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嬉し悲しき転生劇

 ぼんやりとした意識が、だんだんと明確になっていく。


 自分の体の温かさを感じて、俺は瞼をゆっくりと開いた。


(眩しい……な……)


 どうやら、夢から覚めるような感覚で、俺の転生は終わったようだ。



 体が淡く光る中、魔法陣のような不思議な紫色の文様が無数に見える。


 思わず自分の手を見ると、魔王様(ルキフェル)と同様に透きとおるような白い手だった。



 ――これは、外見も期待できるかもしれないぞ!


 俺は、思わず飛び起きようとしたが、体がうまく動かない。


「これ……まだ動いてはならぬ。類稀なる転生のやり方をしたせいで、魂が定着しておらぬからな。」


 声をしたほうを見ると、黒いローブを被った老人が笑いかけた。


「魔王様は、お前に期待をしているようだな。儂が天使を受肉をさせるのはこれが初めてだ。」


(おいいぃぃぃ!? どう考えても魔王軍に天使ってまずいだろうが。何を考えているんだルキフェルは……)



 俺は、大事なことに気付いて老人に尋ねる。


「ちなみに魔王様の種族って、何なのですか?」


「お前さん、そんなことも知らずにここに転生してきたのかい? 魔王様は、堕天使だ。もともと天界にいらっしゃった方だが、人間と魔族に慈悲を与えたが故に天界から追い出されちまってなぁ……」


(それならば、ワンチャンあるかもしれないか……)


 俺の中で少し希望が芽生え始めて、少し気持ちが楽になってきた。

 そして、疑問に思うことを老人に聞いてみることにした。


「そういえば、天使という割には少し悪魔寄りな感じがするのですが。」


「そりゃあそうだろう? お前の世界ではエリゴスと呼ばれる名の堕天使に生まれ変わったんだ。まあ、悪魔の侯爵という身分だな。」


「そうなんですか……ちなみに、魔王軍にとって、堕天使ってどんな存在なんですか?」


「そもそも、魔王様が堕天使だからな……そんなに悪い印象はないぞ。まあ、人間受けは良いかもしれんがな。」


(ルキフェルは約束を守って、俺を眷属にしてくれたのか。やっぱりあの上司は信用できるかもしれないな)



 そういえば、頭の中が転生後の自分の姿でいっぱいで、目の前の老人が何者なのかを聞くことを忘れていたことに気付いた。


「俺の名前はケイといいます。貴方のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


 老人は目を細めて俺を見ながら答える。


「儂か? 儂の名はフォラスだ。悪魔とか、地獄の総統と言ったほうがわかりやすいかの? お前さんの知識面での教育係といったところじゃな……よろしくな。」


(あぶねえ……教育係っていうことは、明らかに大事な相手だからな。しっかりと失礼がないようにしなくちゃな)


 俺がちょっと焦っているのを見て、フォラスは笑みを浮かべて囁いた。


「ちなみに儂は寿命を延ばしたりとか、姿を消したりもできるが、お前さんの場合はほぼ不老不死で自己再生付きだから安心するがよい。」


「そうなんですか! それはすごいですね。でも、俺が悪い奴や無能だったらどうするんですか?」


 フォラスはこともなげに言い放った。


「そのときは、あれだ……永遠に出てこれない次元の狭間に追放するとか、光すら飲み込む深淵の闇の中に落としこんで出れなくすりゃあいいだけのことよ。」


(やべええぇぇぇ! この職場やばすぎる……しっかりと働かないと、死ぬよりも酷いことになるってことか)



 顔を青くしてビビる俺に、フォラスは追い打ちをかける。


「あっ……しまったぞ!? 耐性とか痛覚無効つけるの忘れてた……」


 俺はとても嫌な予感に襲われて、フォラスに問いかけた。


「え……それ付いて無かったらどうなるんですか?」


「耐性がないような攻撃を食らったときに、痛みを感じるんじゃが……どのみち死なないから大丈夫じゃろ?」


 フォラスが、怪しげな液体を右腕にぶっかけた。


「まあ、言うよりは体験したほうが早いかの?」


 液体を浴びた部分から、皮膚や肉が解け始めて骨が見えてくる。

 俺は声にならない悲鳴を出して、動けない体を必死に動かして悶絶した。


(痛てええぇぇぇ!? 死ぬ……死ぬうぅぅ……)


 あまりの痛みに脳が耐え切れずに、俺は白目をむいて気絶してしまうのだった。



 * * *



(……という夢だったのさ)


「……って、そんなリアルな夢があるか!」


 俺は、一人突っ込みをすると、今度こそ跳ね起きて自分の右腕を見た。


(よかった……腕がある)


 先ほどの液体で溶けた部分は元通りになっていて、傷一つ残っていなかった。



 気分が落ち着いたところで、あらためて周囲を見渡すと、ベッドと机、そして鏡台しかない殺風景な部屋だった。


 材質的には石膏のような壁で、壁紙などが張っていないせいで随分と殺風景に感じる。

 だが、ベッドや机、鏡台には良い材料を使っているのが一目で分かった。


(そもそも、魔王軍の支配地なのだから、人間が使うようなものが少ないのかもしれないな。)


 俺はそう思って、鏡台で自分の姿を見て驚く。


 白銀の髪の毛に、透き通るような赤い目、そして鼻筋が通った顔立ちに尖った耳。

 そして、均整がとれた見事な体つきをしたイケメンがそこにいた。


 俺はテンションが一気に上がって、ルキフェルに感謝する。


(やだ……もう……イケメンじゃありませんか! しかも細マッチョっぽい体つきで……お兄さん、もう最高の気分だわ!)


 ニヤニヤしながら自分の姿に酔っていると、後ろから不意に声をかけられた。


「ケイ、大丈夫か? フォラスがやらかしたみたいですまなかったな。」


 妄想から現実に引き戻されて、俺は一気に跳ね上がった。


「ふぁい! 腕がついているので大丈夫です。」


 訳のわからない返事をしながら振り向くと、心配そうな顔をしたルキフェルが後ろに立っていた。


 俺は脂汗を流しながら、一連の恥ずかしい行動を見られていないか確認する。


「もしかして……見てました?」


 ルキフェルは一瞬目をそらしたが、一言だけ答えた。


「あれだ……我はケイの意識を読んで、理想の姿にしたつもりだったが……とても喜んでくれたみたいで何よりだ。」


(そこは突っ込んでくれよぉぉぉ! 下手なごまかし食らうほうが、ダメージでかいんだよ)


 恥ずかしさに悶絶する俺を横目に、ルキフェルは手を二回叩くと、空間が開いてフォラスが現れた。


 フォラスは何も悪びれることなく、俺に笑いかける。


「ほらの……腕が勝手に再生しておるであろう?」


 そして、ルキフェルに向き直って深く頭を下げた。


「魔王様、あの酸はドラゴンの鱗ですら溶かす代物ですが、彼の者の腕はこの通り問題ありません。体自体は問題ないと思われます。」


(俺の精神が問題を発しそうなんだけど、この爺は本当にそれで大丈夫だと思っていのかよ!)


 俺は恐る恐るルキフェルに聞いてみた。


「その……痛覚無効って、どうやったら会得できるんですか?」


 ルキフェルは良い笑顔になって俺に告げる。

「ようは、慣れなのだ。あの薬のような刺激を何回も繰り返して、普通の感覚になれれば無効にできるぞ。」


「ちなみにルキフェルは、その痛覚無効を持っているのですか?」


「勿論だとも! 天使や魔物との闘いを繰り返しているうちに会得していたな。」


「えーと……大体、どれくらいかかったんでしょうか?」


「千年程度だったか、思ったよりは早かったな。」


(早くねえぇぇぇ! 感覚狂っているんじゃないか、この魔王様は……)


 わなわなと震える俺を見て、ルキフェルは笑顔で肩を叩いた。


「我が思うに、誰にでも間違いはあるのだ。フォラスを恨むでないぞ……幸いにして、不老不死と自己再生能力は我と同レベルのものだから、何をしてもケイは死なぬ。まずは腕を切り落としたり、首を切り落としたりして痛みに慣れるのも一興かもな。」


 俺は話の分からない魔王と爺に対して全力で叫んだ。


「出来るかあぁぁぁ! その前に絶対に精神が壊れてしまう。せめて心が焼き切れる前に安全装置ぐらいはつけてくれ。」


 フォラスは笑みを浮かべて俺を指さす。


「安全装置はつけてあるぞ? さっき酸をかけた時に意識が飛んだではないか。お前さんが発狂しない程度までは耐えられるが、心的外傷が生じそうな前にしっかりと気絶するよう設定しておる。」


(それって、安全装置なしでもできるんじゃ?)


 俺が、ジト目でフォラスを見つめていると、彼は微笑して俺の肩を叩いた。


「そんなに感謝せんでもええぞ……お前さんの世界ではこういうんじゃろ? ≪あふたーふぉろー≫とな。」


(駄目だ……この爺、早く何とかしないと!)


まったく空気が読めない爺を尻目に、ルキフェルは優しげな顔で告げる。


「まあ、最初のほうはそんなに危険じゃない地方から担当してもらうから、安心するのだ。慣れてきたらドラゴンとかレイスとか、そういったものにも行ってもらうぞ。」


俺は、神様を見るような目でルキフェル見つめた。


(やっぱり、ルキフェルはよい上司だった……信じていたよ、俺の上司)


だが、その思いはすぐに裏切られることになる。


ルキフェルが良い笑顔をして俺の肩を叩いた。


「そうは言っても、やはり鍛えておくに越したことはない。我が配下との交流もかねて、炎や感電、強酸を使って体が無くなる寸前まで耐えるのをローテーション形式で一日一回ぐらいやっておくと、仕事も早く覚えられるかもしれぬな。」


あまりにも酷い言葉に、俺は白目を剝いてブクブクと泡を吹いて倒れた。


(俺はやはり、ブラックな職場に来てしまったのかもしれない……)



遠のく意識の中、ルキフェルが心配そうな顔で言っている。


「冗談のつもりだったのだが、人間には刺激が強すぎたのかもしれぬな……次は気を付ける故、許せ。」


残念なことに、ルキフェルの冗談は心にまったく響かず、俺の意識は完全に遠のいて闇の中へと沈んでいったのだった。

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