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亜人の象徴

 フォラスが説明した内容をまとめるとこうなる。


――ペルセポネの広場に出店することは亜人たちの悲願だった。


 各種族が自分を象徴すべき物を広場に出店するというのは、ペルセポネの住民なら誰でも知っていることだ。

 例えば、妖精の王(オベロン)なら、自然を体現した花を売る店。

 そして悪魔の総統(フォラス)なら、淫欲と享楽を体現した接待系の店。

 そういった、種族が誇るものを広場に出店することで、自らの種族の権威を示しているのだ。



――だが、亜人にはそういったものがなかった。


 人間と魔族の平和の象徴として尊重したいという、ルキフェルの思いと裏腹に彼らの待遇は改善せず、亜人として誇るべき物を見出すことが出来ないでいた。

 だが、偶然ケイがルキフェルに、シレーニの酒という地上で人間にも重宝されるという素晴らしいものがあることを教えたことで、事態が一変したのだ。


 元々、フェンリルとアレトゥーサのお見合い自体にそのような意図はなかったのだが、そのような理由から亜人自体の運命を変えるほどの重大な事態となった。

 亜人を統べるものになるフェンリルとその酒蔵の娘が結婚することとなれば、誰もこの出店について反対する者はいない。

 つまり、魔族や人間関係なく重宝される最高の酒というものを生み出せるということで、亜人というものが平和への潤滑剤であるということを魔王軍、そして人間に対して示せるようになるというわけだ。



 * * *



 ルキフェルは優しくフェンリルに告げる。


「折角なので、我が直轄している一等地をそなたに割譲しよう。我が亜人をどれほど大事に思っているのかを、各種族に伝える良い機会であるからな……」


 フェンリルとアレトゥーサは平伏して、ルキフェルに感謝した。


「ありがたき幸せ……菲才の身ではございますが、謹んで拝領します。」


 さらにルキフェルはアレトゥーサに話しかける。


「そなたはエリシオンで酒蔵の後継者として働かねばならぬから、新婚生活を送るのが大変であろう……専属の使い魔とエリシオンへのゲートを用意する故、ペルセポネから通うが良い。」


 そこで俺はあることを思い出して進言をした。


「ルキフェル、俺からも願いがあるんだが聞いてもらえるだろうか?」


「む……今回の件で、ケイは十分すぎるほどの働きをした。我にできることであれば聞き入れてやるぞ。」


「俺からの結婚祝いということで、エリシオンとペルセポネの酒をゲートを使って運ぶことは出来ないだろうか?」


 ルキフェルは少し考えたが、俺に問いかける。


「確か……フォラスからの報告ではシレーニの息子が配達役としていたと思うが、その者の了承を取らなくて良いのか?」


「彼は今、フォラスの店で《寝技》の達人として働いていましてね……エリシオンには帰りたくないそうなのです。また、酒が有名になれば、それを安全に運ぶ手段も必要になると思うんです。」


 アレトゥーサがフォラスを冷たい目で見つめた。


「呆れた……兄さんを引き抜いたのね。父さんはあれで、あの人のことを信頼していたからこそ配達を任せていたのに。」


 フォラスが俺にすがるよう目で見てくるので、仕方なくフォローする。


「アレトゥーサがシレーニの酒の才能を受け継いだように、ファウヌスは()()()()()()()()があるんだ。俺からシレーニへそれを伝えるから……許してくれないかな。」


 フェンリルもアレトゥーサに優しく伝えた。


「あの糞爺は性格は悪いが、技量がない奴に仕事をさせるほど愚かではない。あいつの目に留まったってことは、ファウヌスに才能があったってことだろうな。」


 アレトゥーサがため息をついた後、苦笑しながら頷いた。


「ケイにはお世話になったし、夫になる人のお願いとなれば仕方ないわね……それに、確かに兄さんはそういった仕事のほうが性に合っているわ。」


 ルキフェルがホッとした顔で俺達に告げる。


「さて……そういうことであれば、フォラスに酒を運ぶ手配をさせよう。」


 フォラスは神妙な顔で頷くと、フェンリルに何かを耳打ちした。

 そして、煙のように消えてしまった。

 アレトゥーサが胡乱げな顔でフェンリルに問いかける。


「いったい何を耳打ちされたの?」


「有翼の亜人を使えば、亜人の雇用事情も改善できて一石二鳥だと言ってきやがった……まったく食えない爺だよ。」


「呆れた……結局こっちに全部押し付けてきたわけね。」


 フェンリルは静かに首を振って、微笑した。


「いや、確かにあの爺の言うことも一理ある。仕事がなければ食えねえから、そういったことを与えるのも、亜人の統括をする第一歩かもしれねえな。それに、配送するための籠や荷台は用意するようだから、目一杯請求してやろうぜ。」


 前向きに将来を見据え始めた二人を見て、ルキフェルがおもむろに、俺の作った《QC工程図》や《作業手順書》を取り出して、アレトゥーサに優しく話しかけた。


「そなたは、あの酒蔵を増設する気はあるか?」


「それはもちろん……出来ることならしたいとは思っております。」


「では、我が許可するので酒蔵を増設するが良い。費用などはフォラスに持たせよう……それがあの者への一番の懲らしめになるだろう。」


 そこまで話したところで、ルキフェルが俺に言った。


「さて、シレーニとナベリウスに見合いがうまくいったことを伝えねばならぬ。ケイとアリシアにその役目を任せるぞ。」


 俺とアリシアは頷いて、すぐにゲートを通ってエリシオンの街へと向かうのだった。



 * * *



 エリシオンの町に着くと、シレーニとサルマキス、そしてナベリウスが駆け寄ってきた。

 俺が、フェンリルとアレトゥーサのお見合いがうまくいったことを伝えると、シレーニは飛び上がって喜んだ。


「あのアレトゥーサが……いったいどんな魔法を使ったのかは知らねえが、よくやってくれた。感謝するぜ。」


「いえ、二人とも本質はあまり変わらなかったので、すれ違ったところを直しただけに過ぎないです。」


「それを直せる奴は少ねえよ。特にあの二人は明らかに頑固だから、人の話とかはあまり聞かないからな。」


 ナベリウスがお座りをして、俺に深く頭を下げた。


「そういえば、ケイ殿はフェンリルの親友だったな……あいつが私に言っていたよ、転生者は嫌いだったが、今度の奴は全く違ったと。内心では私も転生者について思うところがあったが、今回の件でお主のことを認めざるを得なくなったな。」


 そして、俺に頭をもたげてきた。


(なんだ? これはどうすればいいんだろうか……)


 俺が不思議そうな顔でナベリウスを見ていると、アリシアが耳打ちした。


「頭を撫でてあげてください。彼らの信頼の証といったところです。」


(おお!? なるほど……そういえば、アリシアが頭を撫でていたな)


 俺は、アリシアが前にしていたように均等に三つの頭を優しくなでた。

 思ったよりも毛は柔らかく、いつまででも撫でていたいような気持よさを感じる。

 余りにも長く撫ですぎてしまったせいか、ナベリウスが気持ちよさそうに寝入ってしまった。


(あ……しまった……つい気持ちが良くって)


 アリシアが驚いた顔でナベリウスを見て言った。


「そんな!? ナベリウスが寝入ってしまうなんて……」


「えっ……普通はこうなるんじゃないの?」


「いえ、ナベリウスはお父様の親衛隊長を務めたほどの真面目な武人だったそうです。そして、何があっても三つの頭のどれかが目を覚ましているということで有名なんですよ。」


「そうなんだ……すごく撫で心地が良かったなぁ。上等な毛布のようなさわり心地だったよ。」


 俺は昔、実家で飼っていた犬のことを思い出した。


(そういえば……こんな感じで撫でていたら、いつの間にか眠っていたな)


 俺はナベリウスを優しく撫でながら、シレーニとサルマキスに告げる。


「そういえば、ファウヌスがペルセポネの接待の店で活躍しているんですよ。なんでもサキュバスすら満足させることが出来ると一目置かれているんです。彼はそちらの方を本業したいと言っているんですが……どうか許していただけないでしょうか?」


 サルマキスは驚いた顔をして、素っ頓狂な声を上げた。


「なんですって……ファウヌスがペルセポネでホストをしているの!?」


 そして、シレーニと手を取り合って喜んでいる。


「なんてこった! あいつ、サキュバスすら満足させるほどに成長していたとは……今日はお祝いだな。」


「そうね……酒の配達なんてさせるのはもったいないわ。ファウヌスにしっかりと頑張るように言ってくださいな。」


(そういえばこの夫婦って、性欲の塊だったもんなぁ……)


俺はホッとしながらも、いろいろな意味で残念な二人を見て思わずため息をつく。

ナベリウスはそんな俺の気も知らず、甘えるようにそれぞれの頭をすりよせてくるのだった。

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