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希代の天才

 ――天界と魔王軍との和平が成され、地上に仮初めの平和が訪れていた頃。 


 ノクターンは精霊女王を退位した際に、彼女が最も信頼した悪魔……すなわちフォラスに弟子入りした。

 それに習って、彼女の親衛隊の精霊魔女達も彼に弟子入りすることとなった。

 ノクターンの親衛隊はそれぞれ地上の主要な要素を体現した精霊であり、彼女達は率先して自分が管轄する世界の情報をフォラスに報告するようにしていた。

 だが、鉱石を司る精霊のアンバーはそれを望まなかった。 

 彼女は地脈に自らの力、すなわち妖素を浸透させていく。

 そして、浸透した妖素が大地の血である溶岩と混ざり合うことで、宝石や鉱石が生まれる。

 つまり、アンバーが存在するだけで、そこに住まう魔族達に恩寵を生み出しているというわけだ。

 だから、彼女は麾下のドワーフに技術面などの統括を任せて、自らは地中深くに作られた私室で本を読みながら、静かに日々を過ごす事を希望するのだった。

 魔王軍としても、貴重な資源を生み出す彼女の意思を無碍にすることは出来ず、それを黙認することとにした。

 ただ、そんなアンバーのことを妹のように可愛がっていたノクターンは、事ある毎にフォラスに『彼女に広い世界を見せてやって欲しい』と頼み込む。

 結局、フォラスは根負けするような形でアンバーに外の世界の魅力を伝え、さらに彼女の部屋で異世界の先鋭的な技術を披露した。

 本では知ることすら出来ない見事な技術に感銘を受けたアンバーは、フォラスに進められるがままに外の世界へと足を運ぶことにした。

 だが、それまでアンバーに技術面の統括を任されていたドワーフ達にしてみれば、今更その権限を取り上げられるのは面白くない。

 そのため、新しい技術などの披露はするようにしたが、その原理などについてはドワーフ族の門外不出の財産として囲い込んだ。

 アンバーに対するドワーフのやり方に、フォラスは苦虫を噛み潰すような気持ちになった。

 だが、アンバーが純粋に披露された技術を楽しみ、そして自分の麾下の者達が羽を広げて仕事が出来る事を望んだため、それを容認せざるを得なかった。

 ただ、それはアンバーの株を上げることにつながった。

 アンバーの配慮に彼女の麾下の者達は感銘を受け、慈悲深く頼もしい姐御として彼女を崇拝するようになったのだった。

 しかし、そうした状況の中で、冷めた目でそれを見ている者がいた。



 ――地脈を司る炎竜、アズガルドだ。


 絶大なる力を元に天使達と戦っていた竜族は、地上が平和になった後は異世界へと旅立っていった。

 これは、地上を平和になった時に竜族を必要とする世界へと移住させるならば戦いを終わらせるという盟約をルキフェルが取り付けたことによるものだ。

 当然のことながら、ルキフェルはそれを天界にも打診したわけだが、ミカエルもラファエルも平和になった後の竜族の危険性について苦慮していたため、渡りに船とばかりにその話に乗ることにした。

 ただ、この世界の根幹となる精霊と深く関わった 地脈を司る炎竜アズガルド、海流を司る水竜リヴァイア、そして大地を支える地竜ヨルムンドの三貴竜は地上の安定のためにこの世界に留まることになった。

 その三貴竜の一翼を担うアズガルドとアンバーは幼なじみであり、快活で情熱的なアズガルドと物静かで思慮深いとされていたアンバーは正反対の性格ながらも上手くやってきた。

 だが、アンバーが表の世界に出るようになってから、それが一変した。

 彼女が麾下の者達と親しげに話していると、明らかにアズガルドの機嫌が悪くなってしまうのだ。

 アンバーはその理由が分からずにアズガルドに問いかけるが、彼は不明瞭な返事しかせず、アンバーの方もそれで機嫌が悪くなってしまう。 

 結局、それが原因で、アンバーとアズガルドの仲は悪くなってしまった。

 そんな彼だったが『ドワーフ共は誰のおかげで生きていられるかが分かっていない』と、度し難い者を見るような顔で彼らを一瞥すると、静かにその場を立ち去るのだった。



 ――それから数十年後、ドワーフの長の元に人間が弟子入りした。


 名はマルトーと言い、クロノスからの親善大使としてヴェルクベルグの街を訪れた際、ドワーフの拵えた工芸品に強く惹かれてしまったそうだ。

 彼はクロノスでは誰もが知る名高い職人だったが、ミカエルに暇を願い出てドワーフの長であるヴェルンドに師事を願った。

 ミカエルは最初は難色を示したものの、弱き人間の中ではましな方な才能を持ったマルトーの実力を試してみたくなり、ルキフェルにマルトーを受け入れるように要請する。

 ルキフェルとしても、人間との誼を深める良いきっかけだと考え、ヴェルンドに師事させることにした。

 ヴェルンドは人間というあまりにも寿命が短くて魔力を持たぬ者を弟子に取ることを固辞したが、新たな精霊女王となったティターニアやアンバーの説得もあって渋々それを了承した。



 ――だが、マルトーはヴェルンドがとった弟子の中でも屈指の才能の持ち主だった。


 彼は砂が水を吸うように覚えが早く、それに奢ることのない素直で実直な性格だったため、すぐに古参のドワーフ達と打ち解けた。

 また、ドワーフ達のように魔力を持ちたいと願う一心で、彼らと同じものを食するようにした。

 最初の頃は食べ物が体に合わず、吐血すらしていたマルトーだったが、徐々に体が馴染んでいったようで、微弱ながらも魔力を持つことが出来るようになる。

 そして、遂にミスリルの槌を振るってダマスクの極意を身につけたのだった。

 ヴェルンドや古参のドワーフ達は、そんなマルトーのことを我が子に接するように愛し、心血を注いでドワーフが持っている技術を教え込んでいく。

 マルトーもそれに応えるように、寝食を惜しんで技術の継承に勤しんだ。

 だが、その一方で、面白くない思いをしている者達がいた。



 ――ヴェルンドの息子であるスミスとその一派の若者達だ。


 彼らは自分こそが次世代を担う後継者だと自負していた。

 だが、ヴェルンドがよそ者である無力な人間を溺愛し、ドワーフの秘術であるダマスクの極意を伝授したことに不信感を持ち始めていた。

 また、最初はマルトーのことを弱き人間如きと侮っていたが、彼はたったの五年でドワーフの若者達が数十年かけて培った技術を越えてしまった。

 スミスを初めとした若者達はそのことに危機感を感じていたが、ドワーフである自分達が人間に負けたことを認めたくない一心で、ヴェルンド達の築き上げてきた技術を古くさいものとして嘲るようになった。

 そして、フォラスがアンバーに披露している異世界の新技術に傾倒するようになっていった。



 ――ヴェルンドはそんなスミス達に複雑な思いを抱いた。


 いくら素晴らしい才能があるとはいえマルトーは人間なのだ。

 自分達の寿命が数百年あるのに対して、彼は百年生きることすら難しい。

 だから、マルトーが自分の後を継ぐなんてことは決してあり得ない。

 だいたい、実力で負けたと思うのであれば自らの技量のなさを嘆くべきであって、既存の技術を古くさいものとして馬鹿にするのは筋違いの話である。

 そういう考え方だからこそ彼らはマルトーに負けるのであり、古参のドワーフ達の目が厳しくなるということに何故気づけないのだろうか。

 ヴェルンドはドワーフの族の未来に一抹の不安を感じていたが、いつかスミス達が物事の本質というものを理解できる日が来るかもしれないと考え、彼らのやりたいようにやらせることにした。

 その一方で、彼はマルトーにさらに技術を教え込んでいった。

 いつしか、マルトーはヴェルンドが作った至高の作品と呼ばれるまでに有名な職人として、その名を魔王軍全体に轟かせることになった。



 ――だが、その名声がマルトーの運命を変えてしまうことになった。


 魔王軍でのマルトーの名声を聞いたミカエルは、彼をクロノスに召還する事に決めた。

 稀有な才能を持った人間を魔王軍に与えるのは惜しいと考えたからだ。

 当然のことながら、ヴェルンドはマルトーを自分の手元に留めおきたかったが、それが叶うことはなく、彼はクロノスに戻ることとなった。

 スミスをはじめとした若者たちは、マルトーがクロノスに戻ることによる技術の流出を危惧してその責任をどうとるのかとヴェルンドに詰め寄った。

 だが、マルトーがヴェルンドと彼らの前に割って入って、自らの作った皿を見せた瞬間、彼らは息をのんで黙った。

 それは一見すれば何の変哲もない白銀の皿だ。

 だが、一点の曇りもない鏡面仕立ての皿は、スミス達の邪な顔を映し出していた。

 スミスを初めとしたドワーフの若者達は、心の奥底まで写し出しそうな見事な鏡面に思わず顔を背けて言葉を失った。

 先ほどまでの喧噪が嘘のように静まる中、ヴェルンドはそっとを皿を手に取り、興味深げに観察した。

 そして、その皿に施された技術がドワーフのものではないことを看破して、満足げに微笑しながら頷いた。

 マルトーは堂々たる態度でヴェルンドに跪くと、今まで培ったドワーフの技術と精神は自らの宝として心の内に秘めおき、()()()()()()()封印することを約束した。

 スミスは、なおも信用できないと食い下がろうとしたが、ヴェルンドが冷たく彼に言い放った。


「お前は『たかが人間ごときがドワーフを超えることなど出来ぬことだ』と放言していたな? ならば、今ここでこの皿以上のものを作るがよい。そうすれば、私は長の座を退いてお前に後を譲ってやろう。」


 それを聞いたスミスは、ワナワナと身を震わせながらその場に立ち尽くした。

 その皿は何の魔力も感じられず、完全なる叩きの技術によって作られているのは明白だ。

 だが、あの見事な鏡面仕立ての技術はこの世のものとは思えず、自分とマルトーの技量の差を感じざるを得なかったからだ。

 ヴェルンドはそんなスミスを一瞥すると、マルトーをクロノスへと送り出した。

 そして、自分の後を継ぐ者の条件として、この白銀の皿以上の工芸品を作ることにしたのだった。



 ――クロノスに帰還したマルトーはミカエル直属の者として厚遇を得た。


 だが、彼はドワーフ達と交わした誓約を固く守り、彼らの技術を流出させなかった。

 それでも、ヴェルンドに師事した彼の技量は他の人間と隔絶したものとなっており、この世のものとは思えないような美しくも純粋なる工芸品を多数生み出した。

 クロノスの芸術家達の中でも先鋭派と呼ばれる者達は、マルトーの工芸品に魅了されて彼に弟子入りを切望する。

 マルトーはそんな彼らを快く受け入れた。

 そして、ヴェルンドや古参のドワーフ達が自らにしたように、厳しいながらも愛情を持って接するのだった。

 そんなマルトーのことをミカエルも好ましく思ったようで、事ある毎に彼を城に招いて技術面や魔族達との生活についての話を聞くのだった。

 そういった事情もあって、マルトーの権勢は彼が望まざるものだったとしても、盤石のものになると思われた。

 しかし、マルトーがクロノスに戻ってから数年後、彼は愛弟子と共に突然姿を消してしまった。

 ミカエルも国を挙げて彼らを探したが、遂に見つけ出すことは叶わなかった。

 人々はマルトーという巨匠がいなくなったことを嘆いた。

 そんな人々の為にミカエルがクロノスの一角に館を作り、そこにマルトーの工芸品を飾ることで人々の心を慰めた。

 館に飾られた至宝とも言える工芸品達は人々の心を癒やすと共に、古今の芸術を極めんとする人間の超えられぬ壁として、彼らの挑戦を静かに受け続けることになるのだった。

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