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フォラスの一番弟子

 深夜のペルセポネの街は、夕刻に比べて少し落ち着いた雰囲気になっていた。


 大通りには死霊や吸血鬼のような光を好まない者が多く歩いており、相も変わらずカボチャや骸骨が陽気に客引きを行っている。


「ん……ううっ……ここは?」


 俺におぶさっているアリシアが目を覚ましたようで、少し熱い吐息が耳にかかってくる。


「大丈夫かい、アリシア? 城までもう少し我慢してくれよ。」


 アリシアは、少し酔いが醒めてきたようで、自分が今どういう状況だか分かり始めたようだ。


「えっ……きゃあぁぁぁぁ!? ごめんなさい、私こんな……」


 彼女の素っ頓狂な叫び声に、周囲にいる死霊が一斉にこっちを振り向いた。

 俺は仕方なくアリシアを降ろして、周りに頭を下げる。


「俺が少し飲ませすぎてしまったんで……お騒がせしてすみません。」


 死霊達はやれやれという顔をして、静かに俺たちの周りから離れていく。

 だが、一人の立派な死霊がふわりと浮きながら、こちらに近づいて来た。

 非常に年季が入っている黒地のローブを深く被っており、手には何かの骨で作られた巨大な鎌が淡く輝いている。


 よく目を凝らしてみると、ローブの中は半透明だがしっかりとした人の姿をしていた。

 美しい青髪とサファイアのような青い目、そして綺麗な青白い肌は恐ろしさというよりは、艶やかさを感じさせる。


 彼女は優しげな笑みを浮かべて、見た目に反した明るい声で俺達に話しかけてきた。


「こんな夜更けにずいぶんと騒がしいと思ったら、アリシアとケイじゃないの。こんな夜更けに出歩くとは、ルキフェル様の目を盗んで逢引をしているのかしら。」


(ん? 俺の名前を知っているということは、また幹部の人かな)


 俺は、死霊に丁寧に頭を下げて訊ねる。


「申し訳ありませんが、就任式の時に気絶してしまい、貴方のお名前を聞くことができなかったのです。差支えなければ、お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 女性は静かな声でクスクスと笑って、俺の肩に手をのせた。

 半透明ながらも触れられた手に確かな触感を感じて不思議な気持ちになる中、彼女はアリシアの胸元を見て悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「アリシアったら……彼氏ができると大胆になるものね? お姉さん、少し焼けちゃうわ。」


 アリシアが第三ボタンまではだけたシャツを見て、酔った時の痴態を思い出したのか、ただでさえ酔って赤かった顔が深紅に染まった。


 俺は必死に首を振って否定しようとする。


「いや……それはアリシアが飲みすぎてしまって……確かに、”ボーナスタイム”なんて思ったのは事実なんだけど……」


 その時、俺の後頭部に強烈なフライングエルボーがかまされた。


「この性獣があぁぁぁぁ!? お嬢様が酔い潰れたことを良いことに、なにをしよったあぁぁぁぁ!」


(痛うぅぅぅぅ! また出やがったよ、事態をややこしくする糞爺が……)


 俺は頭をさすりながら、仁王立ちをしているフォラスに弁解する。


「何もしてやしませんよ。飲ませすぎてしまったことは謝りますが、決してやましいことは考えて……いや、ちょっぴりラッキー程度には……いや、おぶった時の柔らかさは絶品……」


(ちがあぁぁぁぁう! 何を言っているんだ俺は……)


 フォラスが呆れた顔で俺を見る中、死霊の女性が大笑いして俺に手を差し出した。


「あっはははは……師匠から聞いていたけれど、貴方って本当に面白い方ね。私の名前はノクターン……《死霊の始祖》といったところかしらね。フォラスの一番弟子にして死霊を統べるものよ。」


 俺は彼女の手を取って静かに頭を下げた。


(なんだろう……確かに感触はあるのに、空気のように感じる。風が体に触れるといったほうが良いのだろうか?)


 ノクターンはちょっと意地悪な顔をしながら俺の頬を優しく撫でる。

 そして、悪戯っぽい声で俺に問いかけた。


「死霊の手を取ると、死に誘われるって伝承があるんだけど知ってるかしら?」


「いえ、知りませんでしたが……なんかふわっとしていて気持ち良いですね。実際にこうして触れてみれば、案外そういった伝承も偽りなのかもしれないっていうことが、解るのかもしれないですね。」


 ノクターンが一瞬ビクッと体を震わせ、アリシアのほうを見る。

 アリシアに何かを言おうと逡巡したようだったが、静かに首を振った。

 そして少し優しげな顔をして俺の目を覗き込む。


「なるほどね……貴方は本質というものを自らの目でしっかりと確かめないと納得しないタイプね。だから、アリシアの本質を正しく見ることができたわけか……」


 だが、俺は彼女の顔にどうしようもない違和感を感じる……


(なんだろう……無理に笑おうとしているように見える)


 ノクターンは俺の表情を見て静かに頷き、穏やかな声で訊ねた。


「たとえ話だけど……もし時間がたつ間に、伝承が間違って伝わっちゃったとして、それ元に世界が動いていたとするわね。貴方だったら、その時どうするかしら?」


 何故かそれを聞いたフォラスが、物凄く辛そうな顔をしてノクターンを見ていた。 


(爺……なんて顔をしやがるんだ! まったく……そんな顔されたら、真剣に答えざるを得なくなるだろうが)


 俺は、どう答えたものか悩みながら、昔のことを思い出す。


(確かに、始めたときは正しい解釈で動いていたはずなのに、人が変わっていく間にそれが形骸化して、無駄な仕事をする羽目になったことは多かった……だが、そういう時は決まってこうしていたな)


「そうですね、俺の短い人生で得た経験での話ですが……そういう時は、その話の原点に戻るようにします。」


「原点……どういうことかしら?」


「何故、そうなったのかを知ることが大事なのです。皆がその起源を共有した上で、それでもそのことが皆に必要なのであれば、事実と異なっていてもその伝承は続くのでしょう。でも、皆がそれは必要ないと思うのであれば、そういった伝承は無くなってしまうのではないでしょうか?」


 ノクターンが体を震わせながら目を見開いて涙を流す。 

 そして、アリシアの髪に煌めく宝石花を見ながら俺を優しく抱きしめた。


「アリシアは幸せ者ね……師匠がケイに興味を持つわけだわ。」


 ノクターンの表情は今度こそ本当に笑っているように見えて、とても魅力的な表情をしている。

 安堵した俺の顔を見て、彼女は自分の表情がどういったものになっているのかを自覚したようだ。


「貴方って、本当に優しいのね。でもね、お姉さんが一つだけ忠告しておくわ……誰にでも優しくしすぎるのは駄目よ。愛する人に貴女が一番ってしっかりと確信を持たせるのも、彼氏の務めなんですからね?」


 そして俺の頬にキスをして、笑顔でフォラスの肩を抱く。


「師匠、初々しい恋人同士の時間を邪魔するのは、野暮ってものでしょ? 久々にお会いしたんだし、私と少し飲みませんか?」


 フォラスが目を細めて頷いた。


「そうじゃな。今日はわしも気分が良いからのう……一緒に行きつけの酒場にでも行くかの。」


 そして、俺のほうを見てニヤリと笑う。


「儂らが居ないからって……一線を越えるなよ?」


「するわけないじゃないですか。そもそも公衆の面前でそんなことしたら、俺は間違いなくルキフェルに八つ裂きにされますよ。」


 フォラスが目を吊り上げて俺を怒鳴りつけた。


「当り前じゃあぁぁぁぁ! 公衆の面前じゃなくて、部屋に戻った後のことに決まっておろうが。全く、ケイはどうしてこう女性関係には……」


 フォラスはノクターンに首根っこを掴まれて、ずるずると引っ張られていく。


「これ、ノクターンよ……何をするのじゃ!? まだいろいろと説教がぁぁぁぁ……」


 彼女は『仕方のない人ですね』とフォラスの首筋に当身を食らわせて気絶させると、俺たちに手を振ってどこへともなく消えていった。


「それじゃお二人さん、邪魔者はこの辺で失礼させてもらうわね。良い夜を……」



 なんとも騒がしい嵐が去ったことに安心して、俺がアリシアのほうへ振り向くと、彼女は大胆にも公衆の面前で俺の首筋に手を伸ばして抱きしめ、頬にキスをしてきた。

 思わずびっくりして彼女を見ると、耳まで赤く染めた顔で伏し目がちで呟いている。


「上書き……です……」


 俺はちょっと気恥ずかしくなって空を見上げたが、そんな彼女が愛おしくて背中に手を添えて耳打ちした。


「アリシア……俺の心を奪える人なんていないんだよ。初めて君を一目見た時に、心の全てを奪われちゃったんだからね。」


 アリシアは甘えるように上目遣いで俺を見て、嬉しそうな声で(ささや)いた。


「お上手ですね……でも、嬉しいです。」


周囲の死霊たちが冷やかすように(はや)し立て始めたので、俺達は顔を赤く染めながらそそくさと城に戻ることにしたけれど、お互いの手は大事なものを愛おしむように固く結ばれていたのだった。

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