酒場でのお見合い
修練が終わった後、俺達は《女豹》に行くことにした。
なぜか部下達がぞろぞろとついて来ようとするので、フェンリルが一喝した。
「今日は形だけでも俺の見合いの日なんだから、ついてくんじゃねえ! 後日一緒に飲んでやるからそれでいいだろうが。」
リオンが笑顔でフェンリルの肩を抱いて問いかける。
「私は常連だから一緒に行っても良いですよね? 愛するパンテラの顔は毎日見ておきたいのです。」
「暑っ苦しいな……まあ、お前は仕方ないか。他の奴らは別の店行って飲んで来い。」
部下達が好奇の目で見送る中、俺達はペルセポネの街に繰り出すのだった。
* * *
ペルセポネの街では、相も変わらず《ジャック・オ・ランタン》と《スカルヘッド》が騒がしく客引きをしているが、彼らは目ざとくフェンリルとその傍らにいる美人を見つけて声をかけてくる。
「おお!? これは……あのフェンリルの旦那についに春が来たのかい?」
「こりゃめでてえなぁ! お嬢さん、お安くしとくので香水などはいかがかな?」
「てやんでい! うちの精力剤を買ってくんな。床上手はモテまずぜ。」
フェンリルが彼らを怒鳴りつける。
「俺がモテねえ男みたいに言うのはやめろ! 俺にだって女の一人や二人ぐらい……」
ドッと彼らが笑い始めた。
「馬鹿言わねえで下せえよ。美形のくせに女寄せ付けねえので有名な人が。」
「旦那が女連れで来たことなんて無いじゃないですか。」
「あんまりにも浮いた噂がないから、女嫌いかと思われてますぜ!」
アレトゥーサが興味深げな顔でフェンリルを見ている。
「へぇ~あんたって女嫌いだったんだ。」
「ちげえよ……ただ、いろいろと俺にも事情があるんだよ。」
フェンリルは複雑な顔をしながらも、リオンと一緒に花屋へ立ち寄って、スカルヘッドと何やら話している。
そして、ぶっきらぼうに俺達に声をかけた。
「こんな騒々しいところは、早く突っ切って《女豹》に行こうぜ。」
いそいそと路地に入っていこうとするフェンリルを見て、リオンが笑いをこらえている。
「隊長って分かりやすくて良いですよね……ありゃ照れ隠しですよ。」
(案外……フェンリルって初心のかな?)
彼に聞かれたら怒られること間違いなしなことを考えながら、俺達は急いで後を追うのだった。
* * *
路地に入ると、店主たちがこちらに駆け寄ってきて俺とアリシアの手を取った。
「ありがとよ。酒が届いたおかげで何とかなったぜ。」
「やっぱりケイは頼りになるねぇ……」
「アリシア様、今度ケイとうちの店にも来てくださいよ。」
そして、フェンリルの隣にいるアレトゥーサに気づいて、興味津々な顔をしている。
「おお! かなりの別嬪さんじゃねえか。」
「まさか……ついにフェンリルが女を作る気になったのか!?」
「おい! 明日は雨が降ってくるかもしれねえぞ。雨漏りに気を付けねえとな。」
フェンリルはアレトゥーサの手を強引にとって、《女豹》に駆け込むように入っていく。
俺達も慌ててその後を追って入店すると、パンテラが満面の笑みで出迎えた。
「よく来てくれたね! お酒の件、本当に助かったよ。」
先に店に入ったフェンリルとアレトゥーサを探すと、テーブル席にちゃっかりと座っている。
パンテラが呆れ顔で俺たちに言った。
「フェンリルと来たら、焦った顔で『一番目立たない席で頼む』と言ってきたの。だから思わず言ってやったのよ。『あんたと連れの別嬪さんみたいに目立つ容姿をしたのが地味な席に座ったら、余計に目立つでしょうが』って……もう見てられないから、強引に良い席に案内したわよ。」
俺達とアリシアはフェンリルとアレトゥーサがいるテーブル席に案内される。
リオンはカウンターに備え付けられた特別席に案内されているようだ。
フェンリルが少し硬い表情をしながら、冗談めかして言った。
「リオンの奴……パンテラと付き合うようになってから、カウンター席に固定になっちまったんだよ。なんでも、すぐに会話できるほうが良いって、パンテラが言ってくれたんだとさ。全く……熱々過ぎて見てらんねえよ。」
(まったく……フェンリルのほうが見てらんないよ)
俺は、パンテラに声をかけて土産の酒を手渡す。
「申し訳ないんだけど、今日は持ち込みさせてもらってもいいかな? 場を和ますのに最高の酒なんだ。」
彼女はラベルを見て噴き出した。
「ちょ……あっはははは! こりゃあ傑作だ。確かに、これは場を和ますのに最高の酒だねえ。私にも一杯くれるなら構わないよ。」
「もちろんだよ。むしろ、気に入ってくれたなら、路地で出回らせてほしいくらいさ。」
「ケイ……あんたも悪だねぇ。アリシア様はこれ知ってるのかい?」
「知ってるも何も、彼女が発案したんだよ。」
パンテラは、アリシアを見て笑みを浮かべた。
「いい趣味してるじゃないか。アリシア様のことがもっと好きになったよ。」
アリシアが嬉しそうな顔をする中、パンテラがショットグラスで酒を味見する。
「ほぅ……これは中々の上物だ! 値段が結構するんじゃないか?」
アレトゥーサが酒瓶を見て、あの酒が何かに気づいたようだ。
彼女は営業スマイルをしながら、パンテラに話しかける。
「このお酒は、路地に下ろしている蒸留酒よりも二割程度高いけれど、味は今までの上物と同じぐらいに仕上げたの。香りが華やかな原料を加えて三年ほど寝かせたお酒と、従来の古酒をブレンドして作ったものなのよ。」
「へぇ~お嬢さん、お酒に詳しいんだね。しかも値段まで知ってるって大したものじゃないか。」
フェンリルが少し焦ったような顔をして、パンテラに料理を頼み始める。
パンテラは面白いものを見るような顔をしながら、俺に耳打ちした。
「あいつってさ……女と付き合ったことがないから、どうして良いか分からなくなっちまってるに違いないさ。」
パンテラは俺に目配せをしてショットグラスを置いて行った。
俺はアレトゥーサにボトルを渡すと、彼女は慣れた手つきでフェンリルのグラスに酒を注いだ。
「うちの新作のお酒なのよ。よかったら飲んでみない?」
フェンリルがショットグラスの酒をあおるようにして飲むと、目を輝かせてアレトゥーサに問いかけた。
「なかなか良い酒だな……芋の蒸留酒特有の華やかな香りがするが、熟成されたまろやかさも感じさせる。この酒の名前はなんだ?」
アレトゥーサは悪戯っぽい笑みを浮かべて、フェンリルに告げる。
「《糞爺フォラス》って名前よ。ついでにラベルを見てみたら?」
フェンリルはボトルに貼ってあったラベルを見て大笑いした。
「あの糞爺……ついにやらかしやがったか。しかも、これは美味い酒だから、絶対に地上中に出回ること間違いなしだ。」
そして俺に笑いながら問いかける。
「ケイのことだから、アリシア様一筋で誘惑になんざ乗らなかったと思うが……これだけの良い女からの誘惑だったから、少しはぐらっとしたんじゃねえのか?」
「確かに抱き着かれた時は柔らかいと思ったけども、アリシアと初めて密着した時の感動に比べれ……もがぁ……」
そこまで言いかけたところで、アリシアが俺の口を全力で塞いだ。
アリシアが必死にアレトゥーサの方を見るように、目で伝えている。
思わず、アレトゥーサを見ると、彼女は眼を大きく開いて固まっていた。
フェンリルが不思議そうな顔でアレトゥーサに問いかける。
「どうした……なにか驚くようなことでもあったか? この店は清掃が行き届いているから、変な虫とかは出ねえはずだが。」
「なっ……何でもないわ。それより、気に入ったんならもう一杯飲みなさいよ。」
「注がれてばかりじゃ悪いから、今度は俺が注いでやるよ。酒蔵の娘だからいける口なんだろ?」
フェンリルがボトルを受け取ろうとして、うっかりアレトゥーサの手に触れると彼女は慌ててしまって、ボトルを手から落としそうになった。
彼は、ひょいとボトルをキャッチして、アレトゥーサに問いかける。
「あぶねえな……服に酒が引っかかっていないか? 気を付けねえといけないぜ?」
彼女は静かに頷くと、フェンリルはショットグラスに酒を注いだ。
俺達のグラスにも注いだ後、彼は笑顔で乾杯をする。
「今日はケイが俺から一本取った日と、お見合いの記念日ってことで乾杯だ!」
俺達が乾杯をすると、赤いスイートピーを髪に指したパンテラが料理を運んできた。
「今日は腕によりを振るったから、ゆっくりと楽しんでいってちょうだいね。」
(おっ……リオンはいいセンスしているな)
俺の視線に気づいたのか、彼女はカウンターにいるリオンを一顧して笑顔で告げる。
「リオンったら、花屋でいつもおすすめの花を買ってきてくれるのよ。」
「彼は生真面目だから、約束はしっかり守るタイプですもんね。」
「そうね……ただ、彼って目立つでしょ? だから、最近だと《筋肉の化身も惹かれる花屋》として有名になりつつあるんだって。」
(なんというか……商魂たくましいよな)
パンテラがテーブルに料理と水を置いてカウンターに戻る中、俺達は酒蔵での話をフェンリルに話す。
「ほう……基本は大事だが、確かに応用を利かせる際には敢えて基本を外してやってみるのはいいと思うな。」
「そうでしょう? 何も知らないで基本外すのは馬鹿げているけれど、分かったうえでどう違うのかを見るのは大事だからね。」
「修練でもそういった部分は大事でな。だから俺もケイに対しては基本をしっかり叩き込んだうえで、実戦で応用を利かせるような教育をしてるんだよ。」
「そうね……荒っぽいけれど、期待できる相手には要点だけ伝えてしっかりと考えさせるっていうのも、一つのやり方よね。」
(なんだか……結構うまくいっているんじゃないかな?)
フェンリルが少し真面目な顔をしてアレトゥーサに頭を下げた。
「初対面の際の非礼については詫びさせてもらいたい。俺はこの通り視野が狭いもんで、お前の表面的なところしか見ていなかった。実際にこうして話してみると、しっかりとしたお嬢さんだということがよくわかったよ。」
アレトゥーサが慌ててかぶりを振る。
「私だって、フェンリルに対して暴言はいてるんだからお互いさまでしょ。まあ、実際に修練の様子や街の人たちとの接し方を見て、悪い人じゃないってことはわかったわ。」
フェンリルは改まった顔でアレトゥーサの目をまっすぐに見て伝えた。
「俺はお前が嫌でなければ、見合いの話を受けようと思うが……一つだけ確認しておきたいことがある。」
俺達がフェンリルを注視する中、彼はとんでもない一言を言い放つのだった。
「アレトゥーサ……お前は、俺の子供を産むことに抵抗はないのか?」