アレトゥーサのお見合い
《QC工程図》と《作業手順書》、そして《視覚で見たほうが楽な作業を記録した水晶玉》が出来上がったので、シレーニとアレトゥーサに見てもらうことにした。
二人が出来栄えに満足する中、アレトゥーサは特に俺の作った《ストーリーブック》が気に入ったようだ。
「私はこの資料が気に入ったわ。新しい酒を作る際に、これを見ながらどう作用するかを考えるのに適している。それに……酒の製造に対する素人がこれを書けたというんだから、これ以上のものを作りたいっていう気持ちにさせてくれるのよ。」
その後、実際に運用して作業してもらって、感想を聞いてみることにしたが、概ね好評なようだった。
シレーニは大いに満足して、俺の肩を抱いて熱い吐息を吹きかけてくる。
「最初はファウヌスの間抜けのせいで怒り心頭だったが、おめえのおかげで助かったよ。アレトゥーサもずいぶんとましな感じになったようだし、ケイは俺の恩人だ。」
(ヒィィィィィ!? 吐息が暑苦しくて気持ち悪い……)
「いっ……いやあ……俺は自分ができることをしたまでなんで、気にしないでください。」
「あとは、ケイの体を堪能できれば最高だったんだが……あれ作っちまったしなあ……」
(へっ……あれって……何?)
アレトゥーサが悪戯っぽい笑みを浮かべて俺とアリシアに手招きをする。
「私ね、今回ケイさんとアリシア様と造った酒を限定品で出すことにしたの。銘柄は《愛の証》って感じね。」
そして、彼女が持つ水晶玉が光り始める……
なんか、昼ドラのような艶めいた曲が流れはじめ、エリシオンの酒場でアレトゥーサが抱き着いてきたところから、俺が恥ずかしいセリフを言うところまでがきっちりと録画されている。
そして最後のテロップに、『将来幸せになれば、過去も良い思い出に……今日一日の疲れを癒す一杯はいかがでしょうか? これで今日一日がすべて幸せな思い出に変わります』と映し出されていた。
俺は思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。
「そういう意味じゃねえぇぇぇぇぇ!? それが許されるのは、上司の理不尽な叱責を浴びまくった後、一軒目でキャバクラの若い姉ちゃんの柔わらくて瑞々しい肌を見て癒され、そんでもって二軒目でしっぽりとしたスナックへ行って熟女のマイルドなトーク聞きながら、年季の入った技術の水割り飲みながら懐メロを歌う自堕落なサラリーマンだけだ!」
シレーニが俺の耳元に息を吹きかけて甘い声でささやく。
「ケイは分かってるじゃねえか……若い奴の瑞々しい魅力もさることながら、老いが醸し出す枯山水のような禅の極致を味わうのも良い。そして、そして男も味わえるようになれば、俺の極致にまで達することができるぜ。」
「それは絶対に嫌じゃあぁぁぁぁ!? 俺は、アリシアだけで十分癒されるんじゃあぁぁぁぁ!」
アレトゥーサとアリシアがそんな俺たちを見て苦笑している。
「アリシア様的には、あれってOKなんですか?」
「すぐにテンパってああなっちゃうところも含めて、大好きですよ。」
「そ……そうですか、彼氏ってある意味良いものですね。」
耳ざとくそれを聞きつけたシレーニが思い出したように、アレトゥーサに告げる。
「そういえば、おめえに領主様のお孫さんとのお見合い話が来ていたなぁ……一応、顔立てる形で出てくれねえか?」
アレトゥーサが途端にそっぽを向く。
「確かにケイさんみたいな方もいると分かったけれど、その人って私よりもずっと年上なんでしょう? たとえ魔王軍の幹部といってもロリコンとかは嫌よ。」
俺とアリシアは顔を見合わせる。
「確か、パンテラがフェンリルのお爺さんがこの土地を治めてるって、言ってなかったかな?」
「そ……そうですね。フェンリルが急いでこの地を離れようとしたのって……」
そのとき、醸造所の外で大きな怒鳴り声が聞こえた。
「爺さん……いまさら俺に何を期待するってんだよ! ペルセポネの路地のほうが、俺には性に合ってるんだよ。」
俺たちが外に出ると、フェンリルが彼の二倍以上の大きさはあろうかという三つ首の狼が対峙していた。
三つ首の狼は美しい金色の毛並みをしており、どことなくフェンリルが金狼に変身した時に似ている。
美しいエメラルドの目をしている点というところもおそろいで、血縁があるということが一目でわかった。
アリシアが狼の前に進み出て、優しげに話しかける。
「ナベリウス……久しいですね。元気にしていましたか?」
ナべリウスは、その巨体に似合わない見事なお座りをして、アリシアに頭を差し出す。
アリシアは愛おしそうに彼の三つ頭を均等に撫でながら問いかける。
「少し騒がしかったようですが、何かフェンリルとお話でもしていたのですか?」
ナベリウスは困ったような顔でフェンリルを見る中、彼が複雑な顔をして俺に問いかける。
「シレーニの娘と見合いをしろと言われたんだが……噂では、美人だが昔っから男が大嫌いで、すごく性格がきつい女らしいじゃねえか! お前はその娘のことを知っているか?」
後ろから恐ろしい怒りのオーラを感じて、俺は冷や汗を流しながら答えた。
「俺が見る限り、とても良い娘さんだと思うぞ。向上心に溢れているから、フェンリルと気が合うんじゃ……」
俺が最後まで言い終わる前に、アレトゥーサが俺を押しのけて、フェンリルに言い放つ。
「私がその男嫌いな女よ! 自分がきつい女だってわかっている……でも、ガサツな狼男のオッサンになんかに言われたくないわ。」
「オッサンだとぉ……ちょっと美人だからっていい気になるなよ!」
ナベリウスとシレーニが困ったような顔で二人を見る中、フォラスが横から口を出した。
「そういえば、フェンリルとアレトゥーサはケイに借りがあるんじゃろ? ここはひとつ、彼の顔を立てて少し話を聞いてみるのはどうかの?」
その場にいる者達が俺を注視する中、俺は少し考える。
(何だかんだで、この二人って相性良いかもしれないな)
フェンリルとアレトゥーサは向上心があり、誠実な者を好むといった点で共通している。
ただ、お互いがそうであることに気づいていないだけなのだ。
俺はフェンリルの肩をやさしく叩きながら、アレトゥーサに提案する。
「こう見えてフェンリルは酒の味がよくわかる奴なんだけどさ……折角だから、君が作ったお酒を飲ませてやってはくれないだろうか?」
アレトゥーサは逡巡していたが、俺の顔を見て頷いた。
「そうね……私の噂や性格だけ見られて侮辱されるのはあまりにも悔しいから、私が作ったお酒を飲んでもらうわ。」
アレトゥーサは大股歩きで醸造所の中に消えていく。
フェンリルが歯ぎしりをしながら、俺の頭を両手で掴んで問いかける。
「ケイ……なんで見合いが継続する方向で進んでいるんだ? 俺は了承してないぞ!」
「フェンリルらしくないよな……修練の時は『表面だけ見て分かった気になるんじゃねえ! 体動かして本質を見極めるんだよ』ってよく言ってるだろ?」
酒を持ってきたアレトゥーサが興味深そうにフェンリルに話しかけた。
「仕事中は結構まともなことをいうのね。まあいいわ……これが私が作ったお酒よ。酒に詳しいっていうんなら味わってごらんなさいな。」
フェンリルは無言でアレトゥーサから酒の入ったグラスを受け取って飲み始める。
彼はとても美味そうに酒を飲みほした後に、彼女に謝罪した。
「確かに大した腕だ……味もさることながら、香りも素晴らしい。俺の目が節穴だということは認めよう。」
「ケイさんの言う通り、酒に対する見識は確かにあるようね……ガサツといったことについては謝罪するわ。」
場が和み始めたところで、俺はナベリウスとシレーニに深く頭を下げる。
「すみません……ちょっとお孫さんと娘さんをお借りしたいんですけどいいですか? 俺とアリシアとあの二人で少しゆっくりと話でもして親睦を深めたいんです。」
彼らが俺の申し出を快く受けたため、俺はアリシアに耳打ちする。
「あの二人はきっと良い関係になれると思うのさ。だから協力してくれないか?」
「恋の架け橋となるんですか。素敵ですね……」
俺は、フェンリルに声をかける。
「せっかくだから、アレトゥーサにフェンリルの仕事風景も見てもらおうぜ。見合いなんて堅苦しい形じゃなくって本来の姿を見てもらったほうが良いだろう?」
フェンリルは呆れた顔で俺を見た。
「ケイ……お前にやっている修練を他の奴らに見せたら、普通の女性はドン引きするぞ? まあ、それで諦めるならそれもありか。」
こういうのは勢いが大事だと思った俺は、アリシアに頼んでゲートを開いてもらう。
そして、半ば強引にフェンリルとアレトゥーサを、ペルセポネの修練場へ連れていくのだった。