死霊の住む街
ノクターンに呼ばれて、俺とアリシアはペルセポネの王宮の地下にあるカタコンペに赴いた。
どこまでも続くかと思われる階段を下っていくと、立派な門が俺たちを出迎える。
門の前に立つ立派な鎧を纏った骸骨へ、ノクターンに招集されたと伝えると、彼は静かに頷いて門を開けてくれた。
門の先へ進むと、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
地下墓所だから薄暗くじめじめした場所かと思っていたのだが、思いの外清潔で明るい。
地面は美しいタイル張りになっていて、柱に埋め込まれた骸骨が美しく輝いている。
壁一面に緻密に散りばめられた骨は、レンガでは出せない味のある雰囲気を醸し出していた。
さらに足を進めると、賑やかな話し声がしてくる。
先ほどまでの雰囲気とは一変して街の風景が広がっていた。
ペルセポネの街に似た造りの建物が多いが、それぞれの家々に美しいステンドグラスや装飾が施されており、より派手な感じがする。
どうやら市場に出たようで、オシャレな兜を被った《スケルトン》や美しい金属のローブを纏った《ゴースト》が仲間に陽気な声で客引きを行っているようだった。
「ちょっとそこの美しい骨格のお姉さん、この宝石の首飾りはいかがかな?」
「新しい金属でできたローブだよ。大事に使えば五百年は着られるよ!」
「気品のある魔力を醸し出す魔力水だよ! 愛する者と最高のひと時を……」
(へぇ……やっぱり長持ちしそうなものが多い感じだな)
俺が興味深げに売っているものを眺めると、《スケルトン》がカタカタと音を出しながら話しかけてくる。
「お兄さん、こんな地下までよく来たねえ! せっかくだから品物を見て行っておくれよ。」
店頭に並べられている品々は、どことなく古びていて何かの気配を感じる。
まるで何かを懐かしんだり幸せな思い出をに浸らせるような、そんな雰囲気を感じさせた。
俺は、思わず《スケルトン》に問いかける。
「これって、誰かの遺品なのかい?」
「お兄さんはよく見てるねえ……おっしゃる通りの遺品だよ。俺達みたいな者が手にとってみれば、その者の生き様を見て感傷にひたることが出来るってわけさ。」
「なるほど……死霊にとっての本や映画のようなものってことだね。」
「そういうことですな。中には掘り出し物もあるんで、よかったら買ってって下せえよ。」
その時、後ろから肩を叩かれて思わず振り向くと、 『ブスッ』と頬っぺたに指がささった。
いつの間にか後ろに居たフォラスが、悪戯っぽい顔で俺に話しかけてきた。
「寄り道とは感心せぬのう……ノクターンが首を長くして待っておるんだから、さっさと向かってもらわねばな。」
「すみませんね。初めて来た場所だったので、珍しかったんです。」
死霊達がフォラスに気づいて、わらわらと寄ってくる。
彼が微笑しながら水晶玉を取り出すと、地上の風景が流れ始めた。
スケルトンやゴーストたちは興味深げに地上の様子を見て、嘆息する。
「だいぶん俺達が知っている時代と変わったもんだなぁ……」
「この蒸留って技術はすげえな。一つ俺も試してみるか。」
「ほう……箒にレースねえ、面白いじゃねえか。」
死霊達が水晶玉に見入っているのを尻目に、フォラスは俺とアリシアをノクターンの元へと案内するのだった。
* * *
カタコンペの街を抜けると、その奥に大きな洋館が見えてきた。
鮮やかな青色の屋根に純白の壁、そしてノクターンを模した像が屋根の上に飾られている。
ゴシック調の建物の窓にはステンドグラスが飾られていて、神秘的な雰囲気を感じさせた。
思わず、その見事さにため息をつく俺の耳に唐突に息が吹きかけられた。
「ひゃあぁぁぁぁ!?」
慌てて振り返ると、ノクターンが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「よく来てくれたわね。少し来るのが遅かったからお仕置きよ。」
「あまり脅かさないで下さいよ……心臓が止まるかと思いました。」
「えっ……そうなの!? 折角だからそのまま死んで私に仕える気はないかしら? 側近として雇っても構わないわよ。」
(あ……駄目だこのレイス。何を言っても暖簾に腕押しのタイプだ)
アリシアが頬を膨らませて、ノクターンに食って掛かる。
「いけません! ケイは私と一緒に魔王軍の管理をするのです。」
ノクターンは目を細めてアリシアを見た。
音もなくアリシアの傍に近寄って挑発するように言葉をかける。
「へぇ……アリシアったら、随分と言うようになったわね。お姉さんとしては嬉しいけど、ちょっと嫉妬しちゃうなぁ。」
「いつまでも子ども扱いしないでください。私だってもう良い年なんですよ。」
このままではラチがあかないと思い、俺は冷静に突っ込むことにした。
「アリシア落ち着くんだ。そもそも俺は不老不死だから死ぬことができないよ。」
「あっ、確かにそうですね。ノクターン……また私をからかったんですね!」
ノクターンはクスクスと笑いながらアリシアの頭を撫でながら俺に訊ねる。
「ケイはアリシアのことをどう思ってるの? やっぱり大人の女性としてみているのかしら。」
(これは答え方を間違えると地雷を踏むパターンだな……)
俺はアリシアを一顧して、微笑しながら答えた。
「大人とか関係なく、アリシアは公私共に俺の大事なパートナーですよ。それに今まで公務をしっかりとこなしていたっていうのであれば、十分大人としての責務を果たしているのではないでしょうか。」
ノクターンが面白くなさそうな顔をして、フォラスの隣に舞い降りた。
「そういう曖昧な言葉はずるいとおもうけど……まあいいわ。師匠から聞いていると思うけれど、私がケイに魔法を教えるからよろしくね。」
(えっ……全くそんなこと聞いてないんだけど?)
俺は驚いて、思わずフォラスを見た。
彼は自慢げにノクターンを見ながら俺に告げる。
「儂の一番弟子は魔法の才に秀でていてな。魔王軍の中でも彼女に比肩するものはおらぬのだ。しかも美人のお姉さんとなれば最高であろう?」
アリシアは確かにそうだという顔をして頷いていた。
そして、彼女はノクターンに笑顔で告げる。
「私も久々に魔法の修練をしたくなりましたので、同席してもいいんですよね?」
ノクターンは目を細めて答えた。
「ええ……もちろんよ。お姉さんは大歓迎だから、一緒にやりましょうね。」
(なんだろう……二人とも笑っているはずなのに、ものすごく怖い気配がする)
俺は笑顔なのに何か怖いオーラを発している二人を見ながら、言い知れない不安を覚えるのだった。




