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ダマスクの原料

 フォラスがいなくなってからしばらく経った後、部屋の扉がノックされた。

 どこか遠慮がちなその音に対して、アンバーは快活に答える。


「その音はマルトーだろう? いつも言ってるけど、そんな遠慮深くしなくても良いんだよ。まったく……あたしが昔、粗暴にドアをノックするなと言ったのをそんなに気にしてるのかい?」


 その声に後押しされるように、扉がすっと押し開けられ、マルトーが頭を掻きながら入ってきた。


「そりゃあ、あの時の姐御の剣幕ったら、おっかなかったですからね。虫の居所が悪いって言うか……もの凄くイライラされてたもんで、そのまま絞め殺されるかと思ったんでさぁ。」


 アンバーは首をかしげながら、頬に人差し指を立てた。


「うーん……そんなこともあったっけなぁ? おおう、そうか!? あん時は、あの馬鹿野郎に絡まれた後でイラッとしてたんだよ。まあ、それは良いとしてケイ様に用事があってきたんだろう。さっさと要件を言っちゃいなよ。」


(あの馬鹿野郎……いったい、誰のことだろう?)


 俺が不思議そうな顔をしてアンバーの方を見ると、彼女は大袈裟に肩をすくめて首を横に振った。


「そういう詮索は良くないと思うよ。とにかくマルトーの話を聞いてやってくれないか。」


 マルトーはすこし照れくさそうに頭を掻く。


「まあ、そういうことがあって最近姐御の部屋からは足が遠くなっていたんでさぁ。それはともかく、コブラナイ達に魔鉱石の原料と精錬途中の工程の魔鉱石を渡してきましたぜ。なんか、鑑定の現場全体がやる気に満ちていて、いつもこういうのにうるさいゼーエンも乗り気になってたんですが……ケイ様がまた動いてくださったので?」


 先ほどのコブラナイ達とのやり取りを思い出して、俺は嬉しい気持ちになった。

 ただ、大っぴらにそういうのも恥ずかしかったので、ちょっと照れながら遠慮がちに頷く。


「それは良かったです。ただ、俺が何かしたというよりも、みんなにも納得して作業してほしかったので、意見のすり合わせをしたに過ぎないですよ。」


 マルトーはフッと笑いながら、アンバーを一顧する。

 アンバーが大仰に肩をすくめたのを見て、優しい顔になった。


「ケイ様は本当に転生者とは思えねえお方だ。キキーモラの婆どもが噂した通りのお方だと、再認識しやしたぜ。結果は二週間もすれば出ると思いますので、その時は妖素の低減についての助言をおねがいしやすぜ。」


 俺は笑顔でそれに応える。

 すると、マルトーは懐から白銀に輝く槌を取り出した。


「ケイ様はこれに興味がおありだった様ですな。何か気になることがあったので?」


 俺はまじまじとその槌を観察する。

 非の打ち所のない程に純白の石で作られた握り手やミスリルの輝きを最大限に活かすようにこしらえられた緻密な装飾は、率直に見た瞬間に感動を与えさせる何かを醸し出していた。


(やっぱり……どこかあのマルトーさんの造りと似ている)


 ヴァルハラの一件で見たスケルトンのマルトーの壺の拵えは、今見ている槌より洗練された芸術品だったが、俺の見立てに間違いが無ければきっと作者は一緒に違いない。

 妙な共通点が気になった俺は、ドワーフのマルトーに尋ねた。


「この槌の制作者って、今も生きているんですか?」


 彼は残念そうに首を横に振る。


「いえ、とっくの昔に寿命で死んでいるでしょうな。天才的な腕を持つ謙虚な努力家だったと聞いていやしたが……なにぶん寿命が短い人間だったもんで、たった十年ほど俺の祖父に師事した後に自分の国に帰っていったそうですぜ。」


「人間……魔王軍の者ではなかったんですね。」


「そうでさぁ。当時、クロノスでは技術者が不足していたそうで、そいつが祖父に弟子入りを志願したらしいですぜ。まあ、最初は全く誰にも相手にされなかったけれど、祖父の冗談みたいな試練を全て乗り越えちまったもんだから、最終的には周囲から一目置かれるようになったんでさぁ。」


 マルトーはアンバーの方を向いて意味ありげな笑みを浮かべる。

 アンバーは何かを察したようで、ニヤニヤしながら部屋の奥から手の平サイズの正方形の金属の塊を持ってきた。


「そうだな……これなんかが良い例だよ。」


 彼女は俺にその金属の塊を手渡す。

 見た目の大きさとは裏腹に、その塊は異様に重かった。

 よく見ると、金属が幾層にも重なっているようにも見えるが、その表面は磨かれた鏡のようになめらかな手触りだ。

 あまりの美しさに、俺は想わず感嘆して呟いた。


「これは一体……どうやってこんな物を作ったんだろうか……」


 アンバーが得意げな顔で俺に告げる。


「それが《ダマスク》の原料さ。ミスリルの槌で金属を気の遠くなるほど叩いて表面を極限までに滑らかにして重ねる。そうすると、金属同士がくっ付いちまうんだ。それを繰り返しながら、幾層にも積み重ねるとそうなるってわけだ。古今含めてこれが出来る奴はドワーフの長であるマルトーの祖父とその弟子だけだったのが残念って所だったね。」


(違う金属を重ねるだって? どれほどの技術なんだろう……)


 確かに接着剤のように、分子同士が密着することで物はくっ付くことが出来る。

 だが、金属の表面をそこまでなめらかにするということは気の遠くなるような作業だ。

 しかもそれを研磨ではなく槌で叩き上げるなどと言うのは、まさに神業とも言えるような技術が必要だろう。


「説明を聞いて、恐ろしいまでの技術を持った者がいたということが解りました。」


 俺は手の平にある塊の重みを改めて感じながら、思わず溜息をついた。

 そんな俺の姿を見たマルトーが、自分を指さしていった。


「祖父様は、俺にも随分期待していたみたいなんで、その弟子と同じマルトーって名前をつけさせたってわけだ。今はまだ《ダマスク》を作る域まで達せていないが、いつかは俺だって《ダマスク》を作れるようになってみせるつもりでさぁ。」


 そして、彼は自らの槌の握り手を見せた。


「だが、それだけじゃねえんでさぁ……この握り手に使われている石は白虎石と呼ばれていて、《アダマント》よりも硬い。普通の槌で叩いても、とてもじゃないが加工できる代物じゃないんだ。それを、ダマスクの技術の応用でここまで見事に加工したというんだから恐ろしい。生きていたら是非一度その技術を目に収めたかったもんだ。」


 アンバーも残念そうな顔で頷く。


「そうだね……あの素晴らしい技術をお前にも見せてやりたかったよ。この世界には転生してまた貢献して貰いたい奴が一杯いるのにさ。まったく、他の世界からは不要なぐらいにこっちに転生してくるのに不公平だったらありゃしないよ。」


 そこで俺と目が合って、彼女はペシりと自分の額を手で叩いた。


「あたしとしたことが、余計なことを言っちまった。ケイ様みたいな方もいるわけだから、そんなことを言っちゃいけないよな。たださ、どうしても考えちまうんだよ……みんな、あたしらみたいに自己転生出来るわけじゃあないんだからさ、少しぐらいそういったことの例外を認めちゃくれないもんなのかなってさ。」


 ふと俺の脳裏にヴァルハラでのマルトーやチゼルのことが浮かんだ。

 スケルトンと成り果てた後でも彼らは芸術に対して真摯に取り組み続けている。

 むしろ、あの壺などの芸術品を見る限り、今もなおその技術を向上させ続けているのだ。


(彼らは五百年の時を経た後、転生は出来るけど……)


 その技術は継承されずにヴァルハラの中に留まる。

 それはアルケインが引き継いでくれるとはいえ、そういった知識を持つ元人間が一からやり直しとなるのはどこか勿体ない気がした。


「……ケイ様……ケイ様!」


 どうやら、少し深く考え込みすぎたみたいでアンバーが俺の肩をバシバシと叩いている。

 ふと我に返ると、マルトーが苦笑しながら俺を見ていた。

 彼を見た俺は、あることを思い出す。


「そういえば、魔鉄鋼の最後の工程ですが、なぜ型から出した魔鉄鋼をミスリルの槌で叩くのでしょうか? 俺の世界ではそういった作業がなかったので、是非教えて貰いたいのですよ。」


 マルトーは長い髭を撫でながら懐かしげな顔をして答えた。


「昔、祖父様が『焼き上がった鋳塊は鏡面まで叩き上げて完成させるもんだ』って言っていたのが始まりなんでさぁ……昔は今よりも型とかも酷え出来で、表面を鏡面仕立てになるまで随分と叩き込んだもんですよ。でも、今はフォラス様やアンバーの姐御が新しい製錬技術を俺達に授けてくださったので、大分叩く量も減ったと思いますがね。」


(昔していたのに、今していない……一応気にとめておいた方が良さそうだぞ)


 若干違和感を感じて、俺は少し真面目な顔をしてマルトーに告げた。


「その鏡面仕立てにするっていう理由ですが、他に何か由来がないかを調べてもらえないでしょうか。そういう変化した点っていうのは、品質とかに関わる大事な点なんですよ。」


 マルトーは大きく肩をすくめながら答えた。


「叩くだけのことなんですがね……まあ、ケイ様には色々とお世話になった恩があるし、古株のドワーフなんかにも話を聞いてみることにしやすぜ。」


 俺は笑顔で頷くと、アリシアに耳打ちした。


「ちょっと気になる点があるから、ヴァルハラに行きたいんだ。付き合ってくれるかな?」


 アリシアが笑顔で頷くのを見て、アンバーがニヤニヤとしながら叫んだ。


「ケイ様達は良いよな。ああやってあたしらの目を憚らずにイチャイチャ出来るんだからさ。ああ~!! あたしもイフリートの体温ぐらいに情熱的な恋ってもんをしてみてえよ!」


 俺とアリシアはお互いの顔を見合わせて真っ赤になってしまう。

 そんな俺達のことをマルトーが微笑ましげな顔で見るのだった。

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