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閑話)フェンリルの回想2

 俺は自分の親とケイのことを思い出していた。


 ――親父はクロノスの第二王女を駆け落ち同然で妻にした。


 お袋はとても美しく優しかったと思う。

 だが、俺が少年になるころには年増の女性になり、俺が成人するころには老婆になっていた。

 親父はそんなお袋をいつも大事に愛でて、二人とも幸せそうにしていた。

 よく、親父はお袋に言っていたと思う。


「ヘステイアは美しい」


 だが、俺には理解ができなかった。

 俺が小さいころのお袋はとても美しかったが、それがどんどん枯れた葉のようになっていく。

 寿命の差と祖父は言っていたが、時間の流れがお袋だけ違うというのは、とても異様で不気味さを感じさせるのだった。


 いっそのこと、ノクターンのように不死になったらどうかとお袋に聞いてみたことがある。

 そうしたら、優しく俺の頭を撫でながら答えてくれた。


「時に限りがある定めの者として生まれた以上、その時間を精一杯に生きるのが私の矜持なのよ。」


 結局お袋は、親父と結婚してから百年ほどで土に還った。

 親父もお袋も今際(いまわ)(きわ)はものすごく穏やかな顔をしていたのが印象的だった。

 お袋の手から力が無くなったときに、親父が静かに泣いていた。

 どんなに苦しくても辛くても涙を流したことがなかった親父のあんな姿を見て、俺は寿命の差があるものとの結婚はするものではないと思ったものだ。



 * * *



 ――親父や亜人に対する悪魔や転生者の振る舞いは我慢ならないものだった。


 ことある毎に《半端者》と嘲るのはもちろん、亜人がいかに不自然な存在なのかを吹聴しまくる。

 また、転生者達も威張り腐って俺達を馬鹿にし続けた。

 まあ、そういった根本から腐っている奴らは、あの糞爺の”配慮”とやらで《特別な半魔(出来損ない)》に転生させられている。

 その体は、人間をベースに悪魔の魔力をそのまま持たせたような出来損ないで、莫大な魔力に体が耐え切れずに短い生涯を終えていく宿命を背負っているのだ。

 だから、俺は何も知らないで威張っている奴らが逆に哀れだと考えていた。

 だが、俺のそういった考えを一変させる出来事が起きた。



 ――親父が半魔の転生者に殺されたのだ。


 奴は極度な人間嫌いだった為、魔王軍に押し付けられた。

 当然のことながら、《出来損ない》に転生させられたわけだが、奴は自分の寿命が少ないことに気づいてしまった。

 奴は高位の悪魔の協力者にゲートを開けさせ、クロノスの王宮で自爆しようとしやがった。

 だが、親父が不穏な動きに気付いてあいつを羽交い絞めにしてゲートに飛び込んだ。

 異空間で物凄い爆発が起こり、ゲートから凄まじい衝撃波が飛び込んで来ようとする中、ルキフェル様が全てのゲートを閉じたことで事なきは得た。

 そして、どうやったのかは分からないが、親父を異空間から拾い上げて俺の目の前に寝かせてくれたのだった。

 体中がボロボロで、目も見えなくなっている親父はだれが見ても助からないことが明らかだった。

 思わず俺は親父を抱きしめると、親父は小さい声だがはっきりと俺に告げた。



 ――平和のために身を捧げられたのだから悔いはない。


 そして、まるでお袋が死んだ時と同じような穏やかな顔で逝った。

 その後、加担した奴らは表向きは、亜人に責任転嫁したことにより粛清されたことになっている。

 だが、実際のところはこんな感じの下らねえ話だったっていうことだ。


 俺はしばらく荒れて、ペルセポネの路地で安宿を拠点として、飲んだくれていた。

 だが、祖父や糞爺に説得されて亜人の武官を鍛えるということで出仕することにしたのだ。

 親父ほどのカリスマはないにせよ、親父の容姿を受け継いだ俺は神輿として担ぐにはよかったのだろうと思った。

 結局、俺にはその仕事が合っていたようで、仲間も出来てそれなりに充実した日々を過ごせていたのだった。



 * * *



 ――だが、ケイに会ったことで俺の人生は転機を迎えた。


 キキーモラ達と俺たちの問題で、あいつが見事に問題を解決した際、俺が義理を通して素直に頭を下げた。

 そしたら、あいつ等は今まで見たことがないぐらいに、俺達に親しみを込めて接するようになった。

 また、リオンの武器発注の問題を見事に解決したおかげで、鍛冶担当のドワーフからも仕事がやりやすくなったとお礼を言われるようになった。


 さらに、ケイが箒の件を解決した後、キキーモラやシルキー達の関係は劇的に変わった。

 彼女らの対立がなくなったばかりか、今までよりも仕事が迅速で物腰がものすごく柔らかくなったため、俺達も気分よく働くことが出来ている。

 それに、キキーモラの件で学習したが、しっかりと良いと思ったところを褒めるだけで、相手が喜んでくれて仕事がすごくやりやすくなった。



 ――そして、ケイは俺の親友だと言ってくれた。


 《女豹》で俺がケイに生い立ちを話したとき、あいつは真正面から受け止めてくれて、俺達だけが出来る矜持について語ってくれた。

 そして、あいつ自身が外面と内面の差に悩んでいたことについて聞いた時、今まであいつが色々な奴の仲立ちが出来たことについて、すとんと心に落ちた。



 ――あいつは色々なことについて、板挟みになりながら生きてきたんだろうと。


 その考えを裏付けするように、ケイは俺とアレトゥーサのお見合いを成功させるべく奔走してくれた。

 正直なところ、第一印象は生意気な小娘だと思っていたが、彼女の酒飲んだり話してみると、向上心に溢れた女だということが良く分かる。

 その上、自分の意見をはっきりと持って、裏表なく伝えてくれるのも嬉しい。

 それに、とても芯の強い女だ。

 俺が、結婚する前に寿命の件についてもう一度聞いた時に、あいつはこう言っていた。


「子供の頃に母さんから聞いたけれど、徳の高い泉の精霊は死んだとしても、自分に縁のある泉より生まれ変われるそうよ。だから、私は生まれ変われるように誇りある生き方をして見せるわ。フェンリル……私が死んだとしても、浮気はせずに生まれ変わった私をまた愛しなさいね。」


 なんというか、俺にそこまで愛してもらう甲斐性があるのかは分からないが、命が続く限り彼女を愛そうと決めたのだった。



 * * *



 そこまで考えていたところでアレトゥーサが目を覚ましたようだ。

 美しい茶色の目で俺をじっと見つめた彼女は、優しく俺の顔を撫でて言った。


「また難しい顔をしているわね……話を聞いてあげるから言ってみなさいな。」


 俺は悪戯っぽい笑みを浮かべて彼女に伝えた。


「普段はしっかりしているのに、ベッドの中ではどうしてあんなに乱れるのかと……」


 最後まで言う前に、俺の顔に枕が叩き付けられた。


「馬鹿なこと考えてるんじゃないわよ!? 呆れた……ちょっとでも心配した私が馬鹿だったわ。」


 真っ赤になって顔を背けるアレトゥーサの髪を優しく撫でながら、俺は微笑して彼女の顔をこちらに向けて強引にキスをした。

 目を見開いてビックリした顔をしていた彼女だったが、俺に身をゆだねて体を寄せてきた。


「まったく……どうしてこんなデリカシーのない奴を好きになっちゃったのかしら。」


「俺はお前のことを良い女だと思っているし、愛しているぞ?」


 アレトゥーサが俺の胸に顔をうずめて、そして小声でつぶやいた。


「私も……フェンリルのことが……」


 俺はそんなアレトゥーサが愛おしくなり、そっと抱きしめながら幸せな気持ちになるのだった。

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