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男は度胸、女は愛嬌……でも、やっぱり男も愛嬌が必要

 俺はフォラスの言葉に思い当たることがあった。

 だが、敢えて彼にそれを聞くことにした。


「そうですね……ヘーレンさんから聞いたのですが、『コブラナイは完全なる実力主義』だそうですね。もしかしたら、それに関係することなのでしょうか?」


 フォラスは眉をピクリと動かしながら、面白くなさそうに頷く。


「確かにそれに関係することじゃ。現在のコブラナイの功績は鑑定によるもので成り立っておる。じゃが、お主が介入したことにより、《ドワーフとの共同作業による功績》という無視できぬ功績が出来てしまったわけじゃよ。」


(やっぱりそう来たか……)


 俺は深く頷きながら、ゼーエンに声をかける。


「そういえば、ヘーレンさんがドワーフ達との共同作業をすることによって、全体の二割ほどの労力が取られてしまうと言ってましたよね。」


 ゼーエンは確かにそうだと頷いた。

 俺はヘーレンの方に向き直り、彼女に話しかける。


「ヘーレンさん達の功績は、ゼーエンさん達の支え合ってものだと俺は考えて居ます。ですから、《ドワーフとの共同作業による功績》の八割はコブラナイ全体での功績としましょう。残りの二割はヘーレンさん達に上積みする形でどうでしょうか?」


 ヘーレンは少し考え込んだあと、彼女の周りに居るコブラナイに問いかけた。


「あたいは別にそれでかまわないよ。功績も大事だが、ドワーフ達と作業することによって通常ではやらないような鑑定をすることが出来るほうが魅力的だ。あたいにとって、腕を磨く機会をより得られる方が嬉しいんだよ。」


 通常ではやらない鑑定が出来るという言葉に心惹かれたのか、彼女の周囲にいたコブラナイ達は嬉しげな顔で頷いた。

 一方、ゼーエンの方は俺の方をじっと見た後に、優しげな顔で笑った。


「あたしは、今まで通りに鑑定の作業が出来れば良いと思っていた。だけどケイ様は、あたしらが支えているおかげでヘーレン達が作業できるってことを明言した上に、その功績をしっかりと還元してくれると言ってくれた。それに、さっきの《限度見本》の恩もあるし、ありがたくその話を受けさせてもらうよ。」


 彼女達に深く礼をすると、アンバーに言った。


「一応、当事者は納得してくれたようですが、もう一つお願いしたいことがあります。」


「ん? あたしに何をして欲しいんだい?」


「魔鉄鋼の件が解決した後も、妖素以外で同様の問題などが発生すると思います。ですから、ヘーレンさん達にはそれ以後もドワーフ達との共同作業が出来るようにしてもらいたいと考えて居るんです。」


 アンバーは腕を組みながら静かに首を振った。


「ケイ様が言うことも解るんだけど、まず最初にヘーレンとゼーエン達にその意思を確認しておかなきゃいけないよな。あんた達はケイ様が言うことについてどう思ってるんだい?」


 ヘーレンとゼーエンは俺を一顧した後、真っ直ぐにアンバーの目を見て答えた。


「あたいは、以後もドワーフと協力して、ゼーエン達が安心して作業出来るように尽力するよ。」

「あたしは、ヘーレン達がしっかりと仕事して、しっかりとした物がこっちに来るようにしてくれるなら文句はないね。」 


 他のコブラナイ達も、真摯な顔で頷く。

 それを見たアンバーは、鷹揚に頷いた。


「ケイ様は大したお方だな。コブラナイ達の心をもう掴んでしまったみたいだ。それなら、ヘーレン達の為に、新たな階級として《ミスリル》を設けるとするか。ドワーフとの共同作業専任でやってもらうから、しっかりと務めてくれよ。」


 ヘーレンとその周囲のコブラナイ達は姿勢を正して礼をする。

 ゼーエン達はそんな彼女達を応援するように拍手をするのだった。



 * * *



 ゼーエン達の拍手が終わった後、ヘーレンが思い出したかのように俺に問いかけた。


「そういれば、さっきケイ様はあたいに手の治療薬の話をしてくれたけど……あたい達が綺麗になったところで、男が振り向くと思っているのかい?」


 コブラナイ達が好奇の目で見つめる中、俺は頭を掻きながら彼女の問いに答える。


「うーん……単純に、俺も手が荒れる仕事をしたことがあったので、快適に鑑定の作業をして欲しいと思ったのが正直な気持ちでした。あと、俺の世界では《男は度胸、女は愛嬌》なんて言葉があるんで、やっぱり女性には笑顔で過ごしやすい職場であって欲しいという気持ちもありました。」


 アンバーが興味深げな顔で俺の言葉に食いつく。


「《男は度胸、女は愛嬌》か。あたしもそろそろ良い男を捕まえたいと思ってたんだ。具体的にどういう感じなのか、そこんところを詳しく教えてもらいたいもんだね。」


 さらに周囲の目が集まる中、俺はふと前世の頃を思い出す。


「そうですね……男女にふさわしいと考える資質を表した言葉ですよ。昔、職場に居たお局さんの言葉を借りると、『男はいざというときに果断に行動できる人、女は笑顔で場を和ませる人から先に結婚する』そうです。」


 アンバーはふむふむと頷きながら、俺の言葉に耳を傾ける。


「ほう……その《お局》って奴は中々深いことを言うもんだね。」


(そういえば、あの人はこうも言ってたな)


 ふと俺の脳裏に彼女の言葉が浮かんだ。


「彼女曰く、実際の所は『男も愛嬌が無けりゃ結婚は遠のく。挨拶や会釈が出来ない奴は論外』なんだそうですよ。」


「へぇ~それはどうしてだい?」


「挨拶は誰にでも平等に与えられるコミュニケーションで、気になる異性でもセクハラにならずに声をかけることが出来る手段。会釈も同様で、相手に好感を与える初歩の初歩の手段のため、それくらいのことすら出来ない奴は女を口説く資格がないそうです。」


 コブラナイ達がどっと笑い出した。


「そりゃ確かにちがいないね。《お局》って奴は含蓄のあることを言うもんだ。」

「《お局》の言うとおりだ。コボルトの奴らはそういったことが出来ちゃいない。」

「あたいらも、そうならないように気をつけたいもんだね。」


 アンバーは笑みを浮かべながら、俺の肩を叩きながら聞いてきた。


「それで、ケイ様の戦果はどうだったんだい?」


(それを言われちゃ厳しいなぁ……)


 俺は情けない顔をしながらがっくりと頭を垂れた。


「円滑に仕事をするって点では、男女関わりなく上手くいきましたね。やっぱりコミニュケーションは大事ですから。でも、前世では結局彼女は出来ませ……」


 そこまで言ったとことで、アリシアが俺の腕を掴んで引き寄せた。

 彼女は自信満々の笑みを浮かべながら、周囲に言い放つ。


「悪い虫がつかなかっただけのことです! 私は前世のケイがとても魅力的に見えましたよ。挨拶もしっかり出来るし、仕事もしっかりと頑張っていて、これほど魅力的な男性は他にいないと思ってましたから。」


(ア……アリシアさん!?)


 腕に伝わる柔らかい感触と共に気持ちが温かくなる中、コブラナイ達が羨望の目で俺を見た。


「こりゃあ面白い! 内面を磨き上げることで、こっちの世界の王女様に見出されたってわけだ。」

「宝石花の話も良かったけど、こっちの話の方があたいらの好みだ。」

「あたいらも愛嬌があれば、そういったこともありうるのかな。」


 アンバーが目を輝かせて俺の肩を叩いた。


「素晴らしい話じゃないか! 愛嬌があって仕事を真面目にする奴は、そういったチャンスに巡り会えるかもしれないってわけだよな。爺様! 是非この話をオベロン様に教えてやろうぜ。きっとあの方なら喜んでこのことを戯曲にしてくれると思うよ。」


 フォラスは呆れ顔をしながら肩をすくめた。


「儂はアリシア様の好みについて、あれこれと言う気は無いが……前世のケイは本当に冴えない男で、その世界の女性からは見向きもされなかったそうじゃぞ。」


 アンバーはチッチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を振った。


「爺様は分かってないなぁ……その冴えないと思われていた男が、愛嬌と真面目さによって王女に見出されるってところが素敵なんじゃないか。皆もそう思うだろう?」


 コブラナイ達は皆アンバーに同意するように頷いた。

 アンバーは得意げな顔をしながら、ずいっと俺に顔を近づけた。


「まあ、ケイ様はそれでめでたしとして、あたしらはどちらかというと選ばれるよりは選ぶ立場になりたいもんなんだよ。なんか、前世でそういった女が男を選ぶような良い手法とかはなかったかな?」


(うーん……そう言われてもなぁ……)


 俺が首をひねっていると、アリシアがポンと手を叩いた。


「そういえば、ケイの世界では《合コン》なるものがありましたよね。《肉食系》と呼ばれる精力的で魅力的な女性達が男達を酒場に呼び出し、その立ち振る舞いを見ながら将来有望な者かを見極める場を設けるそうです。」


(えっ……なんかそれって違う気が……)


 俺がその情報を訂正する前に、アンバーが俺の肩を掴んでガクガクと揺さぶった。


「おおっ!? そういうことを聞きたかったんだよ! なんだよ……そんな良い風習が異世界では流行っていたのか。それならあたし達にうってつけだ。じゃあ、今度の仕事明けにでも《合コン》ってやつをやってみるか。」


 コブラナイ達が《合コン》に興味を示したようで、騒ぎ始める。


「実はあたい、目をつけていたコボルトが居たんだよな……」

「今から会釈と挨拶だけでもしっかりしておくか。」

「今度、市場に綺麗な服でも買いに行かなきゃ!」


 だが、その喧噪をヘーレンが一喝してかき消した。


「浮かれてるんじゃないよ! さっきの話をちゃんと聞いてなかったのかい? 愛嬌だけじゃなくて、真面目に仕事しているのが重要なんだよ。」


 ゼーエンもそれに同調する。


「あたしらもしっかりと仕事を精力的にやって《肉食系》と呼ばれても恥ずかしくない女になるんだよ! 身繕いなんていうのはその後にやれば良い。」


 そして、彼女らは顔を見合わせると、俺に頭を下げながら言った。


「だけど、手の治療薬は良い案だと思うので、しっかりと手配しておくれ!」


 あまりにも真剣な声だった為、俺は一瞬固まったが笑顔でそれに応えた。


「もちろんです! アンバーさんに頼んで、しっかりと手配させて頂きますね。」


 アンバーは呆気にとられた顔で俺を見ていたが、すぐに破顔した。


「こういうのは事前に行って貰わないと予算が……って、この状況じゃ言えるわけがないよ! 全くケイ様はずるいお方だ。」


 その場に居る者達が皆笑う中、俺はフォラスに問いかけた。


「こういった形の解決になりましたが、よろしいでしょうか?」


 フォラスは何やら考え込むような仕草をしながら、俺をじっと見て答える。


「ケイは冴えない男で雑用をたくさんしておったと、ルキフェル様から聞いていたのじゃが……なかなかどうして、管理者としての考え方もしっかりと持っておるようじゃ。そのことについて、少し話を聞かせてはもらえないかのう?」


 アンバーが興味津々の顔でその話に乗っかってきた。


「そうなのかい? あの対応を見る限り、管理者としての経験があるもんだと思っていたよ。じゃあ、あたしの部屋でその話を聞かせてもらおうじゃないか。」


(一応、係長という立場だったんだけど……前世の俺の実績じゃ、そう思われてもしょうが無いか)


 俺は彼の申し出を快く受けると、ヘーレン達に声をかけた。


「それでは、俺は一旦席を外します。これから忙しくなると思いますが、よろしくお願いしますね。」


 ヘーレンを初めとしたコブラナイ達は、一斉に俺に礼をする。

 俺は彼女らに会釈をすると、アリシアと一緒にアンバーの私室へと向かうのだった。

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