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炎竜アズガルド

「……とまあ、俺が前世所属していた組織では、品質に対する価値を顧客に示せなかったが為に、品質を軽視してしまいました。そして、組織の長……すなわち社長がその座を退くことになると共に、組織が存亡の危機に陥るほどの打撃を受けたんです。」


 過去の経験を語り終えた後、俺は周囲を見渡した。

 コブラナイ達とドワーフ達の反応は悪さそうだ。


「長が変わるほどの問題になるなんて、恐ろしい話だな。」

「仕事が増えるのに、給金が貰えなくなる事態なんていうのは避けたいもんだね。」

「不正に手を染めるというのは、病魔に冒されるようなものだな……俺達も気をつけなければ。」


 ただ、アンバーは首をかしげて何かを考えており、フォラスの表情は厳しいものだった。

 フォラスは静かに首を振りながら、俺に問いかけてきた。


「ケイよ……確かにお主の過去の経験については理解した。じゃが、それは社長とやらが愚鈍だったたにすぎぬぞ。ルキフェル様はそんなことは絶対になさらぬし、アンバーもそこまで暗愚ではない。それについてはどう答える気じゃ?」


(まあ、そういう風な解釈もできるよな)


 俺は大いに納得した体で頷いた。


「確かにそういったことも一因となり得る。だが、社長が替わっても結局は同じように品質の軽視につながってしまったということは、それが根本的な原因……つまり真因ではないということにつながるんだよ。」


「ふむぅ……じゃあ、お主はどうしてそれが品質軽視によるものだと考えるのか?」


「原因分析の手法としては様々な方法がある。とりあえず、今回については因果関係という物を主体に考えた。現場の不正については、会社が品質を軽視するような方針を示したことが原因だ。そして会社が品質を軽視するような方針を打ち出したのは、品質が価格に反映されていないから利益につながらないため。さらに、品質が価格に反映されていないのは、顧客に製品の品質の価値を示せていない……つまりはこのことが根本的な原因だと考えられるのさ。」


そこまで説明したところで、俺は気恥ずかしげな顔をして頭を掻いた。


「偉そうなことを言ってしまったけれど、俺が今示した方法には大きな穴があるんだ。」


「ほう……その穴とはどういう物なのか?」


「こういった真因の追及を行う時っていうのは、クレームが発生した場合だ。つまり、こちら側が何か失敗をしてその説明のために行う。だから、会社の上層部の者に咎が及びそうになるときは、あえて問題の方向をねじ曲げてしまうのさ。例えば、現場の不正は担当者が勝手にやったせいであり、そういった不正が出来ない体制を作れなかった品質管理課が悪いという風にね。」


 フォラスが眉間にしわを寄せながら、何かを考えているようだ。

 俺は彼に優しく笑いかけながら、親しげな口調で言った。


「だけど、今回は違う。フォラスが権限と刃の話をしてくれたように、俺が幹部して行動するからには、責任をもった判断をしなければならない。だから、将来にわたって禍根を残さないよう、真因について忌憚なく言わせてもらったんだ。」


 フォラスの目が少し優しげになり、納得した表情で頷いた。


「まあ……危なっかしい感じもするが、及第点としよう。アンバーもケイの意見を採用すると言うことでよいな?」


 アンバーの表情も和らぎ、笑顔で俺に向かって歩いてくる。

 そして、バシバシと俺の肩を力強く叩き始めた。


「てっきり、あたしのやり方に問題があったんじゃないかと勘ぐっちゃったよ。まあ、そういうことなら品質に対する価値という物をしっかりと人間側に認めさせないといけないね。」


「あ……ははは、そう言って下さると助かります。それでは、皆さんも今回の件については、俺の意見を採用すると言うことで良いでしょうか?」


 コブラナイ達とドワーフ達が俺の言葉に頷こうとしたその瞬間、とても威勢の良い声が工房全体に響き渡った。


「我は納得できないな!!!」


 怒号のようなその声に共振するように、工房全体が大きく揺れ始める。

 それに共鳴するように、釜の火が燃えさかるような熱気に辺りが包まれた。

 そして、目もくらむような閃光と共に、上半身裸の大男が現れた。


 肩にかかるくらいの長さの髪はオールバックロングにまとめられ、マグマのように輝く赤金色をしている。

 そして、額の上の方から左右に二本の見事な鹿のような黒い角が生えていた。

 目はどこか爬虫類を思わせるような切れ長の三白眼をしている。

 ただ、太い眉と鼻の高さがそれを打ち消して、イケメンな顔つきに仕立て上げていた。

 鋭い八重歯を輝かせながら大きな口で挑発的に笑う様は、なんとも俺様的な性格を匂わせる。

 ニメートルほどはありそうな体躯は、細身ながらも非常に筋肉質で武人と言った風体を醸し出していた。


 工房の皆が、男を畏怖するように膝をつく。

 だが、アンバーだけは呆れたような顔をして男に向かって叫んだ。


「この馬鹿アズ!! 格好つけて登場しやがって……工房が吹き飛んだらどうしてくれる気だ!」


(おおう! このイケメンがアズガルドか。でも、竜の姿をしていないぞ??)


 アズガルドはその言葉を意に介さずに、無造作に巻かれた虎柄の腰巻きと袴のようなズボンをはためかせながら、俺にツカツカと歩み寄ってくる。


(この感じ、就任式の時にフェンリルにやられたときと同じだ……)


 ふと嫌な予感がした俺は、地面を足で蹴って後ろに下がろうとした。

 だが、まだ体がうまく動かないせいか、バランスを崩して倒れ込みそうになる。

 それに反応したアリシアが俺の体をすっと引いた。

 次の瞬間、轟音が鳴り響き、先ほどまで俺がいた場所に大きな穴が開いた。

 アズガルドは両腕を組みながら、俺を見下ろしながら言った。


「中々に弁が立つようだが、我は騙されぬぞ! ケイ……我は転生者が嫌いだ。お前達は前世の常識を我らに押しつけようとする。それは、天界が人間どもの為に地上を侵攻してきたことと、同じようなものだからだ。」


(うーん……どう説得したものか……)


俺は少し首をかしげながら、右の人差し指で顎を押さえながら可愛らしく言った。


「えっと……俺は悪い転生者じゃないです……よ?」


 この行動は予測していなかったのか、アズガルドが一瞬固まる。

 なんともいえない沈黙が辺りを支配する。

 それを破ったのはアンバーの笑い声だった。


「ぷっ……くくく……あははははは!! よりにもよって、アズにそんな色仕掛けをするだなんて、ケイ様は馬鹿だなぁ! リヴァイアの誘惑にだってあいつは乗らなかったんだから、通用するわけないじゃないか。」


 アンバーにつられて、周囲から笑いがこぼれ始める。

 その空気にアズガルドは毒気を抜かれたように、頭をボリボリと掻いた。


「ええい……とりあえずこの者は借りていくぞ。その腐った根性をたたき直してくれる!」


 彼はそう言うと、アリシアから俺をひったくるようにして襟をつかんで持ち上げた。

 アリシアが抗議しようとしたが、フォラスがそれを制止する。


「お嬢様……これは、男同士の話し合いでございますぞ! 割って入るのは野暮というものですじゃ。」


(えっ!! そういうのじゃないってば!?)


 慌てて俺はそれは違うというジェスチャーをしようとする。

 だが、アンバーがたたみかけるように言った。


「そうだよ! ただでさえ納期が迫っているっていうのに、これ以上工房で暴れられたらたまったもんじゃない。ケイ様達が話をしている間に、あたしらはしっかりと《選別出荷》や《技能検定制度》とやらが出来るように頑張るからさ。」


 彼女の言葉にアズガルドが反応する。


「待て!? 我はそんなことをして良いとは言っていないぞ! あまり好き勝手なことをするのであれば……」


 彼の言葉に、アンバーはまるで子供のように癇癪を起こした。


「ああ……もう、うるさい!! 何が好き勝手だ! アズだって、工房全体を吹き飛ばしそうな登場の仕方してるんじゃないか!? その上、こんな穴まで開けちまって……この後、その後始末だってしなきゃいけないんだぞ? それに……それに……」


(普段、姉御のように振る舞っているアンバーに、あんな一面があったのか……)


 彼女の意外な一面を見た俺は、思わずアンバーを凝視する。

 それに気づいたアンバーが、しまったという顔で俯いた。

 なんとも気まずげな空気になり始めてしまったので、俺はおずおずとアズガルドに提案した。


「えっと……とりあえず、どこへ連れて行かれるのは分かりませんが、一旦ここを出ましょうか?」


 アズガルドは苦虫を噛みつぶしたような表情で俺を見ると、押し殺すような声でアンバーに告げた。


「いいだろう……好きにするが良い。我はこの者と少し話をするとしよう。」


 そして、俺の襟を乱暴につかんで引きずりながら、工房を去っていくのだった。

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