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筋肉万歳(まっする)

 俺は動力炉の前でイフリート達と一心不乱にポージングを続ける。

 俺が筋肉を盛り上がらせるたびに、周囲のイフリート達が共鳴して猛々しく業火を放つ。

 煉獄の炎は皆の情熱を示すかのように、俺の体を焼き尽くす。

 身を焼かれる苦しみから、俺は苦悶に満ちた顔で床をのたうち回る。

 だが、身は焼かれても、心を焼き尽くすことは出来ない。

 俺は、アズガルドの《竜脈》という名の張り手で、気合い……もとい体を回復させると、再びポージングに勤しんだ。

 永遠とも思える回数のポージングをする中で、俺は何かに目覚めていく。


 心頭滅却すれば火もまた涼し……煩悩をすべて消化させ、己の肉体を輝かせることこそがこの世の心理なのだ。

 余計な雑念はすべて消し、ただこの肉体を猛々しく鍛え抜く。

 そう、俺は肉体美の求道者。

 神経一つ一つを研ぎ澄まし、美しきポージングをするために生まれてきたに違いない。

 もはや、俺の頭に浮かび上がるのは《筋肉万歳(まっする)》という文字のみ。

 何を感じようが、何を言われようが、まっする……まっする……

 おお、神よ……今の私こそが美の化身! さあ、とくとご覧じろ!!


 だが、この素晴らしき時間を邪魔しようとする者が居た。

 目の前で見事な肉体美を持つ誰かが何かを俺に訴えかけてくるのだ。

 だが、俺には雑念を感じている暇はない。


「ケイ……ケイよ?? おい……!?」


「うーん? まっする?? まっする!?」


 目の前に居る誰かが、さらに何かを俺に伝えようと怒鳴っている。


「……!?……!!……!!!」


 だが、今の俺にはそれは意味をなす言葉には聞こえず、ただの雑音にすぎなかった。

 だから、俺はその雑音をかき消すべく、力強くモスト・マスキュラーのポージングをした。


「ふおぉぉぉぉぉぉ!? まっするうぅぅぅぅぅぅ!!」


 周囲に居る《炎の精霊(我が同志達)》は、俺のポージングに賛美の嵐を浴びせる。


「なんと自信に満ちたポージング……見違えましたぞ、ケイ様!!」

「細身ながらも、無駄のない筋肉……これは新時代の始まりかもしれぬ!」

「もう我らに教えることはない……新たな境地へと旅立ってくだされ!!」


 えもしれぬ甘美な感覚に酔いしれ、最高のアルカイックスマイルを決めた瞬間、俺の頭に強烈な張り手が叩き込まれた。


「ええい……正気に戻らぬか! この馬鹿者があぁぁぁぁぁぁ!!」


 怒号と共に放たれた強力な張り手を頭上から受け、俺は頭から地面にたたき伏せられる。

 その瞬間、意識がはっきりしてきた。


(あれ……俺は一体??)


 眼前には床が見え、緊迫した顔をしているアズガルドがこっちに近づいてくる。

 どうやら、まだ俺が正気に戻っていないと勘違いして、さらに強力な張り手を見舞おうとしているようだ。


「え……ちょ……まっ(って)!!」


「この期に及んで『まっする』だと……まだ、正気に戻らぬのか!?」


 俺はそのまま肩を捕まれると、《竜脈》という名の往復ビンタをしこたま喰らう。


「ぶべっ……待って!! ぐふっ……もう、大丈夫ですから!?」


 必死で叫ぶ俺を見て、アズガルドが呆れた顔をした。


「むぅ……ようやく正気に戻ったか。まったく、自我をなくすまで没頭することはないだろうに……」


「あはは……これが俺の性分なんです。」


 俺は少しよろつきながら立ち上がり、動力炉を見渡す。

 そんな俺に、イフリート達が微笑ましげな顔で熱い笑顔を送ってくれた。

 それに応えるようにサムズアップしながら、アズガルドに向き直る。

 

「こうすることで、得られることもあるんですが……少しだけ、俺に時間を頂けますか?」


 アズガルドは怪訝な顔をしながらも、腕を組んで頷いた。


「得られること?? まあいい、やってみるが良い。」


 俺はアズガルドに礼をすると、バニングに声をかけた。


「バニングさん、これから俺がするポージングを見て頂けますか?」


 俺はおもむろに数種類のポージングをし始める。

 流石に、数えるのも嫌になるくらいのポージングをしたおかげで、体が勝手に最適なポジションに動いてくれた。


「さて、バニングさん、このポージングの重要な所を教えて頂けますか?」


 バニングは微笑みながら即答する。


「そのポージングをする際は、相手に体の正面を向けて下さい。両腕をもう少し優しく開き、広背筋をより大きく見せるのです。そうそう、良いですね! さらに、脚の筋肉にもう少し力を入れて、踵に体重を乗せるような形でいきましょう。」


 俺は満足げに頷きながら、次のポージングへと移る。

 ポージングをするごとにバニングに要点を聞いたが、彼はとても正鵠を射た表現でアドバイスをくれた。

 そして、数種類のポージングをした後、俺はバニングに頭を下げた。


「やっぱり、バニングさんの教え方はとても上手ですね。」


 バニングは嬉しげな顔で頷く。


(それなのに、亜人達の中ではリオンは変わり者扱いだし、こういった活動を行いたいという者を見ていないんだよな)


 そんな彼に俺は疑問を投げかけた。


「これだけ教え方が上手なのに、どうして魔王軍では肉体美を追い求める者が少ないのですか?」


 バニングは深くため息をつくと、自らの肉体を指さした。


「どうも、肉体美を極めんとすること自体が敷居の高いものという認識が強く、中々に興味を持って頂けないんです。」


 そして、俺とアズガルドを交互に見た。


「そして、ケイ様みたいな特殊な体質ならともかく、炎に耐性のない者に直接教えることが難しいということもありますな。リオンも頑張ってくれてはいるのですが、うまくいっていないのが現状です。」


(なるほどね……まあ、大体予想通りだから、なんとかなるか)


 俺は大いに納得した体で頷き、バニングをはじめとしたイフリート達に問いかけた。


「それでは、肉体美を極めることに対する敷居を下げたい。そして、肉体美を追求することの素晴らしさを広めたいということで良いですね?」


 俺の言葉にバニング達は頷くが、アズガルドは怪訝な顔をしている。


「自信満々のようだが、そんな簡単にできるのか? もし、あの者達を惑わそうとするのであれば、容赦はせぬぞ。」


「まずは、俺の話を聞いて下さい。その後で判断しても良いのではないでしょうか?」


 アズガルドは眉間にしわを寄せて考えていたが、イフリート達の期待に満ちたまなざしを見て諦めたように頷いた。

 それを確認した俺は力強く手を叩いて周囲の注目を集める。


「さて、これから俺がすることをよく見ていて下さい。」


 そう言うや否や、俺は工場の朝礼でやっていたラジオ体操を始めた。

 アズガルドは呆れた顔をしていたが、イフリート達は興味津々で俺の動きを見ている。

 ラジオ体操が終わると、俺はにっこりと笑った。


「では、皆さんも俺と同じようにこの運動をしてみましょうか。」


 バニングをはじめとしたイフリート達は、俺の動きを真似しながらラジオ体操を始める。

 ムキムキのマッチョマン達が運動する光景は、なんとも暑苦しい。

 だが、彼らの筋肉がしなやかに動いているせいか、中々に様になっているようでもあった。

 ラジオ体操が終わると、バニングが大きく拍手をしながら嬉しげに叫んだ。


「素晴らしい! 体全体を無理なく動かすことで、血流が良くなりますな。これはきっと体にとても良い影響をもたらすでしょう。」


(俺の思ったとおり、彼は話が分かる男だ)


 俺は大いに頷くと、自分の胸を力強く拳で叩いた。


「そう、それです! 俺の世界ではこの運動を《ラジオ体操》と呼んでおりました。《ラジオ体操》は体に良いため、老若男女すべてに普及していました。魔力や耐性関係なしに、誰でも気軽に健康に良い動きが出来る。すなわち、この《ラジオ体操》を通じて体を鍛えることは素晴らしいことだという風なイメージを周囲に抱かせれば良いというわけですよ。」


 イフリート達は納得した表情で頷く。

 手応えを感じた俺は、ポージングをしながらアルカイックスマイルを決めた。


「その上で、貴方達の肉体美を極めんとする姿を中継できるようにする。そうすることで、肉体美に興味を持つ者が増えるのではないかと、俺は考えているわけです。」


 俺の提案にイフリート達が色めきだつ。

 だが、アズガルドは渋い顔で俺に問いかけた。


「調子の良いことを言っているが、どうやってお前の考えを広めるつもりだ? 動力炉の中だけで流行ってもしょうがないだろう?」


 俺はその問いに対してすぐには答えず、地面を見ながら小気味良く手を叩いた。


「フォラス! どうせ、いつも通り俺のことを監視してるんだろう? 出てきてくれないか。」


 俺がそう言うと同時に、フォラスがすっと地面から現れた。


「何じゃ……分かっておったのか? つまらぬのう。」


「前に俺とアリシアに言ってたじゃないか。『盗撮ではないが、常に俺の仕事を監視している』って、だから、今もすぐそばに居ると思っただけのことさ。」


 フォラスは面白くなさげな顔をしながら、ちらりとアズガルドを見る。

 それに反応したアズガルドは顔をしかめた。


「悪魔の総統ともあろう者が、コソコソとモグラのような真似を……」


「気づかない方が悪いのじゃよ。見られたくなくば、結界でも張っておけば良いじゃろうて。」


 場の雰囲気が面倒になり始めたので、俺は強引に話を進めることにした。


「ええと、話の続きをさせてもらいますね。そういったわけで、フォラスに水晶玉でこの運動を録画してもらって、各地で中継してもらうっていうのはどうでしょうか? 俺としては、先ほどのようにイフリートの皆さんがこの運動をやっている様子を映した方が効果があると思うので、協力して欲しいんですが……」


 俺の言葉に、イフリート達は歓喜の声を上げてフォラスを取り囲む。


「なんと……フォラス様が我々のためにそこまでして下さるとは、感動の極みにございます。ささ、我らと共に体を動かしましょうぞ。」


「儂はそんなこと聞いておらぬぞ!? ケイ! 儂を嵌めおったな……」


 揉みくちゃにされながら睨むフォラスに、俺は笑顔で手を振った。


「頼りにしているってことだって。それに、魔力を使わなくても健康になる方法なら、人間側に教えて恩を売ることだって出来るだろう? せっかくだから、フォラスも健康のために《ラジオ体操》をやってみるといいんじゃないかな。何事も実践って奴でさ。」


「ぬ……ぐぐぐ……後で覚えておれ!!」


 フォラスはギリギリと歯を食いしばりながら、渋々とイフリート達に従ってラジオ体操を始める。

 それを見たアズガルドが、腹を抱えて笑い出した。


「く……くくく……あのやっかいな糞爺を手のひらで転がすとはな。さて、我と共に来てもらおうか。」


 彼は笑いながら俺の肩を力強くバシバシと叩きくと、ゲートを開いてその中へ俺を押し込むのだった。

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