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フェンリルの誠意

 俺はキキーモラ達に案を伝えるために洗濯場へ向かう。

 すると、扉の前でブルームがウエスと共に、腕を組んで仁王立ちしていた。


「≪性獣の権化≫がここに舞い戻ってきたわね……もう隙は見せないわよ!」


 俺は、あまりにも不名誉すぎる呼び方に、肩を落としながら弁解する。


「違うんです……あれは不幸な事故だったんです。」



 アリシアが苦笑しながらブルームにとりなすと、彼女らはしぶしぶ俺達を洗濯場に迎え入れた。

 ブルームにキキーモラ達を集めてもらい、俺は彼女らに修練で感じたことを伝え始める。


「修練をして分かったのですが、終わった後に汗だくになってしまうんです。もうすぐにでも風呂を浴びたくなってしまって、それであんなことになってしまったんです。」



 ウエスがにべもなく言い放つ。


「そんなの知ったこっちゃありません。ちゃんと袋を二つ用意しているのだから。分けて入れればよいだけのことです。」


「そうですよね……そういう考えもあります。例えば、ちょっと別の形になりますが、修練後に上着を脱いで大篭に入れて、そのあとにズボン入れるっていうのは別に大丈夫ですよね?」


「別にそれはいいけれど……なんでそんなことを聞くのかしら?」



 俺は、修練後に体を拭くタオルを用意してもらえれば、上着を脱いで篭に入れさせて、其のあとにシャツとタオルを別の篭に入れられる。

 最後に別のものを一つの袋に入れさせることで服を分けることができると説明した。


 ウエスが少し怒り気味に俺に詰め寄る。


「結局私たちの仕事が増えるだけじゃないですか! 貴方って本当に頭悪いんですね? ちょっとがっかりしました。」


(職場の雑用もいつもこんな感じだったよな……)


 目の前のことばかりを見ていて、全体的な損得をなかなか考えてくれないのだ。だから具体的にどんなメリットがあるのかを、明確に説明しなければ全く動いちゃくれない。



 だから俺はウエスだけでなくブルームにもきっちりと今回の案のメリットを説明をすることにする。


「今までの作業の問題点として、服の仕分けをするのが非常に面倒だったということがあるんです。洗濯魔法をかけたくても、服ごとに分けなければ始まりません。ですが、今回の方策をとることにより、上着とシャツ、タオルはすでに分けられています。仕分けにかかる時間が短縮できるので、すぐに作業に取り掛かれるということなんです。」


 ブルームが少し考えて俺に問いかける。


「確かにそれはそうだけど、もう一声欲しいわね。」


(よかった……話に乗ってくれ始めた)


「例えばですけど、今の作業台の方式をもう少し変えて、流れ作業でできるようにしてはどうでしょうか?」


「流れ作業ね……あまり想像がつかないけれど、どうしたいわけ?」


「今までばらばらに来たものを洗濯していたと思いますので、上着、タオル、シャツ担当と、残りの衣服袋の仕分け担当で仕事をする形にします。最後に畳む担当の人に……」


 ブルームが俺の話をさえぎって首を振る。


「私達、洗濯魔法を使うことに誇りを持っているから、一日の作業にそれが入っていないのは駄目なの。貴方も雑用だけをさせられるのは嫌でしょう?」


「なるほど……それなら話は簡単です。上着とタオルとシャツをみんなで終わらせて、そのあとに仕分けをみんなでやって、そのほかの物に取り掛かるのが良いのではないでしょうか?」


「それもそうね。それなら今までよりもかなり楽だし、みんなも納得できるわね。」


(よかった……まあ、こういうもんなんだよね。最高の効率化とか言って、現場の気持ち考えずに押し付けても結局長続きしないしね)



 ブルームは、俺の対応に少し好感を持ってくれたようで優しく手を握って微笑んだ。


「転生者って傲慢な人ばかりだったから、貴方みたいな人は初めてだったわ。タオルと篭は用意してあげるから、しっかりと約束は守るようにあの獣達に伝えて下さいな。」


 そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に告げる。


「ちなみに、ちょっとぐらいなら許すけれど……まったく反省していないようだったら、貴方にしっかりと責任は取ってもらうから覚悟してね。」


 キキーモラたちが箒を持ちながら、笑みを浮かべているのを見て俺は思わず叫んだ。


「せめて柄じゃないほうでえぇぇぇぇ!?」


 彼女たちが笑う中、俺の陰からフェンリルが現れた。


「盗み聞きしたようで悪かったが、ケイとの話は聞かせてもらった。さて、ブルームとウエス、そしてキキーモラ達に……俺達の非礼を詫びたいと思う。」


 彼はそう言うと、キキーモラ達に頭を深く下げるが、ブルームが慌ててそれを止めた。


「いけませぬ、あなたのような高位の方がこのようなことをされては沽券にかかわります。」



 フェンリルは笑みを浮かべて俺のほうを見る。


「そんなことを言ったらこいつはどうなる? 魔王軍の管理者という幹部でありながら、お前達に対して対等に接しているとは思わぬか?」



 ブルームとウエスが顔を見合わせた。


「そういえば……ケイ様って、私共よりもずっと高位の方でしたね。あまりにも自然体だったので、すっかりと忘れておりました。」


 フェンリルが大笑いして俺の肩をバシバシ叩く。


「まあ、そうだよな。《お宝》発言や《純真な天使が纏う悪の秘め事》発言をしている幹部は初めて見たぜ。」



 俺とアリシアが真っ赤になる中、ブルームがスカートの端をつかんでフェンリルに恭しく礼をする。


「今回の件、私共も少し感情的になりすぎました。ですが、こうしてフェンリル様が和解のために頭を下げてくだった以上、私共はそれに応えて今以上にしっかりと仕事を致します。」


 そして、ブルームを初めとしたキキーモラ達が俺に礼をした。


「私共の思いを汲んでいただきましてありがとうございました。そして、より仕事をしやすい環境を考えてくださったこと感謝致します。」


そしてアリシアのほうに深く礼をした。


「私共は、アリシア様が()()()()()()()()()()()()()()()()を不思議に思っていました。ですが、彼の者のふるまいを見ていれば、貴女様がそうなられたのもよくわかります。そして……あのような醜聞を信じいた私達をお許しくださいますでしょうか?」


 俺が照れながらアリシアのほうを見ると、彼女は嬉しそうに静かに頷く。

 キキーモラ達に伝えたいことがあったので、俺も彼女らに深く礼をして話しかける。


「一つお礼を言いたいことがあります。貴女達はアリシアの醜聞を信じていながらも、彼女のためにしっかりと仕事をしてくれた……その仕事に対する真摯な姿勢を、俺は尊敬しています。本当にありがとうございました。」

 

 彼女らは俺の言葉を喜んで受け入れてくれたようだ。

 だが、ウエスは少しだけ意地悪な顔をして俺に告げる。


「ケイ様の私共に対する労い、本当に心に響きました。ですから、アリシア様の篭をまた覗いたときは……分かっていますね?」


 キキーモラ達が笑顔で箒を勇ましく構えるのを見て、俺はたじたじになりながら両手を上げた。


「あんな恐ろしい掃除のされ方をされるくらいなら、本人に直接見せてくれと言うほうがまだまし……」



 耳元に息を吹きかけられて、俺が悲鳴を上げる。


「ひやぁぁぁぁぁ!?」


 アリシアが顔を赤くしながら俺の額を指で押して窘めた。


「そういうことは人前で言ってはいけません。めっ! ……ですよ。」



 フェンリルが大笑いしてアリシアに問いかける。


「二人っきりの時に頼むのは、良いんですかい?」


 アリシアが両手で顔を覆ってかぶりを振った。


「知りません! まったくもう……ケイが悪いんですよ。」



 ブルームが呆れた顔で俺を見ながら首を振る。


「やはり……もう一度箒で”煩悩”を掃除したほうが良いのでしょうか?」


「ヒイィィィィ!? お助けえぇぇぇぇ!」



 フェンリルとキキーモラ達の笑いが掃除場に響き渡り、場の空気が明るくなる。


 その後の修練時の衣服の分別についても、フェンリルから話を聞いた亜人の武人たちが協力的に行うようになった為、今ではすっかりキキーモラ達との関係は良くなったそうだ。



 すべてが万事うまくいったと思っていたが、ただ一人この事件で痛い目を見た奴がいる。



 ――あの糞爺(フォラス)だ。


 さしものヒルデも、フォラスが娘の下着の変化を知っていたことには怒ったらしい。


 罰として、首に《私はエロ爺です、主人の下着を盗み見しました》という木札をかけさせられて、一週間暑苦しい男物の洗濯物を選別させられたそうだった。

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