魔装の才
キキーモラと亜人の武官達の喧嘩を解決してからも、俺はフェンリルに呼び出されて修練場に通わされている。
彼が俺を気に入ったようで、色々と戦い方を教えたがるのだ。
今日もフェンリルから武器を使った教練を受けているのだが、周りの武官たちも途中から参加してしごいてくる。
「おらぁ! 振りが遅いぞ。頭ばっかり動かすんじゃなくて、体を動かすんだよ。」
「まだまだだな……それ、足元が甘い!」
「剣筋がぶれているぞ。素振り追加で五百回!」
修練が終わってぼろ雑巾になっている俺にフェンリルが声をかける。
「ここ数日のお前の努力は認めるんだが……本当に上達しねえなぁ。」
そのとき俺の後ろからフォラスが現れた。
フェンリルがギロリと睨むが、フォラスはどこ吹く顔で俺に告げる。
「ケイよ、おぬしに伝え忘れたことがあるのじゃが……お主に《剣術の才》はないのじゃ。」
フェンリルが眉をひそめた。
「なんだと……糞爺め、そういうことは早く言いやがれ! それならば違う武器を使って教練したというのに。」
彼が言うには、武器ごとに使いこなすための才能というものがあるらしく、亜人や悪魔は剣の才があるものが多いらしい。
才があるものは、経験を得た分だけ実力が上がるらしいのだが、ないものはいくら修練を重ねても上達しないそうだ。
フェンリルが申し訳なさそうに俺に告げる。
「まあ……そういうわけだから、剣は諦めた方が良いかもしれねえな。」
俺が肩を落とす中、フォラスが笑みを浮かべた。
「そう、がっかりする出ない。お主には《槍の才》と《魔装の才》はあるのだ。この前、右手に魔力を纏わせたじゃろう? あれをもう少し具現化させるのじゃよ」
フェンリルが少し補足する。
「糞爺の説明はわかりづらくてしょうがねえ。俺達との修練した時の動きや、自分が理想とする武器のイメージを思い浮かべるんだ。」
俺は頷くと、集中するために目を閉じて魔力を右手に纏わせて行く。そしてフェンリル達との修練を思い浮かべた。
(振り下ろし……そして薙ぐ、さらに鋭い突きを放って、剣の柄で敵の武器を引っかける……)
――大事な人を守るためにも、俺と一緒に成長する最強の武器が欲しい。
俺の右腕に確かな感触を感じて目を開けると……
柄の先に斧と槍がくっついたような不思議な形状の武器が出来上がっていた。
(おお! なんかわからない武器が出てきたけど、これは格好良いなあ)
漆黒の柄に魔法の文字が描かれており、俺の魔力に呼応するように淡紫色に光っている。
斧と槍部分は悪魔の翼の見事な意匠が施されており、俺の中二病精神をくすぐるようだ。
さらに、刃の部分も柄と同様に淡紫色の輝きを放っていた。
俺の武器を見たフォラスは何かに驚いたような顔をして固まっている。
逆にフェンリルが感心した顔で俺の武器を見て頷いた。
「ハルバードか……確かにこれなら、どんな攻撃にも対応できるだろうな。」
「ハルバードって言うんですか、この武器。なんか格好いいですね。」
「お前……知らずに具現化したのかよ?」
「修練のことをイメージしていたら、こうなったんです。ところで、この武器はどうやって使うんですか?」
「槍みたいに突いたり、斧みたいに斬り払ったり斬り下ろしたりすることができる上に、敵の武器を引っ掛けて吹き飛ばしたりもできるぜ。まあ、万能型ってやつだな。」
「へえ……何でも出来るんですね。」
俺は何気なく、ハルバードを振り下ろそうとしたが、フォラスが慌てて止めようとする。
「待つのじゃあぁぁぁぁ! その武器は本当にまずい、振り下ろすと大変なことに……」
「えっ?」
その瞬間、修練場が眩い光で包まれ……
轟音とともに、地面が揺れ動いた。
そして一足遅れて衝撃波が発生して、ビリビリと空気が震えていく。
光が収まると、修練場の床に大きなクレーターが出来ていた。
(なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!?)
あまりの威力に放心状態になった俺にフォラスが飛び蹴りをかます。
「人の話を聞けえぇぇぇぇ!? 危うく失禁するところだったわい。」
「え……あ……その……もうそういうお歳になられたので?」
「ちがぁぁぁぁう!? 儂はまだ《快適おむつ》が必要な歳ではないわ! 念の為に確認するが、お主はどんなイメージを具現化させたのじゃ?」
「えーと……《俺と一緒に成長して、極めれば最強の武器が欲しい》って念じましたけど。」
フェンリルが噴きだして笑い転げた。
「ケイ……真面目な顔をして、結構お前もアレな奴だよな! よりにもよって最強の武器を望んで具現化したのかよ。」
「えっ……俺、もしかしてやらかしましたか?」
「俺ですらしねえ禁忌の具現化だ。下手したら、死んでいたかもしれねえぐらいに危険な賭けをしやがったんだよ。」
「へぇ……死ぬぐらいに危険って、おいぃぃぃぃぃ!?」
俺は思わずフォラスに叫んだ。
「この糞爺があぁぁぁぁ!? なんて危険なことをさせやがるんだ。」
フォラスは呆れた顔で首を振る。
「普通はこんな馬鹿な真似はしないのじゃ……常識すぎて、教えるのを忘れておったわい。」
(こ……この爺、また俺を嵌めやがったな)
俺が歯軋りをしてフォラスを睨んでいると、騒ぎを聞きつけたアリシアが異空間から飛び込んできた。
「ケイ! 大丈夫ですか……って、その武器とこの跡は一体どうしたんですか!?」
フェンリルがどや顔で俺の武器を指さす。
「この大馬鹿野郎が、よりにもよって最強の武器の具現化を成功させやがったんですよ。」
アリシアがフォラスに問いかける。
「フォラス……その具現化は禁忌だということをケイに教えたのですか?」
フォラスは焦って俺を自分の前面に立たせながら言い訳を始めた。
「いえ……こやつが早まったことをしただけで、儂はそのようなことをそそのかしたりはしていません。」
アリシアが俺のハルバードを見つめると、それに応えるように優しく光り始めた。
彼女が首をかしげて、俺に問いかける。
「ケイ……どんな最強の武器の他に何を思い浮かべたのですか?」
(うっ……なんかそう聞かれると答えづらいな)
俺がドギマギしながら武器とアリシアを交互に見ていると、フェンリルが大笑いして俺の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「ケイのことだから、大方想像はつきますよ。アリシア様を守るために、最強の武器が欲しいと思ったんだよな?」
俺は顔が少し熱くなったが、静かに頷いてそれを肯定した。
アリシアが嬉しさと事態の事態の重大さに困惑する中、ルキフェルがどこからともなく現れた。
彼は俺の武器を見て眉をひそめるが、アリシアを優しく照らしているのを見て笑みを浮かべた。
「ケイよ……本当にお主は我の予想を超えてくれるな。ただ一人の愛する女のために最強の武器を望むか。しかも、謙虚にも自分と共に強くなって欲しいと願うとはな」
ルキフェルは俺を優しげに見て、武器に手をかざした。
「このままでは少し手に余るだろう? ケイが使いやすいようにしてやろう。」
武器が淡く光ると、俺を包み込んだ。
(なんだろう……すごく手になじむ気がする。)
なんというか、さっき持った時よりもすごく手になじむ感じがした。
だが、あのものすごい魔力はもう感じない。
不思議そうな顔をする俺にルキフェルは微笑した。
「ケイの腕に応じた力を出せるようにしておいた。ちなみにこの斧槍は魔法の触媒としても使えるぞ……それに、相当お主に惚れ込んだようだから、しっかりと使ってやるのだな。」
俺がハルバードを優しく撫でると、喜ぶように淡く光った。
フェンリルが、笑顔で俺に話しかける。
「あんなに武器に惚れられるとは羨ましいもんだな……こういう時は修練したくなるもんだろ? いいぜ、付き合ってやる。」
俺は深く頷き、フェンリルと手合わせを開始する。
結局はいつも通り散々に打ち負かされるのだが、なんだかいつもの修練よりもずっと楽しく、充実した時間を過ごせたのだった。




