表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/175

呪われた宝石花

 城の外に出ると、もう夕闇に包まれる時間になっていた。


(そういえば……ペルセポネの街に繰り出すのは初めてだな)


 改めて外から城を見てみると、巨大な教会のようだ。

 中央にある巨大な城の上にはルキフェルとヒルデが天界を賛美する姿の像が置かれており、その周囲に八つの巨大な塔が存在している。

 それぞれの塔の上にも像が建てられており、《竜》、《天使》、《悪魔》、《死霊》、《精霊》、《魔獣》、《人間》、《魔物》をかたどった像がルキフェル達の像を見守るように置かれていた。



 俺が城の威容に見とれていると、フェンリルが笑みを浮かべて肩を叩いた。


「そうか、ケイはまだペルセポネの城外に繰り出したことがなかったんだったな。今日は良い店に連れて行ってやるから期待しておいてくれよ。」


 そう言って、彼は俺とアリシアを夕闇のペルセポネの街へと引っ張っていく。


(なんというか……ハロウィンの街みたいだな)


 町を見渡すと、ゴシック調の街並みに、骸骨やカボチャのオブジェが怪しげに輝いている。

 イルミネーションのように、飾り付けられた石が光っていて、とても華やいだ雰囲気を醸し出していた。


 ただ、ものすごく違和感を感じる点として……


「いらっしゃいませ……今日は何をご用命でしょうか?」

「今日はバーゲンだ! やっすい月給の旦那の財布にも優しいよ。」

「ちょっとそこのイケメンのお兄さん……今日はうちのナンバーワンの女の子がいますよ。寄ってらっしゃいな。」


 その骸骨やカボチャが生きていて、客寄せをすることだった。

 俺は思わずアリシアに問いかけた。


「あれって……やっぱり生きてるのかな?」


「もちろんですよ。死霊の《スカルヘッド》や《ジャック・オ・ランタン》ですね。あの者たちは頭だけの存在ゆえか口達者なんです。それで、呼び込み役に雇う店が多いんですよね。」



 俺が興味深げに骸骨を眺めると、それはニヤッと笑って話しかけてきた。


「兄ちゃん、可愛い彼女連れてるねぇ。でも化粧っ気のないのが残念だと思わないかい? 今ならうちの花を……」


 骸骨がアリシアを見て、誰だか分かったようだ。


「こここ……これは失礼しました。まさか、アリシア様がこのような店にいらっしゃるとは思ってなくって……」


 アリシアが俯いて少し空気が沈む中、俺は骸骨の頭を撫でた。


「そうだろう! だが、これからは違うんだぜ。俺という彼氏ができたんだからさ……ご祝儀で、今なら八割引きぐらいで売ってくれるんだろう?」


 骸骨が驚いているのでこっそり耳打ちをする。


「ほら……アリシアが買ったって宣伝するんだよ! それでお互いに手打ちにしようじゃないか。」


「なるほど……お兄さんも商売人ですなぁ……7割でどうでっか?」


「もう一声ほしいところだな? おまけに何か良さげなものをつけてくれよ。」



 フェンリルが俺の後ろから声をかけてきた。


「何やら面白いことをやっているようだな。それなら俺も買うから値引きしろというのはどうだ?」


  骸骨は諦めたように声を張り上げた。


「こうなっちゃあ、しかたねぇ……なんでも八割引きでもって行って下せえな。」


 俺は店頭のディスプレイの一番目立つ場所に飾ってあった、宝石のように輝く深紅の花を手にとった。


 骸骨が焦ったような声で俺に告げる。


「あ……お兄さん……それは……」


 フェンリルが笑って骸骨に言う。


「お前、なんでもって言ったよな?」


 骸骨は悪戯っぽいカタカタという音を出して笑った。


「お兄さん……この花が何だか知らずに選んだんだろうが、大した勇気だねぇ? これは呪われた宝石花だ。千年前から存在して、これからも残り続けると言われているこの店の看板だよ。」


 俺は笑みを浮かべて頷いた。


「俺はアリシアの婚約者だからな。婚約指輪の代わりと思わせてもらうさ。」


 フェンリルが俺をからかうように告げる。


「店の看板ってこたあ、べらぼうに高いんじゃねえか? しかも呪い付きとなりゃあ、猶更(なおさら)ろくなこたあねえ。悪いことは言わねえから、やめといたほうが無難だろうな。」


(えっ……もしかして、ものすごく高いやつですか?)


 骸骨がカタカタと笑って俺に告げる。


「その宝石花は、値段が付かなかったんでさぁ……なんせ死の呪いがかけられているんでね。つまり、真に愛する相手のために死んでもいいという覚悟が必要でさぁ。手に取れるなら、お代はいらねえが……お兄さんは、それでもその花が欲しいんですかい?」


 俺は何も言わずにその花を手にすると、一気に意識が持っていかれそうになる。

 薄れゆく意識の中、花から悲しみと苦しみを感じると共に、純真さを感じた。


(まるで……アリシアのようだな)


 そう思った俺は、花を優しく抱き留める。

 視界が暗くなっていく中、俺に抱かれた花が華やかに輝いたような気がしたのだった。



 * * *



 アリシアの声が聞こえる。


「……イ……ケイ!?」


 俺が目を開くと、アリシアが涙を流しながら思いっきり抱きしめてきた。


「まったく無茶をしないでくださいと、あれほどいったではないですか! なんで私の為に、こんな馬鹿なことをするんですか。」


 フェンリルが呆れた顔で俺の両頬を掴んで引っ張る。


「ケイ……お前って奴は、本当に馬鹿だな。あの花の呪いの説明受けて、なんでそういうことをするんだ? 明らかにやべえっていうことが分からねえのかよ。」


(そういえば、あの花はどうなったかな?)


 俺は自分の手を見つめると、あの宝石花が美しく輝いて、(かんざし)のような形に変化していた。


「いや……ほら、俺って不老不死だし……なんだか、この花がアリシアに似合うんじゃないかと思ったら、つい手に取ってしまって。」


 骸骨が驚いた顔で俺を見つめて呟く。


「嘘だろ……この花を手にすることが出来る奴がいるだなんて……」



 その時、俺の背後から威厳のある声がした。


「その宝石花はアネモネの姿をしている……アネモネの花言葉は《見捨てられた》、《薄れゆく希望》、《嫉妬のための無実の犠牲》さ。君はそれを知っても、アリシア様にこの花を上げたいと思うのかね?」


 思わず振り向くと、俺の半分ぐらいの背丈の、立派な王冠を被った妖精が笑みを浮かべていた。


(なんて美しい妖精なんだろう)


 美しいプラチナブロンドのさらさらした長髪に、白磁のような肌。

そして端正な顔に煌めく深緑の目は、すべてを見通すように透き通っている。

 森を表すような豪奢な服は彼の威厳を高めており、彼の存在自体が一種の芸術性すら感じさせるのだ。


 俺は思わず深く礼をして、彼に問い掛ける。


「俺は魔王軍の管理者のケイと申します。貴方のお名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」


 彼は一瞬戸惑った顔をしたが、フェンリルのほうを見て笑みを浮かべた。


「そうか……君はあの場で気絶してしまったからな。私の名は《妖精王》オベロン、魔王様より精霊達を統べる役目を申し付けられておる。」


(思いっきり幹部様じゃないですか……というか、就任式の時に気絶してたからなぁ)


 思わず恨めし気な顔でフェンリルを見るが、彼は素知らぬ顔をしている。

 オベロンが苦笑しながら俺に花を見せてほしいと頼むので、快く花を渡すと彼は一瞬驚いた顔をした。


「ほう……この宝石花はもう呪われていないようだな。むしろ《純真無垢》と《君を愛する》という花言葉を示してるようだ。」



 オベロンは俺に宝石花を返すと、満足げな顔で骸骨に告げる。


「これは彼に差し上げることにしたよ。そのかわり今回の件を使って宣伝させてもらうとしよう。」


「えっ……オーナーさんなんですか?」


「ペルセポネ界隈の植物を扱う店を取り仕切っている。まあ、この店は城にも近いので、直営としているのだよ。」


「そうでしたか……感謝致します。」


 俺がアリシアに宝石花を渡すと、彼女はそれを髪に挿して微笑む。

 白銀の髪の上で、深紅の花は男装をしている彼女が美しい乙女だということを明確に示すように美しく輝いている。

 俺はその美しさに心を打たれて、思わず彼女の手を取った。


「思った通り、すごく似合っているよ。」


アリシアは嬉しそうな顔で俺にキスをする。


「ありがとうございます。ずっと大事にさせていただきますね。」


フェンリルとリオンがニヤニヤとこちらを見る中、オベロンが意外そうな顔をして俺に話しかけた。


「フォラスやフェンリルから聞いていた話と全く違っていたので、驚いたよ。なんというか……その、()()()()ような無粋な方だと思ってたのだがね。」



俺とアリシアが顔を赤くする中、フェンリルが首を傾げた。


「そんなことを言ったかな? まあ、いいさ……キキーモラ達から《性獣の権化》呼ばわりされたとか、《純真な天使が纏う悪の秘め事》発言のことは、この前の定例会で言ったかもしれないがな。」


「アウトオォォォォ!?」


がっくりと肩を落とす俺を見て、オベロンは堪えきれずに笑い出す。


「先のアネモネの花言葉と同様、この世界に存在する全ての性質には多様性があってしかるべきなのだ。おそらく無粋な反面、情が強いところが君の性質なのだろう……私は君のことが気に入った。また会うことがあるだろうが、その時を楽しみにしているよ。」


そう言いのこすと、彼は店の奥へと姿を消していった。

フェンリルはバシバシと俺の肩を叩いて、笑みを浮かべる。


「とんだ寄り道になっちまったが、なかなか面白い見世物だったぞ。さあ、飲みに行こうぜ!」



俺とアリシアはどちらともなく無意識に手を繋ぎながら、フェンリルの後に続くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ