フェンリルたちの事情
キキーモラに袋叩きにされた俺は、這う這うの体で修練場へ向かうことにした。
その途中で、俺はアリシアに平謝りをする。
「アリシア、すまない。まさか、あんなところにお宝……いや君の服があるとは思っていなかったんだ。」
アリシアが困ったような顔で俺を見て問いかけた。
「ケイは……私をはしたない女性だと軽蔑しますか?」
俺は全力で首を振る。
「そんなことあるはずがないよ! むしろ男として嬉しいというか、なんというか……」
アリシアが耳打ちするふりをして、俺の耳に息を吹きかけながらつぶやく。
「人前でそういう破廉恥なことを言うのは、よくありませんよ?」
「ひゃああぁぁぁぁ!?」
俺が情けない声を上げるのを見て、アリシアが楽しそうに笑った。
「ケイは本当に耳が弱いんですね? これをお仕置にしちゃいましょうか。」
(こんなお仕置きなら何度でも構わないかなぁ)
デレデレした顔をする俺を見て、フォラスが呆れた顔で呟く。
「まったく……ケイが迂闊なことをするせいで、儂まで酷い目にあったわい。」
(このエロ爺が……お前も同罪だろうが!?)
だがその瞬間、アリシアの指から閃光が走り、フォラスの耳をかすめた。
さっきまでの優しい顔が消え去り、周囲が凍り付くような視線を彼に送る。
「フォラス……後でお母様と一緒に私の部屋に来るのです。来なければ……わかっていますね?」
フォラスは涙目で俺をチラチラとみて同情を誘おうとするが、もうその手は食わない。
俺が静かに首を振ると、彼はとんでもないことを口走った。
「この薄情者があぁぁぁぁ!? 後でヒルデ様に告げ口してやるから覚悟しておくがよい。《純真な天使が纏う悪の秘め事》発言はしっかりとこの水晶玉に……」
ひょいと水晶玉がフォラスの手から取り上げられる。
彼の背後にはフェンリルが笑みを浮かべて立っていた。
「なっ……フェンリル!? それは大事な命綱じゃ、返さぬか!」
「なんか面白そうなことを言っていやがったな。ほう……どれどれ?」
フェンリルが水晶玉の映像を再生しだした。
(ヤメテエェェェェ!)
先ほどの俺の恥ずかしい発言が再生され、アリシアは真っ赤な顔になって両手で顔を覆った。
フェンリルは俺を見ながら爆笑している。
「ウワッハハハハ! ケイ……お前って本当に面白えやつだな。この糞爺もいい気味だぜ。」
フォラスは忌々しげに、フェンリルを睨み付ける。
だがその瞬間、閃光が走って水晶玉が吹き飛ばされた。
アリシアが度し難いといった顔で、フォラスを見つめる。
「フォラス! まったく貴方という人は……今回ばかりは、お母様にもしっかりと叱ってもらいますからね。」
フェンリルが満足げな顔でフォラスに言い放つ。
「良かったな糞爺! たまには痛い目を見たほうがいいんだよ。」
そして、俺の肩をバシバシと叩いて笑みを浮かべた。
「それで、あの洗濯女達の話を聞いたようだが、どうするつもりなんだ?」
俺はフェンリルに深く頭を下げて、修練に一度参加させてほしいと願い出た。
彼は不思議そうな顔をしたが、快くそれを承諾した。
* * *
修練場につくと、フェンリルが俺の体形を見て修練服を選んだ。
「ふむ……お前はこの当たりが良さそうだな。」
(なるほど……既製服のようなものか)
フェンリルは俺を広場に連れていくと、部下達に俺を紹介した。
「魔王軍の管理者として就任されたケイ殿だ。お前達はよく知っているな?」
部下達は俺とアリシアにに深く礼をした。
「先日フェンリル様と対峙した時の姿を見させて頂きました。アリシア様の為にあそこまで戦った姿をみて、俺達も考えが変わりました。」
フェンリルが俺に耳打ちをする。
「あの糞爺があの時の映像を隠し撮りしていたようでな……ついでだから部下にも見せておいた。」
俺は素直にフェンリルに感謝した。
「ありがとうございます……なんてお礼を言えば。」
フェンリルは気持ちよい笑顔で俺の肩を叩いた。
「いいってことよ……正しいことはしっかりと伝えるべきだ。さて、俺は素人だろうが訓練の区別はつけねえ。お前たちも新人をしっかりしごいてやれ!」
部下達は笑いながら、修練を開始するのだった。
* * *
長距離の走り込みから始まり、武器の素振り千回、さらに模擬戦闘と、かなり厳しい内容で手練は行われていく。
特に模擬戦闘は新人への洗礼ということで二十人相手に戦わされて。
文字通りボロ雑巾のようにされてしまった。
フェンリルが俺に発破をかける。
「おらケイ! 寝てんじゃねえぞ。新しいことを学ぶときは、体で感じるんだ。お前は運が良いことに痛覚無効ねえんだから、痛みで自分の動きのまずさを反省しやがれ。」
(なるほど……自分の欠点を逆に活かせか。確かにそうだな)
体中が痛む中、俺は何度も叩きのめされながら修練を続ける。
ある程度続けたところで、フェンリルがにやりと笑って俺の前に進み出て、部下たちに叫ぶ。
「ケイは自己再生持ちだ! 腕や足吹き飛ばしたぐらいじゃ全く問題ねえ。思いっきりやりやがれ。」
(ちょ……俺の精神がもたない……うわあぁぁぁぁ!?)
筋骨隆々の亜人達が俺ににじり寄ってくる。
「そういうことなら手加減はいらないですよね? もう少し上等な訓練をやってみましょうか。」
「いやあぁぁぁぁ!?」
俺の悲鳴は修練場に虚しく響き渡り、さらに地獄の修練が続くのだった。
修練が終わった後は、皆汗だくですぐにでも服を脱いでシャワーを浴びたくなるような状態だった。
(なるほどな……確かにこの状態じゃ、いちいち脱ぐものとか気にしてられないな)
俺はフェンリルに問いかける。
「修練が終わったすぐ後に、上着とシャツを脱いで清潔なタオルで体を拭きたくなりませんか?」
フェンリルが目を細めて頷く。
「すぐにでも風呂に入りてえが、確かに汗も拭きたくはなるな。それで、ケイよ……その見返りに俺達に何をさせたいんだ?」
(やっぱりこの人は話が分かるタイプの人だな)
俺はフェンリルに感心しながら、提案する。
「そうですね。修練後に体を拭くためのタオル置き場を作りたいです。そこに篭を設置しておけば上着脱ぐのと体を拭くのを同時にできるから楽じゃないでしょうかね。後は更衣室に入ったすぐの場所にシャツとタオルを入れる篭でも作っておけば回収ができてお互いに楽なんじゃないでしょうか。」
「なるほどな……確かにそれなら面倒くさくねえな。ほかにやりたいことはないのか?」
「それぞれの者のロッカーに袋が用意してあるので、後は脱いだものをそれに入れてくだされば大丈夫です。もともとキキーモラ達は、ロッカーの衣服をそうやって回収していたんですよね?」
「そうだ。袋二つも用意してきやがるが、そんな面倒なことやってられるかと思って結局一袋にまとめていれるやつが殆どだった。まあ、それくらいなら出来るんじゃねーかな。」
(ここまでは、何とかなりそうだけど……最後の一押しが難しいんだよな)
俺が難しい顔をしているのに気づいたフェンリルが怪訝な顔をして問いかける。
「どうした? 何か問題でもあるんだったら言ってみろ。」
「そうですね……もし、これがうまくいったとしたら、一つだけ俺の願いを聞いてもらえませんか?」
フェンリルは何かを察したようで、腕組みをして考え込んでいる。
そして、俺の胸を軽く小突いた。
「いいだろう……その時はお前の顔を立ててやるさ。」
俺はフェンリルに頭を下げて感謝し、風呂に入ってからキキーモラ達のもとへ行くのだった。




