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不屈の才

 次の日、俺が修練場に行くとフェンリルが笑顔で出迎えた。


「ケイ、昨日の礼とリオンから一本取った褒美に、技を一つ教えてやろう。」


「えっ! それはうれしいな。何を教えてくれるのかな?」


 彼は俺に武器を具現化させると、修練場の中央に立たせる。

 そして、不意打ち気味に魔力を込めた強烈な蹴りを放ってきた。

 思わず、斧槍の柄で蹴りを受け止めるが、耐え切れずに吹っ飛んだ。


「痛てて……いきなり何をするんだ。」


 フェンリルは俺に笑みを浮かべて告げる。


「今のが、普通の防御した場合だな。俺の蹴りは効くだろう?次はゆっくりと蹴ってやるから、武器に魔力を込めて俺の攻撃を打ち消すイメージで叩き付けるんだ。」


 俺は立ち上がって、再び修練上の中央に戻る。

 いつの間にかに集まってきたフェンリルの部下たちが、俺に声援を送ってくれた。


「隊長の一撃は痛えから、しっかりとやるんだぞ!」

「腕吹き飛ばされないよう気をつけろ!」

「ケイは死なないから大丈夫だ! 死ぬ気でやるんだぞ。」


(なんというか、やばい予感しかしないぞ……)


 励まされているかどうか解らない声援を背に、俺は斧槍に魔力を込めてフェンリルの攻撃を待ち受ける。

 フェンリルがニタリと笑って金狼に姿を変えると、嬉しそうな声で俺に宣告した。


「俺も最近は、あまり魔力全開で蹴ることが出来なかったからなぁ……ゆっくりは蹴ってやるが手加減はしねえぞ。」


(イヤアァァァァ!? どう考えても普通に防御したら、体が消し飛ぶコースじゃないですか!)


 彼は先ほどより少し遅いけど、桁違いに魔力が大きい回し蹴りを俺に放ってくる。

 俺は無我夢中で、斧槍に魔力を込めて斧を振るった。


(蹴りの魔力に俺の魔力を合わせる……ここだ!)


 その瞬間、彼の脚から魔力が消え去って、斧の部分に通常の立ち合いと同じような衝撃が走る。


(おおっ! これは凄いな……あの攻撃が打ち消せるなんて)


 周囲からの歓声が沸く中、俺はそのまま石突で彼の腹に一撃入れようとしたが、フェンリルは凄惨な笑みを浮かべて叫んだ。


「一撃防いだくらいでいい気になってんじゃねえ!」


 彼は俺の斧槍の柄を裏拳で弾き飛ばし、がら空きになった腹に渾身のボディブローをかました。

 あまりに強力な一撃を受けた俺は、空へ舞い上がって頭から修練場の地面に叩き付けられる。


(痛てえぇぇぇぇ……やっぱこの人容赦ないよ……)


 あまりの痛さにみっともなく地面をのたうち回っているのに、周囲の部下たちが驚いて固まっていた。


「おい……まじかよ、あの攻撃を打ち消しやがったぞ。」

「隊長の蹴りを打ち消した上に、反撃しようとしただと!」

「まだ一ヶ月ちょっとしか修練していないのに、恐ろしい奴だ。」


 リオンが笑顔で俺に抱き着いてきた。


「ケイ、凄いじゃないですか! フェンリル様の本気の蹴りだったのにそれを防いだんですよ。」


 彼はあまりに興奮していたのか、力いっぱい俺を抱きしめてくる。


(うおぉぉぉぉぉ!? 肋骨折れてるんだってば! もうちょっと加減をぉぉぉぉ……)


 俺はフェンリルの拳よりも、リオンの抱擁のほうがきついと思いながら、白目を剝いて気絶するのだった。



 * * *



 頭からバケツの水をかけられて目を覚ますと、リオンが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。


「すみません……つい嬉しくって、力いっぱい抱きしめてしまって。」


 フェンリルが呆れた顔で、リオンの頭をベシッと叩く。


「馬鹿かお前は! その有り余る筋肉をよく見てみろ。お前の馬鹿力で抱きしめられたんじゃ、ケイの骨が折れてなくっても気絶するだろうが。」


 そして、頭をかきながら笑顔で俺の肩に優しく手を乗せた。


「初めてで、よく俺の攻撃を打ち消したな……あの感覚を忘れるなよ。」


 俺はなんだか嬉しくなって、静かに頷く。

 だが、幸せな気持ちはそこまでだった……

 フェンリルが、部下達に向かってとんでもないことを言い出したからだ。


「まぐれかもしれないが、後輩が技を覚えかけているんだから手伝ってやるのが先輩ってもんだよな? 三人一辺に攻撃を仕掛けて、感覚を慣れさせる。どうせ不死身なんだから手加減は必要ねえぞ。 遠慮なくぶちかましてやれ!」


 周囲の部下たちが嬉々として列を作って、武器を具現化したり、魔法を放つ準備をしている。

 俺は背筋が凍るような気持になった。


(完璧に魔法とか魔剣の練習台に使おうとしていやがる。一人ならまだしも、複数とか絶対に地獄コース確定じゃないか……)


 念のために、俺はフェンリルに確認する。


「冗談だよね? 誰かさんの全力のパンチで、まだ俺、思いっきり痛みが残ってるんだけど……」


 途端に彼は厳しい教官の顔になって、俺を怒鳴りつけた。


「なにを寝ぼけたことを言ってるんだ! こういうのは最初が肝心なんだ。さあ、自分の不死身に感謝しながら何度でも殺されるつもりで行ってこい。」


(やっぱこの人は、鬼だ……鬼教官だ)



 俺は仕方なく、修練場の中央に進み出る。

 そして、周囲で笑っている奴らに向かって、半ばやけくそ気味に叫んだ。


「フェンリルの蹴りに比べれりゃ怖いもんなんてないさ。いくらでもかかってきやがれ!」


 俺に言われるまでもなく、三方から亜人達が襲い掛かってくる。

 正面からは巨大な斧を持ったオーガ、側面からは美しいハーピーの娘、そして背後から天狗が同時に攻撃を仕掛けてきた。


 オーガが正面から斧を振り下ろしてくるが、さすがにそれは楽々と捌いて石突で吹き飛ばす。

 だが、すぐに側面からハーピーの鋭利な羽根が無数に飛んでくる。

 必死でそれを防いでいる間に、天狗からの風の刃を食らって俺の体に無数の傷を負わせた。


「ぐわあぁぁぁぁ!? 痛えぇぇぇぇ!」


 激痛に思わず叫んでいる間に、ハーピーの羽が全身に突き刺さって俺は地面にもんどりうつ。

 そして、先ほど吹き飛ばしたオーガが厭らしく笑って、俺の胸に斧を思いっきり振り下ろした。


 遠のく意識の中、フェンリルが叫ぶ声が聞こえる。


「馬鹿野郎、何を突っ立ってやがるんだ! 攻撃防ぐだけじゃなくて、しっかりと避けて反撃すんだよ。」


(そんな無茶な……あっ……もう駄目……)


 結局俺は、そのまま三対一の立ち合いを繰り返してはボコボコにされて気絶することを繰り返した。

 その後二十回以上は気絶した回数を数えたが……

 それ自体が無意味なことに気付いた時に、リオンと立ち会った時のことを思い出した。



 ――攻撃を受け流しながら反撃をしたからこそ、一本とれたんだ。


(そうだよな、全部攻撃を受け止めればいいなんて言うのは傲慢だ。いつから俺はそんなに強くなった気になっていたんだろうか)


 俺の目を見たフェンリルが微笑して、一番最初に立ち会ったオーガとハーピー、そして天狗を呼び出した。


「今日はこれで最後だ! 思いっきりケイを叩き潰してこい。」


 彼らは頷くや否や、俺に向かって襲い掛かってくる。

 オーガがまっすぐに俺に斧の薙ぎ払いを仕掛けようとしたが、俺は一気にオーガとの距離を詰めて後ろ回し蹴りを頭に放った。


 ハーピーが援護のために羽を飛ばしてくるが、俺は身を翻してそれを躱す。

 羽が飛んでくる軌道を予測しながらジグザグに動いて彼女へ突っ込んでいく。

 さらに天狗が風の刃を放ったのを感じた俺は、斧槍を地面に突き刺すことで強引に方向を変え、ハーピーの同士討ちを誘った。


 俺の試みは上手くいき、ハーピーは風の刃を食らって倒れ伏した。

 動揺した天狗に向かって飛び込んでいくと、反撃の風の刃が俺を襲う。

 だが、一対一ならばさほど恐れることはない。


 俺は、風の刃に向かって次々と斧槍を振るって相殺していく。

 ついに彼の懐に潜り込むと、強烈な薙ぎ払いをぶち当てて気絶させた。



 フェンリルが笑いながら俺に近づいて、バシバシと肩を叩いた。


「ようやく気付いたようだな。防御を教えたからって、馬鹿みたいに守ってばかりじゃやられちまう。しっかりと攻撃に絡めてこそ防御も活きるってもんさ。」


 そして、優しい声で耳打ちをした。


「ケイ……お前の真の才能は《不屈の才》だろうさ。リオンですらこの訓練を超えるのに、一月はかかった。だが、お前は何度死にかけても状況を打破しようとして、一日で乗り切りやがったんだ。そういう奴は強くなれるぜ。」


 俺が嬉しそうな顔をすると、フェンリルは気恥ずかしげな顔になり、部下たちに向かって叫んだ。


「今日の修練はこれで終了だ。上着脱いでタオルもらったら袋に入れるんだぞ! それじゃあ解散だ。」



 亜人達が上着を脱いできちんと篭に入れ、タオルを取って更衣室に戻っていく。

 俺もそれにならって上着をかごに入れようとしたときに、腕を掴まれた。

 思わず、その先を見ると《キキーモラ》のブルームが血走った眼で俺を見ている。


(えっ……俺、なんか彼女にしたっけな?)


 戸惑う俺に、彼女は憤懣やる方のない顔をして叫んだ。


「ケイ様にお願いがあるの! 私達の大事な箒を……あの泥棒猫があぁぁぁぁ!?」


 ブルームのあまりの剣幕に驚きながらも、俺は彼女の話を聞くことにするのだった。

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