キキーモラ達の事情
俺はウエスに連れられて洗濯場にたどり着いた。
(全然洗濯できるような場所に見えないぞ?)
所狭しと積まれた篭に入れられた衣服が積まれており、ここですべての衣服を選択しようとしているのはわかる。
だが、そこには全く水気がなく、金属製の作業台があちらこちらに置かれているだけなのだ。
俺の戸惑っている顔を見たウエスが微笑して、作業台の上の衣服に向かって魔法をかけると、衣服の汚れが綺麗に落ちていく。
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「すごいもんだなぁ……こんなに便利な魔法があるんだ。」
ウエスが胸を張ってこたえる。
「この魔法は洗濯魔法と言って一部の《家事妖精》や《家事魔族》特有の魔法なんです。ですから私達は《ペルセポネ》だけでなく、亜人や人間の世界でも重宝されているんですよ。」
ふと俺は疑問に思って、ウエスに問いかける。
「確かに、これは大した魔法ですね。でもこれって、服着たまま魔法かけたら駄目なんですか?」
ウエスは苦笑して俺の問いかけに答える。
「私たちのご先祖様が、体の汚れを落とそうと思って魔法を使ったら、毛皮の脂が全部とれちゃって大変なことになったそうです。それ以来は、そういったことはしないようにしてますね。」
「なるほど……なんでも落とせば良いってもんじゃないんですね。」
「そうなんです。それぞれの服や素材によって加減というものがあるので、何でもかんでも一緒くたに出されるとすごく迷惑なんですよ。それをあの獣どもが……」
ウエスが亜人達の暴虐無人な態度を思い出して、歯ぎしりをする。
(かなり怒っているなあ……少しぐらいお土産をあげないといけなさそうだ)
「と……ところで、今やっている作業ってこんな感じですかね?」
俺は、ウエスに洗濯場での作業についての推論を述べる。
「まず初めに、集めた洗濯袋の中身をシャツとズボン、そして下着と靴下に分けて籠に入れる。その後にそれぞれを台に置いて洗濯魔法を発動。最後に清潔になった衣服を畳んでサイズごとに整理する……っていうところですかね。」
ウエスの目が少し優しげになった。
「貴方、よく見ているじゃないですか。」
俺は一つの案を出してみることにした。
「例えば、上着とシャツだけの回収袋とそれ以外の回収袋に分けたら楽になりますか?」
「そうね……それだけでも嬉しいけど、それすらやらないような連中よ!」
「まあ、とりあえず向こうの意見も聞いてみたいと思うので、少しお時間くださいね。」
そう言って、部屋を出ようとしたときにふと気づいた。
(そういえばあの場所だけ、篭の色が違う。なんでだろう?)
「あっ! そちらへは行ってはいけません!?」
俺は、そのラインにあった篭を見て固まった。
(あれ……この篭の服って……)
どこかで見たことのある、淡い緑色のワンピースと……
ちょっと大人っぽい上下の黒の下着。
俺は思わず呟いてしまった。
「黒だと!?」
俺に見られたと悟ったアリシアが、真っ赤な顔になって叫んだ。
「いやあぁぁぁぁぁ!? ケイの不埒者!」
その瞬間、けたたましいブザー音がして、部屋が赤く点滅し始めた。
どこからか、フォラスの声が聞こえてくる。
「アリシア様の下着を盗み見とするとは、このケダモノがああぁぁぁぁ!? 不埒者はここぞ! であえ、であええぇぇぇぇい!」
(え……ちょ……ええぇぇぇぇ!?)
どこからともなく現れたフォラスと箒を持ったキキーモラ達に囲まれてしまい、俺はウエスに必死で助けを求める。
「いえ……俺、そんなつもりじゃなくって……こんな、こんな素晴らしいお宝が入っているなんて知らなくって。」
(あ……やば、本音が……)
ウエスは俺の言葉に冷たい目をして告げる。
「やぱりアリシア様の下着がそこにあると知っていて、見ようとしていたのですね……残念です、貴方も獣でしたか。」
俺は冷や汗を流しながら必死に弁解しようとした。
(いえ……そんなことは、俺は純粋に作業を確認したかっただけなんです!)
「あのアリシアがあんな大人っぽい黒を身に纏っていたとは……《純真な天使が纏う悪の秘め事》ってところかな……俺はそういうの大好きですよ?」
(逆だああぁぁぁぁ!?)
焦ったあまりに本音を語ってしまい、アリシアの全身が真っ赤になってへたり込む。
フォラスが俺を馬鹿にするように告げる。
「まったくケイは愚かよのう……お嬢様は最近になってから、このような下着を身に着けられるようになったというのに。お主という奴は、全く乙女心を知らぬ。」
そのとき、アリシアの目が光ってゆらりと立ち上がった。
「フォラス……なぜ私が最近になって下着を変えたとあなたが知っているのですか?」
フォラスがしまったという顔をして逃げようとしたが、背後にいたキキーモラに捕まって俺の真横に投げ出される。
思わず俺はアリシアに問いかける。
「え……と、俺の為に……? えっ……どういうこと!?」
アリシアが真っ赤になって倒れる中、キキーモラ達は俺とフォラスへにじり寄る。
俺は、思わず彼女らに懇願した。
「初めてなので……痛くしないで……ね?」
フォラスは見苦しく俺を指さして、叫んだ。
「儂は何も悪いことはしておらぬのじゃ……ケイが喜ぶと思った故の発言だったのじゃ!」
キキーモラ達は冷徹な表情で宣告して箒を構える。
「見苦しい言い訳はおやめなさい。貴方達のような獣は殴って躾けるものです……さあ、覚悟なさい!」
(ひいぃぃぃぃ!? お助けえぇぇぇぇぇ……)
結局、俺と糞爺はキキーモラ達の箒で袋叩きにされたのだった。