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路地の店からの依頼

 キキーモラとシルキーの一件から数日が経った。


 今日も地獄の修練を終えた俺は、キキーモラからタオルをもらう。

 箒に付けられた紺レースををチラチラと見ている彼女に優しく声をかけた。


「箒のレース、きれいに結んでありますね。似合っていますよ。」


 キキーモラが嬉しそうな顔で俺にタオルを押し付ける中、フェンリルが笑みを浮かべて俺の肩をたたきながら彼女に告げる。


「そのメイド服とよくマッチしているな……さすが姐さんといったところか。お前らもそう思うだろう?」


 亜人たちがタオルを貰いながら、箒を興味深げに見つめた。


「確かにそうだな。落ち着いた感じがして前よりよさそうに見えるぜ。」

「そういや、シルキー達もシルクのスカーフを箒に巻いていたな。」

「なんにせよ、華やぐのはいいもんだぜ。」


 キキーモラが機嫌よくタオルを渡していく中、リオンが俺とフェンリルの肩に腕を絡ませてくる。


「ケイ殿、隊長! 今日よかったら一緒に《女豹》行きませんか? もちろんアリシア様も誘いましょうよ。」


 俺が笑顔で頷く中、フェンリルは頭を掻きながら苦笑する。


「暑っ苦しい奴だな! 行ってやるから、まずは風呂に入ってこい。」


 リオンは駆け足で脱衣場に走って行く。

 フェンリルは俺の頭をくしゃくしゃに撫でながら、キキーモラを見て微笑した。


「あいつらが、ああやって気分良く仕事をしてくれるようになって安心したぜ……いつもすまねえな。」


「別に構わないさ。俺の前世はそんなことばかりしてたから、むしろその経験が活かせてうれしいんだ。」


「ケイは本当に変わっているな。転生者がみんなこんな風だったら世の中もう少し生きやすくなっているんだけれどな。」


(そういえば、なんでこの世界の転生者って、脳筋や固定観念強い奴ばかりが来るんだろうな?)


 そんな疑問が頭によぎりかけたが、フェンリルから『風呂入って早く《女豹》に行こうぜ』という声で吹き飛んでしまった。

 俺は笑って頷くと、すぐに更衣室へと向かうことにするのだった。



 * * *



 風呂に入った後、アリシアを飲みに誘うと、彼女は少し困惑した顔をした。


「私はこの前、かなりだらしない姿を晒してしまいましたが、皆さん気にしてませんか?」


 俺は彼女の手を取って笑いかける。


「大丈夫だよ。酒の席での失敗なんて誰もが一度はするもんだから、そういうのを重ねてみんな一人前の酒飲みになるのさ。」


 ついでに、昔やらかした恥ずかしい話もしてあげることにした。


「俺も若いころは飲みすぎて、薬屋の前にあったカエルの置物に『なんてすべすべな肌なんでしょう! お嬢さん、俺とひと晩付き合いませんか?』なんて口説いちゃったもんだからさ……その日以来、俺の机に蛙グッズがなぜか置かれまくるということがあったりしたよ。」


 アリシアが俺の体験談に思わずクスクスと笑い出す。


「もう、ケイったら……私よりもずっと恥ずかしいことをしてるんですね。」


 彼女が乗り気になったようなので、俺達はフェンリルとリオンと共にペルセポネの街に繰り出すことにした。


 相も変わらず、《スカルヘッド》と《ジャック・オ・ランタン》が陽気に客引きをしている中、周囲の魔物達が俺とアリシアをじろじろと見ている。


(なんだろう、俺達の顔に何かついているのかな?)


 そして、花屋の前を通りかかると、スカルヘッドが大声で叫びだした。


「はい、皆さんご注目……この二人こそが真実の愛のために呪われた宝石花を手にした、真の恋人同士なんでごぜえます!」


「へっ……何!?」


 俺が思わずショーウインドーを見ると、俺とアリシアの像が中に飾られていて、宝石花のレプリカが彼女の像の髪に刺されている。

 しかも水晶玉で、例の宝石花を手に取って気絶した場面から『アウトォォォォォ!?』と叫ぶところまで、ばっちりとループ再生されているのだ。


(というか、俺が黒の下着が好きだってところとかはカットしてくれよ)


 俺の思惑はともかく、周囲の女性達がアリシアに詰め寄って、髪に挿された宝石花を見つめている。


「なんて美しいんでしょう……羨ましいですわ!」

「あの噂なんて信用ならないものね……あんなふうに愛されてみたいわ。」

「オベロン様の言った通りだったんだわ! なんて素晴らしいお話かしら。」


(そっか……アリシアの誤解が少しずつ解けて行っているのか)


 どうしていいのか解らず戸惑っているアリシアの手を取って、俺は微笑して静かに頭を下げた。

 そして、ちゃっかり花を買ったリオンとフェンリル達と共に路地のほうに入っていく。

 女性達はそんな俺達のことを微笑まし気に送り出してくれたのだった。



 * * *



 フェンリルが俺の肩をバシバシたたいて笑みを浮かべた。


「おお、色男は辛いねぇ。もう町中にケイ達の熱々ぶりが知られちゃってるんじゃねえか?」


「あ……ははは、そうかな? でも、アリシアに対する誤解も解け始めているみたいで、うれしいよ。」


 フェンリルがアリシアの方を見ながら俺に耳打ちをした。


「どちらかというと、それはケイの力だ。前に出回った婚約の映像を見た奴らは、アリシア様がお前をこの世界に連れてきたことを知っている。その上、お前がいろいろと身を尽くしてあの方の為に何かをする姿を見れば、あの二つ名が誤解だって解るものさ。」


 そして、笑みを浮かべて俺の頭をかき回した。


「お前はあまり気にしていなかったかもしれないが、家事を担当するものは様々な種族と関わるんでな。あいつらの話は色々な所に伝わっちまうのさ。オベロンも一噛みしてやがったが、キキーモラやシルキーの支持を得ているのはとても大きいと思うぜ。」


(そ……そうだったのか……地雷を踏み抜かないでよかったよ)


 今更ながらに少し危ない橋を渡っていたということが分かって、俺は心底胸をなでおろす。

 その時、路地にいる店から店主達が飛び出してきた。


「あんた、この前は天秤の話をありがとよ! ちょっと、困ったことになっちまったんだよ……来てくれねえか?」


 何事かと戸惑う俺達の前に、パンテラが一人の亜人を引きずってくる。


 どこか酒臭いその亜人は、頭にヤギの角を生やした茶髪の若い男で、とても愛嬌のある顔だ。

 少し浅黒い肌で筋肉質の上半身と、ヤギのような二本足をしているが、なんといっても目を引くのはその股の間にあるイチモツの膨らみだ。


(男として……あんなに立派すぎると、満員電車とか乗ったら間違いなく痴漢と騒がれるレベルだな……)


 そんな彼は、さっそくアリシアを口説こうとした。


「えへへ……お嬢さんとってもきれいじゃないじゃないか。俺と一晩一緒に付き合わないかい?」


 腰をいやらしくくねくねと動かす彼のことを、アリシアはドン引きしながら眺めている。

 俺は彼とアリシアの間に割って入って静かに告げた。


「悪いね、アリシアは俺の彼女なんだ。」


 男はアリシアの名前を聞いた瞬間に、青ざめて飛び下がった。


「ヒッ……あの《男殺し》が何でこんな路地に……助けてくれ! 俺の命がなくなっちまう!?」


 俺が思わず彼に詰め寄ろうとした瞬間、パンテラが彼の頬を思いっきり張った。


「ファウヌス、なんていうことを言うんだい! この界隈じゃケイとアリシア様は友人であり恩人なんだ。いくら酒を収めてくれる《サテュロス》だとしても、ふざけたことを言っていると協力なんてしてやらないからな!」


 アリシアが驚いて目を見開く中、パンテラが彼女の手を取って誤った。


「すまないね……噂が本当でないってことが、中々浸透しづらくって。少なくともこの界隈ではアリシア様のことを悪く言うやつはいないから安心しな。」


 アリシアの目から涙が流れ始める。

 戸惑うパンテラを彼女は抱きしめて、嬉しそうに告げた。


「パンテラさん……ありがとうございます。本当に、ありがとう……」


 優しげな顔でパンテラはアリシアの背中をなでながら、ファウヌスを睨み付けた。


「このろくでなし! お前のせいで私らは商売あがったりなんだ。早くケイに事情を説明しな。」



 先ほどのナンパの勢いはどこへやら、ファウヌスはしゅんと沈んだ顔で愚痴をこぼすように話し始めるのだった。

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