色欲のファウヌス
深夜になったので、俺とアリシアは《女豹》を後にする。
アリシアは少し酔ったのか、陽気な顔をしながら俺に抱き着いてきた。
「フェンリルとアレトゥーサのお見合いがうまくいってよかったれすねぇ。」
「そうだね。元々、気が合いそうな二人だったから、きっとうまくいくとは思っていたんだよね。」
千鳥足となったアリシアを支えながら広場に出ると、《ジャック・オ・ランタン》が陽気に客引きをしている声が聞こえてきた。
「さあ~淑女でも熟女でもいらっしゃいな。当店に彗星のように現れた最強の下半身を持つ男、《色欲のファウヌス》が貴女達を天国に導いてくれますよ。
(えっ……ファウヌス!? どういうことだ?)
俺は、表通りにある一際派手な店の看板を見ると、あのファウヌスがど派手な衣装とともに下半身を強調して笑っている姿が描かれていた。
俺の背後からフォラスが音もなく現れ、耳に息を吹きかけてきた。
「ひゃあぁぁぁぁ!? 何しやがるエロ爺!」
「あの若者は女が好きでたまらないというのでな。試しに、儂が経営する接待の店にインキュバスと共に働かせてみたのじゃ。そうしたら……サキュバスですら満足させるという、恐ろしいまでの性技の持ち主じゃった。」
(この爺……ホストクラブを経営しているのかよ……)
訝しげな目でフォラスを見る俺に、アリシアが明るい声で告げる。
「フォラスは特別な武術を持った人をここで働かせているらしいです~なんと……《寝技》という武術があるそうで、異性の骨を抜き取ってしてしまう凄い技らしいですぅ……どんな技なんでしょうね?」
(それ……絶対に武術じゃない!?)
フォラスが好々爺のような笑みを浮かべて、アリシアに話しかける。
「お嬢様……もう、夜も更けておりますので、城にお戻りになるのがよろしいかと。」
アリシアはキッと真面目な顔をしてフォラスにのたまった。
「わらしはもう三百歳を超えているのですぅ。いつまでも子ども扱いしらいでくださぃ~」
(うん……早く城に帰ろう)
俺がアリシアを連れてその場から立ち去ろうとすると、フェウヌスが店から出てきてしまった。
「これはフォラス様。今日もしっかりと仕事をしてますよ。 おや? アリシア様と……ええと、誰だったかな。」
「ケイですよ。酒蔵の配達しなくて大丈夫なんですか?」
「ああ……そんな仕事はもうする気はないね。もう問題も解決しているみたいだし、酒蔵は妹に任せて、俺はここでずっと働くことにするよ。」
(こいつ……まったく反省してないな)
店からフォラスとファウヌスを呼ぶ声が聞こえてくる。
「フォラス様、ファウヌス様……貴賓の接待をしなければならないので、戻ってきてはくれませんか?」
「こう見えて、俺は忙しいんでな。それじゃ親父によろしく伝えといてくれ。」
ファウヌスは言いたいことを言って、フォラスと共にまた店の中へ戻っていく。
俺はちょっとイラッとしたが、彼の才能を活かせる天職に巡り合えたのだろうと考えなおし、さっくりとその場を離れることにした。
アリシアが少し不満げな顔で俺に話しかける。
「ケイは少し優しすぎるのではないですかぁ? 元はといえば、ファウヌスが配達をしっかりしなかったことから始まったはずなのにぃ~」
「そうかもね。でも、そのおかげでシレーニの酒蔵が改善されて、フェンリルも良い人と結婚できるようになったから良いんじゃないかな。」
「でも……それじゃ前世とあまり変わらないんじゃないですか? 」
俺は、アリシアを優しく抱きしめてささやいた。
「前世とは違うよ……こうやって俺を労ってくれる優しい彼女がここにいるじゃないか。それだけで、前世頑張ったことが十分に報われた気がするんだ。」
アリシアが嬉しそうに俺を見つめるが……
周囲の《スカルヘッド》や《ジャック・オ・ランタン》が俺達を囃し立て始めた。
「こんな夜更けだというのにお熱いね~雰囲気の良い宿はいかがかな?」
「いやいや……それよりも、二軒目に雰囲気の良い酒場などはどうでしょう。」
「馬鹿言っちゃあいけねえよ……極薄のあれを使ってしっぽりが一番でしょうが!」
結局、俺とアリシアは耳まで真っ赤にしながら、這々の体で城へと帰るのだった。
* * *
翌日、俺はアリシアと共にルキフェルに呼ばれた。
大広間にはフェンリルとアレトゥーサが既に来ており、ルキフェルとヒルデと談笑しているようだ。
俺達が玉座に近づくと、ヒルデが興味深げに水晶玉を見ながらフェンリルに話しかける。
「ついに身を固める気になったみたいで良かったわ。フローズが生きていたら、きっと喜んでいたでしょうね。」
「そうですね……親父もきっと喜んだと思います。こんなにも、俺のことを真っすぐに受け止めてくれる女性がいるとは思っていませんでした。」
ヒルデは悪戯っぽい顔をして、アレトゥーサを見た。
「この啖呵はなかなか出来るものじゃないわね。フェンリルって仕事はしっかりしているんだけど、こういった機微に疎いのよ。しっかりと手綱を握ってくださいな。」
アレトゥーサは恐縮しながらも微笑して頷く。
だが、フェンリルはいささか不満そうな顔をしている。
「俺は尻に敷かれるつもりはないですよ。男の威厳ってやつが……」
「何言っているのよ……私だって鬼嫁になるつもりはないわ! しっかりと自分で決めたことを貫いて、誠実にやってくれればそれでいいの。」
「そうか……俺はいつでもそうしているつもりなんだがな。」
「あんたは、もっと堂々としていればいいのよ。他の者がどうこう言われようが関係ない。私と貴方の中で、どういう家庭を築くかが大事だってことが、まだ分かってないの?」
フェンリルがぐうの音も出ないほど見事に論破されているのを見て、その場にいる者は皆、同じ事を考えた。
(こりゃ……完璧に尻に敷かれるな)
皆が吹き出しそうになるのをこらえている中、ルキフェルが微笑してフェンリルとアレトゥーサに告げる。
「さて……亜人の武人を統べるものとして、フェンリルには治安などを担当してもらっていたが、嫁を娶るとなれば、亜人全体の統括をしてもらわねばならぬ。亡きフローズの代理として庶務を担当していたナベリウスを補佐役とする故、しっかりと務めるが良い。」
フェンリルが平伏しながらも、焦った声でルキフェルに進言する。
「恐れながら……俺が未熟なせいで、未だに亜人の地位向上が出来ていない中、過分な褒美をいただいては周囲に対して申し訳が立ちません。」
ルキフェルは静かに首を振り手を叩くと、フォラスが表れて一通の書状をフェンリルに手渡した。
フェンリルはそれに目を通すと、驚きに目を見開きながらアレトゥーサを見る。
アレトゥーサが不思議そうな顔をする中、フォラスが説明を始めた。
「アレトゥーサの父、シレーニの酒蔵はルキフェル様のお墨付きを得たのじゃ。そして、アレトゥーサはその後継者としてすでに決まっておる。つまり、シレーニの酒を降ろす店をペルセポネの広場に出店する大義名分ができたということになるわけじゃな。」
俺はフォラスにどういう事なのかを聞くと、彼は笑みを浮かべて説明し始めるのだった。




