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筋肉の楽園

 工房を出たアズガルドは、不機嫌そうな顔で口を真一文字に結びながらズルズルと俺を引っ張っていく。

 気まずげな空気が漂う中、俺はアズガルドに話しかけた。


「ええと……話があるって言ってましたが、どういったご用件でしょうか? それに、引きずらなくっても、そろそろ自分の足で歩けると思いますよ。」


 彼は俺を一瞥すると、大きくため息をついた。


「まったく、転生者達はどうして己の身を大事にせぬものなのか。ケイよ……お前自身は気づいていなかったようだが、体の中で魔力が暴走しているのだぞ?」


「ええっ!? それってかなりヤバいんですか?」


 アズガルドは慌てる俺の腰を両手でつかんで、そっと地面に立たせる。

 そして、右腕を大きく振り上げた。


「そう心配するでない。まあ、我に任せておけ!」


(なんかいやな予感が……)


 そう思った次の瞬間、アズガルドが強力な張り手を俺の背中にぶち込んだ。

 ものすごい衝撃と共に体中に電気ショックを受けたような痛みが走って、俺は地面をのたうち回る。


「うおおぉぉぉぉぉ!? 痛えぇぇぇぇぇ!!」


 だが、意外にもその痛みはすぐ引いていき、逆に体が軽くなった。


(あれ?? なんだかさっきまでの脱力感が全くなくなったぞ……)


 俺が服についた土埃を払いながら立ち上がると、アズガルドは腕組みをしながらにやりと笑った。


「《竜脈》という技だ。乱れた気の流れを正しい道へと戻す。禁忌とやらを犯したせいで、お前の魔力はずいぶんと乱れていたからな。治る際にその反動が来たのだろう。」


「へえ~そうだったんですか。直してくださってありがとうございました。」


そう言いながら俺が頭を下げると、彼は快活に笑った。


「うむ! 素直な奴は嫌いではない。それに、お前には試練を受けてもらわねばならぬからな。」


 そう言いながら、アズガルドは俺の腰をむんずとつかむと肩に抱えだした。


「へっ……試練?? えっと、それは一体?」


「竜は来訪者に対して試練を科すものだからな! さあ、いざ参ろう!!」


 全く答えにならないことを言いながら、彼はズンズンと街の中心部にある大きな建物へと向かっていく。

 そう……例の悪夢のような思いをした《筋肉の楽園》こと動力炉へだ。

 なんともいやな予感がして、俺は冷や汗をかきながら彼に問いかけた。


「あっ、あっちの方角って、動力炉ですよね……あんなところで何の試練をするのですか?」


「ほぅ……あれを知っていると言うことは、バニングとも知己ということか。それなら話が早いな。」


 アズガルドは悪戯っぽく笑うと、飛ぶような速さで動力炉へ駆け込んでいく。

 そして、勢いよく扉を開けると勇ましい声で叫んだ。


「我が眷属達よ! 元気でやっておるか? 今日はこの者に試練の機会を与えることにした!!」


 それを聞いた《炎の精霊(イフリート)》達が一斉にこちらへと振り向き、姿勢を正して敬礼をした。

 アズガルドは満足げに頷くと、俺を地面に下ろす。

 周囲の目が俺に集まる中、アズガルドはバニングを手招きした。


「さて、バニングよ。ケイにいきなり試練を与えるのも酷な物だと思うのだ。だからな、軽く準備運動でもしてもらおうではないか。」


 それを聞いたバニングは、満面の笑みで頷くと俺の手を取った。


「なんと素晴らしい! ケイ様、やはり我らは深い縁でつながれていたに違いありませぬ。さあ、我らと共にポージングをしましょうぞ。」


 ジュウゥゥゥゥゥといういやな音と共に、また俺の手が燃え上がり始める。


「手が……俺の手がぁぁぁぁぁ!」


 あまりの熱さに床を転げ回る俺の背中に、アズガルドの強烈な張り手がぶち込まれた。


「何をしている! さあ、さっさと立て。そして、ポージングをするのだ。」


「痛えぇぇぇぇぇ!? ……って、あれれ?? 熱さと痛みが消え去ったぞ?」


 背中にはものすごい衝撃が伝わってきたのだが、先ほどまでの刺すような熱さと痛みを感じない。

 アズガルドが不思議そうな顔をする俺の肩をむんずとつかんで、ひょいと動力炉の方へ放り投げた。


「お前が燃え尽きそうになったら、何度でもこうやって直してやる。故に、安心してポージングに臨むが良い。」


「えっ……だって、俺って回復魔法とかが聞かないはずじゃ?? どういうこと……」


「つべこべ言わずにやらんか! バ~ニング!! お前がケイに手本を見せてやれ。」


 バニングは誇らしげな顔をしながら、動力炉と向かい合う。

 そして、両腕を上げて上腕二頭筋を大いに盛り上がせながら叫んだ。


「フロントダブルバイセップス!!」


 その瞬間、彼の全身から灼熱の炎が放たれた。

 放たれた炎は動力炉の中へと吸い込まれていき、それと同時に周囲のイフリート達が声かけをし始めた。


「バニング殿!! キレておりますぞ!」

「何という良い仕上がりか! 日々の筋肉に対する思いが今ここに!!」

「肩から足が生えているようだ……まさに新時代の幕開け!」


 誇らしげに筋肉を盛り上がらせながらアルカイックスマイルを決めるバニングに、周囲のイフリート達も負けじとポージングを始める。

 その途端、一気に部屋がガスオーブンのような状態になった。


「ぬわあぁぁぁぁぁ!? 熱いぃぃぃぃぃぃ!!」


 体全体が燃える感覚に襲われて、俺は悶絶する。

 すると、アズガルドがツカツカと歩いてきて、また背中に張り手を見舞ってきた。


「ケイよ……この世界に転生してきて何かを成し得たいと思うのならば、これくらいの苦行ぐらい耐えて見せるのだ! さあ、バニングに従って、ポージングをせい。」


 やり方は荒ぽかったが、アズガルドが張り手をした瞬間に部屋の火が一気に吹き消され、俺の体も火傷から回復する。


(なんだか分からないが、きっと俺のために何か考えてくれているに違いない!)


 ヤケクソ気味にそう解釈した俺は、バニングを真似て両腕を上げた。

 こういう時は、何も考えず馬鹿になって懐に飛び込むのが良いと、本能的に感じ取ったからだ。


「うおぉぉぉぉぉ!! フロントダブルバイセップス!」


 横で俺のポージングを見ていたバニングがそっと俺の胸に手を当てた。


「腕だけではなく、上半身に力を入れるのですぞ! さあ、もう一度!!」


「熱いぃぃぃぃぃ!!!」


 熱さにひるむ俺に、アズガルドがまた張り手をぶち込んでくる。


「仮にも魔王軍の幹部が情けない姿を見せるでない! 歯を食いしばれ!!」


 なんだかよく分からないが、この張り手は俺の熱さをまたしても取り去った。


「ふうぅぅぅぅぅ!! なんとか回復……今度こそ、フロントダブルバイセップス!!!」


 勢いのままに力強く上半身に力を入れると、バニングが嬉しげな声で叫んだ。


「素晴らしい……ケイ様の上腕二頭筋が喜びに震えておりますぞ!!」


 それに触発されたイフリート達が負けじとポージングをして、部屋の中がまた灼熱地獄と化す。


「うわあぁぁぁぁ!? やっぱり体が燃えるぅぅぅぅ!!」

「ええい! 気合いを入れぬかぁぁぁぁぁ!!」

「ケイ様! その調子ですぞ。ささ、違うポージングを……」


 ポージング、灼熱地獄、張り手……永遠に続くと思われるこの地獄のループを千回ほど繰り返したところで、俺は考えることを止めたのだった。

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