アズガルドの矜持
アズガルドに引っ張られながら、俺はゲートを抜ける。
すると、庭園へと降り立った。
草のが生えていない無機質な庭には、精巧に作られた造花や彫刻などが飾られている。
(あれ……ここって……)
そう、俺はここに見覚えがあった。
その証拠に、ふわりと俺達の前にノクターンが舞い降りてくる。
「うふふ、アズ君と仲良しさんになったみたいね。お姉さんはとても嬉しいわ。」
彼女はそう言うと、アズガルドの頭を優しげに撫でた。
一方で、アズガルドは憮然とした表情でノクターンを見た。
「姉君様よ……いくら何でも、ゲートに干渉してヴァルハラにつなげてはならぬ。後であの天使共に難癖をつけられてはかなわぬではないか。」
だが、ノクターンは涼しげな顔をしながらアズガルドに言い放った。
「そういうアズ君だって、デイヴィットの居場所を知っていながら私に黙っていたわよね?」
気まずげな顔をしながらアズガルドはそっぽを向く。
ノクターンはそんなアズガルドの頬をぐいっと掴むと、自分の方へ向けた。
「アズ君……黙っていても無駄よ。地上は貴方の庭なんだし、大抵のことを感じることが出来るはず。でも、貴方は他の竜達と示し合わせて、私にそれを伝えないようにしていた。」
何も答えないアズガルドの顔を覗き込みながら、ノクターンは言葉を続ける。
「あいつのせいで転生者の名が地に落ちるのを待っていたのよね? お姉さん的にはそういうのって良くないと思うのよ。誇り高き竜族なら、己の拳で相手を粉砕するものじゃないかしら。」
アズガルドの目が鋭くなり、刃をギリギリと食いしばる。
あまりに強く噛みしめたのか、口から一筋の血が流れ落ちた。
そして、彼は押し殺すような声で吐き出すように言った。
「姉君様よ……貴女が我にそれを言うのか? 『竜がこの世の諍いに手を出せば、人間との平和に大きな亀裂を生じさせる』と言ったのは貴女自身ではないか! だからこそ、人間共が盟約を破って精霊達が傷つく姿を見ても、我らはずっと我慢し続けてきたのだ。それにあの魂食いを生み出したのは人間共の王……自分達の不始末は自分達で後始末をするのが筋だろうが!!」
アズガルドの言葉にノクターンは悲しげな表情をしながら目を伏せる。
だが、彼の怒りは収まらない。
「誇り高き竜族が、自らの世界を穢されながらずっとその拳を下げ続けてきた……これがどれほどの屈辱か、姉上には分からぬのか? まして、我が最愛の女性の残り香である妖素を鉱石から打ち消すような真似までさせられて……どこまで我らを愚弄すれば気が済むのだ……」
わなわなと震えるアズガルドの怒りを示すかのように、彼の体が次第に巨大な赤い竜へと変化していく。
彼が咆哮をあげると、鱗が熱く燃えたぎる溶岩のように赤く輝き始めた。
庭全体がマグマに包まれはじめたので、俺は思わず斧槍を具現化して相殺刃を放つ。
どうやら魔力の類いだったようで、マグマは跡形もなく消えていった。
(このままじゃ、ヴァルハラがとんでもないことになってしまう)
思わずノクターンの方を見ると、彼女は涼しげな顔をしながら肩をすくめた。
「こうなると思ってたのよね……実は、貴方達が来る前に結界を貼っておいたのよ。」
「えっ……そうなんですか? 全く気づきませんでした。」
驚く俺に、ノクターンは自慢げな顔で胸を反らした。
「お姉さん自慢の強力な結界でね。外界とすべてのものを隔絶することが出来るのよ。」
「へえ~すごいですね!」
「でしょう? 時間すら隔離された空間になっているから、好きなだけアズ君の相手をしてあげてね。」
とんでもないことを言い始めた彼女に、思わず俺は色をなした。
「へっ!? あんなとんでもない奴をどうしろと!!」
アズガルドはギロリと俺を睨むと、右腕を高く振り上げた。
「貴様一人で我を相手にするだと? よかろう……その意気は認めてやろう。ならば、この一撃を受けてみよ!」
「いやいやいや!! そんなこと言ってないですから!?」
俺は慌ててそれを否定しようとしたが、彼は灼熱に燃える拳をこちらへ振り下してきた。
「うおぉぉぉぉぉ!? 流石にあれは死ぬ、死んでしまううぅぅぅぅぅ!!」
ノクターンはパニックに陥る俺の背中を思いっきり叩くと、不敵な笑みを浮かべた。
「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。そもそも、ケイは不老不死なんだから。では、お姉さんが言うとおりにやってみましょう! まずは、例の奥義をやってくれないかしら?」
(こうなったらもう、どうにでもなってしまえ!!)
破れかぶれになった俺は、相殺のフィールドを展開する。
ノクターンはさっとその中に入ると、俺の肩の上に優しく手を乗せた。
「では、ここはお姉さんを信じてじっとしてましょうね。」
「え……でも、拳が近づいてくるんですけど……うわあぁぁぁぁぁ!? もう駄目だぁ!」
だが、次の瞬間アズガルドの拳が跡形もなく消え去った。
「ええっ!? どういうこと??」
訳が分からずに俺は呆然とする。
俺と同様に、アズガルドもあんぐりと口を開けて固まった。
「なっ……これはどういうことだ……我の拳が……」
不自然な静寂がその場を支配する中、ノクターンがトンと俺の背中を押しながら叫んだ。
「よし、今よ! アズ君の頭に一撃いれて!!」
俺は押されるがままにそのまま飛び上がり、アズガルドの頭に斧槍を振り下ろす。
アズガルドも残った左腕で防御しようとしたが、俺のフィールドに触れた瞬間に腕が消え去り、まともに斧槍の一撃を食らった。
確かな手応えと共に、まばゆい光が辺りを包み込む。
そして、光が消え去ったと後には元の姿に戻ったアズガルドが膝をつきながら頭を押さえて呻いていた。
「むぅ……これほどまでに見事な一撃を食らうとは……一体どういうことなのだ??」
彼は頭をブンブンと振りながらむくりと立ち上がる。
そんな彼に、ノクターンは悪戯っぽい表情をしながら声をかけた。
「そりゃあ、竜体化って魔法なんだもの。ケイの相殺のフィールドなら簡単に無効化できるわ。地上の事象をすべて知っていたとしても、実際に体験しなければ足をすくわれちゃうのよ。これで少しは頭冷たかしら?」
アズガルドはじっと俺を見つめると、大きくため息をついた。
「確かにそうかもしれぬな……孫弟子に一撃もらうとは、我も落ちたものだ。」
「えっ……孫弟子って……どういうことですか?」
「どうもこうもあるまい。お前が使っている相殺は、我がフェンリルの小僧に教えてやったものだ。非力な者達でも竜脈のような技を使えるようにとな。あの小僧の弟子ということは、我の孫弟子であろうて。」
(えっ……相殺って竜脈から派生した技なの?? 確かに、あれ喰らうとダメージ回復していたけれど……)
突然のことに俺は戸惑う。
アズガルドはそんな俺に腕組みをしながら笑いかけた。
「何はともあれ、まともに一撃を受けたのはルキフェルと手合わせをした時以来だ。久々にすっきりした気分になったぞ。」
そんなアズガルドへ、ノクターンが笑顔で言った。
「実はね……アズ君にとても良い提案があるのよ。」
なにか嫌な予感がして、俺は背中に悪寒を感じた。
そして、それを裏付けるかのように、ノクターンが俺を指さしながら告げた。
「ケイの奥義のフィールドの中ではアズ君も竜体化できないから、思う存分ケイと手合わせが出来ると思うのよ。久々に、思いっきり体動かしてみたらどうかしら?」
「むむっ!? それは素晴らしいな。もちろんケイは受けてくれるな!!」
アズガルドはまるで童心に返ったかのように、期待に満ちた目をしながらブンブンと腕を回転させはじめる。
(こうなったら、何を言っても無駄だろうな……)
俺は諦めたように相殺のフィールドを展開した。
そして、アズガルドの気が済むまで手合わせに付き合うことになったのだった。