に近づいて頭を撫でた。


「ケイは優しいわね。そう言ってくれる者がいるだけで、お姉さんは良しとしますか。では、戻ってルキフェル様に報告しましょう。今回のはトカゲの尻尾きりだから……またこういうことが発生する可能性があるのよ。」


 どことなくホッとした表情でフォラスがゲートを開き、俺達はペルセポネへと帰還するのだった。

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