俺の流儀
俺とアリシアは村長の家に戻り、満月花の件についてさらに交渉することにした。
大体一週間前ぐらい前に収穫時期が分かること、大まかな収穫量がわかりそうだと説明すると、村長は手を叩いて喜んだ。
さらに、俺は笑みを浮かべながら村長に伝える。
「なにぶん……こういった土地で作る為、生産量が安定しないのです。もしかしたら、予想した収穫量よりより多少増えたりすることはあるかもしれません。まあ、保証できるわけではないですが。」
村長は目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
「そうなんですか! 時期がわかるだけでもありがたいのに……臨時の収穫があるかもしれないとは有り難いですね。本当に感謝いたします。」
「何かまた問題などがありましたら、スライムの厩舎にいるポピィという者を通じて連絡して下さい。」
俺は微笑して村長に手を差し出すと、彼は喜んで握手する。
そして、アリシアを見て、俺と一緒に外に出て欲しいと頼んできた。
訳も分からずに外に出てみると、村人が総出で俺たちに殺到した。
「先日はありがとうございました。」
「悪魔などと申してしまいましたが……あなた方こそ村の救世主です。」
「おにいさぁん! 素敵な彼女と幸せになってねぇん!」
俺は今、聞き捨てならない言葉を聞いた。
(なぜ……俺とアリシアが付き合い始めたことを知っているんだ?)
不穏な気配を感じ始めたとき、もう何度も聞いたあの音が聞こえてきた。
『ジャーン、ジャジャーン』
村の広場にあの水晶玉が……
ご神体でも捧げるように置かれている。
(へっ……なんで村にもこれが?)
俺が思わず村長のほうを振り向くと、彼は胸を張って俺に告げた。
「魔王様が今回の契約とお嬢様の婚約記念、そして友好の証にと、私達に水晶玉を下さりましてね……私共も、魔王軍との友好とケイ様達への感謝を忘れないようにするため、祭りのたびにこれを流して、末代まで伝えていこうと思っています。」
(ヤメテエェェェ!?)
俺は心の中で悶絶しながら、アリシアを一顧する。
彼女は顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆っていた。
そして、広場に置かれた水晶玉がとても素敵なステレオ音声で、『俺の天使』発言(字幕入り)や『恥ずかしい愛の告白の場面』を流すたびに、村人達が歓声と祝福の声を上げるのだった。
* * *
俺とアリシアは、あの映像を五周ぐらい見せられた後に村人たちから見送られて≪ペルセポネ≫に帰還した。
お互いにげんなりとした顔をする中、アリシアが俺に問いかける。
「ケイはオーベストの村の人々から慕われていました。何故、他の者に仕事を引き継いでしまったのですか?」
俺は笑顔で首を振った。
「俺はあくまで平和を維持するのが仕事だから、次の仕事にしっかり取り掛かるためにも、他の者にやらせる必要があるんだ。俺じゃなくても出来る仕事は、なるべく誰にでもできるような形にして引き継がせる……俺の主義ってところかな。」
「なるほど……ケイは前世でも、なるべく他の者に仕事をさせられるようにしていましたね。」
アリシアの言葉に、俺は昔の職場を思い出していた。
* * *
産休や子供の熱などで、突然仕事の穴が開くことが多かった俺の職場では、仕事を振るのも大変だった。
全体的にこれが出来ないとかあれが出来ないということがあると、出荷もできなくなってしまう。
だから俺は、そういったことを無くそうとした。
普遍化させられる仕事はそういった突発的に休める人に回して、逆に複雑な機器や現場との折衝などを俺がやるようにしていく。
そして、そういった機器の使い方もなるべく作業の写真とか取りながら、俺以外の人が使えるような手順書を作るようにしてきたのだ。
なんだかんだで、”子育てが落ち着いてきて自分の特別な仕事がしたい人”にそういった機器の分析を任せると喜んでいたし、俺も定時の間は他の仕事が出来るので一石二鳥だったんだけどね。
まあ、そうじゃないと、主任から係長になった時のパートの勤怠管理とかで、地獄を見るのが目に見えていたからという俺の個人的事情もある。
ちなみに、叩き上げの人間は、今までやってきた仕事を大事にしすぎて自分で抱え込む場合が多い。
なぜなら、その仕事の結果によって出世できたから、それを宝石のように大事に思えるからだ。
だから、仕事を引き継げるような体制を作らずに自分ですべてそれを抱え込む。
本来上に上がる人間はさらに上の職務が加わるから逆じゃなければならないのに、それを忘れて結局過労でダウンしてきた者達を見てきた。
だからこそ、俺は同じ轍を踏んではならないと心に決めているのだ。
* * *
そこまで考えていると、アリシアが複雑な顔で俺の肩に優しく手を乗せた。
「ケイ……昔の世界が恋しいですか?」
「いや、そんなことはないよ。俺は俺なりのベストを尽くして死んだんだから、全然未練はないさ。ただ……ちょっとだけ良いかな。」
俺はアリシアの手を握って感慨に浸った。
(こうして、彼女が出来たと思うと……なんだか今まで頑張ってきたのが無駄じゃなかったと、本当に思えるなぁ……)
不思議そうな顔をするアリシアに、俺は笑顔で話しかける。
「こんなに良い彼女が出来たんだなって実感してるんだ。俺の夢の一つだったんだよ……いつか本当に好きな人を彼女にして、そして一緒に家庭作って、プライベートでは幸せに過ごしたいって。だから、俺……今、本当に幸せだよ。」
俺の言葉を聞いた彼女の目から涙が流れはじめた。
「え……ちょ……俺、何かまずいことでも……」
アリシアが俺の胸に顔をうずめてつぶやいた。
「私も……とっても幸せです。自分のことをこんなに大事に思ってくれる人が現れるなんて、思っていなかったから。」
(三百年以上も辛い思いをしていたんだもんなあ……ある意味、不老不死って大変だよな)
俺は彼女がいじらしく感じて、頭を撫でながら優しく告げる。
「色々とあったかもしれないけど……幸せになれるように、一緒に頑張っていこうね。」
結局、アリシアが感極まって号泣してしまい……俺はあやす様に背中を撫で続ける。
ちょうどその瞬間、地面からルキフェルが現れた。
「ケイ、この度のスライムの件は見事な手腕だった。やはりおぬしに任せて正解だった……むぅ……」
号泣しているアリシアを見て、ルキフェルの表情が険しくなる。
「……なぜアリシアをが号泣しているのだ?」
俺は必至で弁解しようとする。
「いや……全くの誤解で……話せば少し長くなるんだけど……」
アリシアが俺にしっかり抱き着きながら、号泣してルキフェルに説明しようとする。
「お父様……ケイが……ケイが……私を、こんなに……うわあぁぁぁ!?」
(ちょ……アリシア!?)
アリシアのおかげでさらに誤解が深まる中、どこからともなくフォラスが表れて俺に問いかける。
「そういえば、ヒルデ様へのポピィについての言い訳は考えたのか?」
(この糞爺があぁぁぁぁ!? いい加減にしろおぉぉぉぉ!)
ルキフェルの手に恐ろしい魔力が込められていく。
そして魔法が発動しそうになった時に、ヒルデが表れて魔法を打ち消した。
ヒルデは黒い笑顔を浮かべながら、ルキフェルを叱った。
「なんてことをしてくれたのよ……あなた、わかっているの? ケイはアリシアの為に”甘酸っぱい”愛の囁きをしてくれたのよ! あと……後もう少しで、≪永久保存版≫の決定的な良い絵が撮れそうだったのに台無しだわ……どうしてくれるのよ!?」
(えっ……またこのパターンですか!? いや、命拾いしたのかな……)
俺の胸元から不穏な気配を感じる……
「お母様も聞いていましたよね……私達のプライベートを見ないで欲しいって……」
「ちょ……アリシア? ちょっと落ち着こうか。」
アリシアが優しく俺の肩を押して、この場には似つかわしくない優しげな笑顔で俺に告げる。
「ケイ……少しだけ、待っていてくださいね。この不埒者達を成敗してきますから。」
(声は優しげだが、これは完璧に逆らったら駄目な奴だ……)
俺が素直に頷くと、アリシアは自分の部屋にルキフェルとヒルダ、そして糞爺を引きずっていった。
(ルキフェル……ドン……マイ……)
隣の部屋からものすごい威圧感と共に膨大な魔力が発せられた気配がして、俺の部屋も思いっきり揺れた。
俺は遠い目をしながら隣の部屋で繰り広げられる戦いを思い浮かべた。
(うん……する気はないが、絶対に浮気はしないようにしよう……)
かなり長い間説教をする声が聞こえた後、俺はアリシアの部屋に呼ばれる。
部屋に入るとアリシアが腕を組んで仁王立ちしていた。
そして、涙目になっているルキフェルとフォラス、そしてしれっとした顔のヒルデがそれぞれ正座させられているのだった。




