死霊の起源
ノクターンに連れられて、俺達は洋館の庭へと案内される。
草木が生えていない無機質な庭には、精巧に作られた造花や彫刻などが飾られていた。
俺が不思議そうな顔で庭を観察しているのに気づいたノクターンは、微笑して俺に告げる。
「基本的に地下の世界には、悪魔や天使以外の生きている物を入れてはならないことになっているの。」
「ここは冥界のようなところなのですか?」
「冥界って何かしら? 教えてくれると嬉しいなぁ。」
前世では死んだ者が贈られる世界があるという伝承についてノクターンに伝えると、彼女は納得したような顔で頷いた。
「なるほどね。確かにケイが考えている冥界のイメージにここは近いけど……正確には全く別物なのよね。」
ノクターンは優しげな顔で俺に死霊と地下の世界について教えてくれるのだった。
* * *
この地下の世界はヴァルハラと呼ばれている。
死霊たちが住む世界で、地上と隔離された世界だ。
俺たちが通ってきた門には特殊な結界が張られていて、魔王軍の特別な者と高位の死霊以外はこの世界への出入りができないようになっているらしい。
通常、死んだ者の魂は人間と魔物関係なしに土に還っていく。
そして土に還った魂が十分な時を経て世界に芽吹いたとき、新たな命となって転生をするとされている。
そして、精霊の中には自分自身に転生できる者もいる。
それらの者にとっては、生とは季節のようなもので、《誕生》、《成長》、《円熟》、《再生》といった流れで正と死を繰り返していく。
年輪のように重ねられた生涯をいかにして充実させるかが、その者達にとっての生きがいになるらしい。
ちなみに転生者については、天界とルキフェルの裁きを受け、この世界に残すか他の世界に追放するかが決められるそうだ。
――ではそのいずれにも属さない死霊はいかにして生まれたのだろうか……
* * *
昔ノクターンという絶大な魔力を持つ魔女がいた。
彼女は地上に侵攻してきた天使たちを、ありとあらゆる魔法を使って撃退し続けた。
何十年にもわたる戦いの中、ルキフェルの腹心のある悪魔と友誼を結ぶことになる。
彼女はルキフェルに恭順することを約束したが、天界が彼女の存在自体を危ぶんだ。
ノクターンはこの世界から自らの存在を消し飛ばされることを察して、禁忌の魔法を自らに使ってしまう。
――そう《不死化の魔法》を……
その結果、彼女の肉体は魂と同化して消え去った。
魂と肉体が同化した彼女は転生という輪廻の枠から外れ、永遠に生きることができるようになった。
だが、それと同時に彼女の時は止まってしまった。
転生による魔力の成長はなくなり、彼女の可能性はそこで閉ざされてしまったのだった。
――そして、彼女の《不死化の魔法》は思わぬ弊害をもたらした。
特に寿命が少ない人間が彼女の魔法を欲したのである。
自らの姿や才能に執着を持つ者、愛するものを失いたくない者が魅了されるように彼女の魔法の模倣をした。
不完全な魔法を使ったせいか、肉体を失って魂だけになってしまった《ゴースト》、そして肉を失って骨が残った《スケルトン》など、さまざまな死霊が生まれた。
――世界の理を崩しかねない事態に天界は危機感を覚えた。
この世の全ての死霊を滅するために天使と戦乙女を派遣しようとしていた時、ルキフェルが動いた。
ペルセポネの地下に死霊の街、すなわち《ヴァルハラ》を作り、そこに彼らを住まわせる。
そして、新たに死霊となったものは三百年地上に出ることは許さぬことにした。
さらに三百年経った後でも、外に出るのは夜のみとすることにしたのだ。
これを破った死霊については、天界からの《裁きの光》により存在そのものを消し去られる。
そういう取り決めが魔王軍と天界、そして人間との間で結ばれた。
ちなみに例外として、魔王軍の幹部であるノクターンと彼女の側近だけはその不文律は破ってもよいとされている。
ただ、ノクターン自身が自分がしたことに責任を感じているため、昼間に外に出ようとはしないのであった。
――また、死霊にも最後のチャンスを与えることとしている。
死霊として全うに五百年以上の時を過ごした者については、転生が許されるのだ。
実際のところ、望まない姿になった上に輪廻の輪から外れたことを後悔するものが後を絶たず、発狂したくてもすることができない為、自暴自棄になりかねないものが多かった。
それを哀れに思ったルキフェルが天界と協議して、十分に反省させた後に転生をさせるということで合意したのである。
地上では悪人が死ぬとヴァルハラヘ送られるとされているが、実のところは輪廻から外れたものがヴァルハラで生活するということに過ぎないのだった。
* * *
そこまで話したところで、ノクターンが微笑して俺の顔を覗き込む。
「そういうわけで、お姉さんはとってもアブナイ人なのよ。私に対する見方が少し変わっちゃったかしら?」
俺は静かに首を振って笑顔で答えた。
「別にそんなことはないですよ。今の話を聞いてもノクターンさんが悪いわけじゃないと思います。むしろ……ルキフェルは偉いなぁと、改めて自分の上司に感銘を受けたというぐらいですね。」
ノクターンは意外そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって俺の頭を撫でた。
「そう……なのね。やっぱりケイって面白いわ。ではそろそろ魔法の修練に入りましょうか。」
彼女が右手に魔力を込めると、庭全体に透明な壁が出来上がった。
「魔力の具現化の方法は知っているわね? それと同様に自分が放ちたい魔法をイメージするの。例えば、《火炎球》なら、燃える炎を打ち出す感覚って感じね。」
俺は右手に魔力を集め、燃え盛る炎のイメージを具現化しようとする。
右手に巨大な火球が具現化されたが、灼熱の炎の熱線に俺の手が焦がされていく。
「うわあぁぁぁぁぁ!? 熱いぃぃぃぃぃ!」
思わずその場でゴロゴロと転がりながら火を消そうとする俺を、ノクターンが興味深げに観察している。
「大した火球ね。これは見所があるって……あれ? 高位の悪魔ならこれぐらいの炎は何ともないはずなのに、どうしたんだろう。」
「ぎゃあぁぁぁぁ!? 全然きえねぇぇぇぇぇ!」
「おっとぉ……これ以上はまずいか。」
ノクターンは大量の水を俺にぶっかけて、火を消してくれた。
アリシアが俺の右手を優しくさすりながら、ノクターンに抗議する。
「ケイは耐性無効や痛覚無効がないんですよ! フォラスから聞いてなかったんですか?」
ノクターンがポンと手を叩いて、納得した顔をした。
「なるほど……そういえば、そんなことを言っていた気がするわ。《俺の天使》や《黒の下着》の話の衝撃が大きすぎて、すっかり忘れていたわ。」
そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に告げる。
「こういうのって最初が肝心だから、少し痛い目見ながら覚えたほうが良いと思うわ。フェンリルもそうしていたみたいだし、死ぬ気で頑張ろうね。」
(やっぱりこの人もこういうタイプなのか……)
がっくりと肩を落とす俺は、アリシアに慰められながら地獄の魔法の修行を始めるのだった。