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感覚強化の魔法

 マリンノートの香りの消失と共に、工房内に落ち着きが取り戻される。

 それを見計らったかのようなタイミングでフォラスがゲートを開いて現れた。

 彼はわざとらしく鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぐと、大げさに肩をすくめた。


「何じゃこの匂いは!? 鉱山都市にいるのに、まるで海岸にいるようじゃぞ?」


(この糞爺……とぼけやがって)


 俺は歯をぎりぎりと鳴らしながら、フォラスに食って掛かった。


「あのさ……昨日ノクターンに『大事なことはちゃんと伝えないといけない』って言われたばっかりだよね?」


「むむ?? 儂はケイにはちゃんと大事なことを全部話したつもりなのじゃが……なにか問題でもあったのかのう?」



 あくまで白を切る糞爺に、俺は少しイラッとしながらはっきりと告げた。


「なあ、アルケインに大事なことを教えてなかったよな?」


 彼は周囲を注意深く観察しながら、素早い身のこなしで俺に近づく。

 そして、周囲に聞かれないように耳元で囁いた。


「めったなことを言うでないぞ……ヴァルハラの中のことを外に出すにしても、注意深くやらねばならぬ。死霊達に憧れるものが現れたら今までの苦労が泡となって消えてしまうのじゃ。じゃからこそ、儂はそういったことに長けているケイだけに真実を伝えたのじゃ。」


 フォラスが言いたいことは解ったが、それは全く見当違いのやり方だ。

 だから、俺も声を潜めながら彼に言った。


「いや……アルケインのあの技術を見たら、どう考えてもそうはならないだろうがよ!」


 フォラスは顔をしかめて大きく溜息をつく。


「ケイならば、何とかしてくれると思ったのじゃ! 現にうまくいっておるじゃろう?」


(結局、俺頼みなのかよ……まあ、それだけ信頼してくれてるって事なのかもしれないけどさ……)


 これ以上話しても埒が明かないので、俺は静かに首を振ることで話を切った。

 そんな俺達の様子を見たアンバーがニヤニヤしながら問いかけてきた。


「その様子だと、爺様はケイ様との中を進展させたみたいだね。そんなに親密そうに何を話していたんだい?」


 フォラスはアンバーを無視して何かを考え込むような素振りをした後、好々爺然とした笑みを浮かべた。


「儂が思うに、この場にいる者達はどのようにしてアルケインが鍛冶や鑑定の技術を習得したか気になっているようなのじゃ。」


 マルトーを初めとしたドワーフ達やヘーレンを初めとしたコブラナイ達は、フォラスが言う言葉に頷く。


(確かに……俺も気になってはいるんだよなぁ)


 アルケインが魔王軍に来てから、そう時間は経っていないはずだ。

 それなのに彼はあれほどまでの鍛冶技術や鑑定の技術を身につけてしまっている。

 彼がそういったことの天才だとしても、あまりにも習得が早すぎるのだ。


「そうそう! そういうのが聞きたかったんだよ。爺様が話が分かるお方で良かったよ。」


 アンバーが屈託のない笑顔を浮かべながら、フォラスに駆け寄ってその肩をバシバシと叩く。

 フォラスは不機嫌そうに顔をしかめながら、意味ありげに俺の方をチラリと見た。


「そういうお前は、儂と真逆で本当に話が通じないのう……物事の本質というものについて、もう少し考えた方が良いと思うぞ。」


「そういう謎かけは苦手なんだよ。爺様はもっと分かりやすい言い方をしたほうが良いと思うんだ。」


「まったく、師匠をなんだと思っているのか。まあよい……アルケインにこの先は説明させるとしよう。」


 話を振られたアルケインは静かに頷くと、穏やかな笑みを浮かべながら語り始めた。


「私はフォラス様よりこの地上から隔絶された世界に遣わされております。そして、その世界の技術を皆様方にお伝えするように申しつけられているのです。」


 マルトーやヘーレン達は興味深げにアルケインの話に耳を傾け始める。

 そんな彼らを見渡しながら、アルケインは自らの目を指さした。


「転生前の私の世界に、《感覚強化》という魔法がありました。本来であれば、真っ暗な洞窟の中で敵と戦うために視力や聴力などを強化するために使う魔法です。この魔法を正しい槌の古い方や鑑定の光を感知することに利用できるように応用したのです。」


 マルトーは目を見開きながら、アルケインに問いかける。


「つまり、魔鉄鋼を叩いた時の手応えをより強く感じることが出来るようにしたと言うことですかね?」


「そういうことになります。微細な感覚の違いを感じられるようにすることで、正しい槌の振るい方を覚えました。」


 ヘーレンが興奮した表情でアルケインに訊ねた。


「なるほど。光を強く感じることが出来れば、それだけ微細な変化にも気づける……夢のような魔法じゃないか! あたい達にもその魔法をかけることはできるのか?」


 アルケインは少し考え込んだ後、残念そうな顔をして首を横に振った。


「たしかに、そのようなことも可能なのかもしれません。ですが、この魔法には大きな欠点があったのです。」


「欠点?? どんな欠点があるのかい?」


 アルケインがチラリとフォラスを見る。

 すると、フォラスは俺の方を指さしてアルケインに命じた。


「ちょうど、それを示すのに良い相手がいるではないか。ケイにその魔法をかけるのじゃ。」


 アルケインは慌てて首を横に振ってそれを拒否しようとした。


「フォラス様……それはあまりにご無体な。ケイ様は私と違って痛覚無効がないんですよ?」


「だからこそ、好都合なのじゃ。禁忌というものに触れると言うことがどれほど恐ろしいかと言うことを知らしめる。ケイならばそれを理解してくれるとどうして信じてやれぬのじゃ!」


(なんか嫌な予感しかしないんだけど……)


 彼らのやりとりを見るからに、明らかにヤバい事の実験台にされると判断した俺は、すぐにその場から立ち去ろうとする。

 だが、俺の肩をアンバーががっしりと掴んだ。


「どこへ行こうっていうのさ。せっかく面白いことになってきたんだから、最後まで付き合ってくれるんだよな?」


 異変を感じたアリシアが、アンバーに詰め寄った。


「今すぐケイを離しなさい! さもなければ、実力を行使させていただきます。」


「ちょっ!? お嬢が本気出したら工房が吹き飛んじゃうって……爺様! あたしじゃ対処しきれないから、何とかしておくれよ!!」


 フォラスは深い溜息をついた後、真面目な顔でアリシアに頭を下げた。


「お嬢様……お怒りの気持ちは重々に承知しております。ですが、これはお嬢様とケイの為でもあるのです。」


 彼はアンバーに俺を離すように指示した。

 一瞬だが、その時の彼の目に優しさを感じて俺は少し戸惑う。

 フォラスは俺に頭を下げながら、自分に言い聞かせるようにして告げた。


「ケイよ……お主は人間のように痛みを感じる事が出来る。だからこそ、禁忌を犯した者の末路という者を皆に示してやって欲しいのじゃ。儂はもう二度とあのような惨劇は繰り返したくはない。だから……今回ばかりは儂の願いを聞いてはくれぬか?」


(なるほど……人柱になれってことか)


 確かに俺は痛覚無効がない。

 そして、体が半分消し飛んでも回復できるだけの自己回復能力がある。

 つまり、通常の魔物が禁忌を犯した場合、どのような罰を受けるのかと言うことを身をもって示すことが出来るという訳なのだ。

 だけど……


「爺がそういう風に真面目な顔をするって事は、かなり危ない橋を俺に渡らせるつもりなんだよな?」


 フォラスは逡巡しながらも頷く。

 そんな彼の態度を見て、俺の覚悟は決まった。


「いつもそうやって、正直に教えてくれれば良いのにさ。分かったよ……人柱になってやるから、《感覚強化》の魔法を俺にかければ良いさ。」


 アリシアが不安そうな顔で俺を見る。

 俺はそんな彼女の肩にそっと手を乗せた。


「フォラスは俺とアリシアの為だと言っていた。俺はともかく、アリシアの為ということについてあの爺は嘘を言うはずがないと思うんだ。」


 アリシアは静かにかぶりを振ると、俺の手を取って両手で優しく包み込んだ。


「止めても無駄なのでしょうね。ただ、一つだけ覚えていておいて下さい。私にとって貴方はかけがえのない方なのです。ですから、自分をもっと大事にして下さい。」


 アリシアが何を言いたいのか、俺には痛いほど分かった。

 魔王の娘でありながら《戦乙女》として生まれた彼女は、自分のことを犠牲にして地上のために尽くしてきたからだ。

 アリシアには自分をもっと大事にして幸せになって欲しいと俺は願っていた。

 それは彼女自身が俺に望んでいることでもあるのだ。


(そして、フォラスからも『自分を犠牲にするのは傲慢だ』と忠告されていた)


 そのフォラスが俺に頭を下げるということは、それだけの理由があるに違いない。

 ヴェルクベルグの者達に禁忌を犯させたくないというのは本当のことだろう。

 だが、彼の態度から、それ以上に何か大きな理由があると感じたのだ。

 だから、俺はアリシアに優しく笑いかけて安心させることにした。


「俺は幸せ者だよ。こんなに自分のことを大事にしてくれる彼女がいるんだからさ。」


 彼女は俺の目をじっと見つめた後、諦めたように手を離した。


「分かりました……でも、無理はしないで下さいね。」


「それは、フォラス次第かな?」


 悪戯っぽい視線をフォラスに向けると、彼は肩を大きくすくめた。


「あまり公衆の面前でイチャイチャするでない。やると決めたなら早くこちらへ来るのじゃ。」


 俺はフォラスに促されるままに、工房の中心へと足を進めた。

 工房内は何処となく厳粛な雰囲気に包まれ、周囲の者達は固唾をのんで俺を見守っている。

 先ほどまで軽口を叩いていたアンバーも、真面目な顔で俺を見ている。

 アルケインは意を決したように俺へと歩み寄ると、俺の手を強く握った。

 緊張しているのか、彼の手は少し汗ばみ小刻みに震えていた。

 俺は彼の手を優しく握ると、ニヤリと笑いながら囁いた。


「初めての経験なので……痛くしないでね?」


 俺の冗談がツボに入ったのか、アルケインは思わず吹き出す。

 そんな俺達の様子を見て、フォラスが顔をしかめて叱りつけた。


「厳粛な場のはずが、ケイのせいで台無しじゃ! 儂がやるからアルケインは下がっておるがよい。」



 そう言うや否や、フォラスは俺に向かって仕込み杖を振りかざす。

 それを見たアルケインが慌てて俺に向かって叫んだ。


「ケイ様! 目をつぶって下さい。早く!!」


(えっ……目を? どういうこと??)


 突然のことに、俺の判断が一瞬鈍る。

 その一瞬の間に、眩い光の奔流が俺に襲いかかってくるのだった。

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