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限度見本

 俺とアリシアはヘーレン達の後に続いて、作業場の外に出た。

 どうやら受け入れ場所の前で揉めて居るようで、カウンターの前に銀色の腕章を身につけたコブラナイ達とゼーエンが対峙していた。

 銀色の腕章を身につけたコブラナイ達は、ヘーレンに気づくと堰を切ったように叫びだした。


「ヘーレン! ゼーエンがあたいらに無理難題を押しつけようとしてるんだ。」

「ゼーエンはあんたが原因だって言ってるんだけど、一体どういうことなんだ!」

「あんたのせいでこんな目に遭ってるなら、しっかり説明してくれよ!」


ヘーレンは肩をすくめながら大きく溜息をついた後、ドスのきいた声で彼女達を怒鳴りつけた。


「ごちゃごちゃ五月蠅いんだよ! そんな一遍に言われても、アンバー姐さんのように頭に入るわけがないだろうが。あんたらは少し黙ってろ!」


 小柄な体に似つかない凄みを持った声は、その場に居る者を黙らせるのには十分だったようだ。

 先ほどまでの喧噪が収まる中、ヘーレンはツカツカとゼーヘンの方に歩き始める。

 その場に居たコブラナイ達は、彼女の迫力に気圧されたように道を空けた。

 ヘーレンはゼーエンの真ん前に立つと、ぎろり目を剥いて睨み付けた。


「ゼーエン! 変化を嫌うあんたが何かをし始めたということは評価してやる……だが、これは一体どういうことなんだい?」


 ゼーエンは涼しい顔でそれを受け流すと、ヘーレンの肩をポンと叩いた。


「あんたのせいで不足した労働力をシルバーの奴らで補おうとしただけさ。シルバー程度の能力じゃ、妖素の細かい量までは鑑定出来ない。だけど、規定より多いか少ないかぐらいは鑑定出来るはず。だから、事前に魔鉄鋼の妖素だけ測らせて、合格したものだけをあたいらが鑑定しようと考えたわけだ。」


 そして、周囲のシルバーのコブラナイ達を見て、嘆息した。


「だけど、あいつらはそれくらいのことすら出来なかった。だから、『出来損ないはさっさと持ち場へ帰れ』って言ってやっただけのことさ。」


 ヘーレンは大仰に肩をすくめながら、ゼーエンを見据える。


「確かにあたいはドワーフ達と協力して、今回の問題を解決しようとした。だけど、それは上手くいくという確信があってのことだ。出来もしないことを押しつけて、しかもその失敗を他者に押しつけるような無責任なことをするんじゃないよ!」


 ヘーレンとゼーエンが険悪な雰囲気になり始める。

 そんな両者の姿を見て、俺の心がズキリと痛んだ。


(昔、俺も同じようなことで悩んだことがある……そして今なら……)


 アリシアが俺の様子を見て、思わず介入しようとするが敢えてそれを制止した。


「すまないが、ここは俺に任せてくれないか。」


 彼女は、じっと俺を見つめた後に優しげな顔で頷く。

 俺はそんな彼女に感謝しながら、ヘーレンとゼーエンの間に割って入る。

 そして、ゆっくりと大きな音で手を打ちながら、のんびりとした声で叫んだ。


「は~い! ありがとうございました。お二方のご意見はとても参考になりましたよ!」


 圧倒的に場違いな俺の対応に、周囲の者達の視線が集中する。

 俺はゆったりとした口調でゼーエンに話しかけた。


「さて、今教えてもらった問題として、妖素の含有量が規定を下回る魔鉄鋼をシルバーの方々に判別して欲しいけれど、それが上手くいかない。そういうことでよろしいですよね?」


 ゼーエンは怪訝な顔をしながらも頷いた。

 俺は大げさに頷きながら、ゼーエンに問いかける。


「具体的に、どういった形で上手くいかないのか教えて頂けないでしょうか?」


 ゼーエンは一瞬戸惑ったような顔を見せたが、すぐにニヤリと笑った。


「ケイ様がなんとかしてくれるってことかい? それは頼もしいね……規定ぎりぎりじゃなければ、容易に鑑定で判別することが出来るんだが、微妙なところについてはどうしても精度の問題で失敗するんだよ。」


(なるほどね……じゃあ簡単な方から提案してみるか)


 俺はシルバーのコブラナイ達を見渡した後、ゼーエンに優しく告げた。


「それなら、妖素の含有量が微妙な魔鉄鋼は一度保留にして、先に分かる物を優先して鑑定するのはどうでしょうか?」


 シルバーのコブラナイ達は、それはそうだと頷き始める。

 だが、ゼーエンは納得いかない顔で首を振った。


「それはそうかもしれない……だけど、あたしはその微妙な物についてもなんとかして欲しいんだよ。ケイ様は、何か良い案を持っていたりはしないのかい?」


(うーん……さっき見せてもらった鑑定は、目視での作業のようだったよな)


 周囲のコブラナイ達が期待の目で俺を凝視する。

 俺はその視線を強く感じながら、過去の記憶を思い出す。


(目視と言うことは、《官能検査:五感で品質を判定する検査》に近いか……)


 ふと、頭の中で思いついたことがあり、俺はゼーエンに尋ねた。


「すみませんが、妖素の含有量が規定のぎりぎりの魔鉄鋼ってありますか? 出来ればぎりぎり合格とぎりぎり不合格の物があれば嬉しいんですけど。」


 ゼーエンは不思議そうな顔で首をかしげる。


「あるにはあるけど、それをどう使う気だい?」


 俺は意味ありげな笑みを浮かべて言った


「とりあえず、それを持ってきてもらってからのお楽しみにしましょう。」


 ゼーエンは少し不満げな顔をしたが、受付のコブラナイに声をかけて指示をする。

 ほどなくして、篭に入った魔鉄鋼がこちらに運び込まれてきた。

 俺は篭を持ってきてくれたコブラナイに丁寧に頭を下げ、その場に居たシルバーのコブラナイに声をかけた。


「そこの方、ちょっとこっちへ来て頂けますか?」


 彼女は一瞬怯んだような顔をしたが、ゼーエンが来るように促したため、おずおずと俺の前に進み出た。

 俺は出来るだけ優しげな顔をして、彼女に話しかける。


「お名前を聞いてもよろしいですか?」


 彼女は緊張した面持ちで答えた。


「……マルモアだ。」


「良い名前ですね。マルモアさん、それではこの二つの魔鉱石を鑑定してもらえますか?」


 マルモアは頷くと、懐から槌を取り出して一つ目の魔鉄鋼を叩き始める。

 コンコンコンと小気味よい音がその場を支配する中、魔鉄鋼が淡く赤色に光った。

 さらに、彼女は二つ目の魔鉄鋼を叩き始める。

 そして、魔鉄鋼が光り始めたところで、マルモアが目を見開いた。


「……こちらの方が妖素が高い。つまり、これが不合格品ってことか!」


 ゼーエンが驚いたような表情でマルモアを見て叫んだ。


「さっきは出来なかったことが、なんで出来るんだい!」


 マルモアは嬉しげな顔で答える。


「量については精確なところまで言えないけど、多いか少ないかぐらいならあたいにだって出来るんだ。光の強さの違いぐらいは判別することは可能なんだからさ。」


 俺は満足げに頷くと、周囲のコブラナイ達に言った。


「俺の世界では《限度見本》と呼ばれる物を使っていました。《ここまでは合格》の物と《これはぎりぎり不合格》という物があれば、合否が微妙な物についてはそれと比較することで判断することが出来るんです。」


 ゼーエンは納得した表情で先ほどの魔鉄鋼を手に取る。


「なるほど……これを使えば、シルバーでも妖素の含有量が微妙な物についても判別が出来るという訳か。」


 周囲に居たシルバーのコブラナイ達が、嬉々とした目でマルモアが持っている魔鉄鋼を見て叫んだ。


「あたいにもやらせておくれよ!」

「これなら、確かに出来るかもしれない!」

「ちょっと! あたいが先にやるんだよ!」


 周囲が喧噪に包まれる中、ゼーエンがヘーレンに深く頭を下げた。


「あんたがケイ様を信頼して、ドワーフの為に動いた理由がよく分かったよ。こんなのを見せられたら、信じる以外の選択肢がなくなるよ。」


 ヘーレンがそっぽを向きながらも、照れくさそうに言った。


「分かれば良いんだよ。まあ……あたいも少し言い過ぎた。ゼーエンなりに、あたいらのことを考えて動いてくれたんだろう。」


 ヘーレンとゼーエンの様子を見て、俺は穏やかな顔で頷く。

 いつの間にか、傍らにアリシアが居て、優しげな顔で俺に言った。


「ケイは本当に相手に寄り添った形で物事を解決してくれますね。」


「そんなことはないよ。元々は俺が引き起こした問題でもある。それに、俺を信じて動いてくれた相手を後押しするのは当然のことさ。」


 その時、後ろから声をかけられた。


「コブラナイ達が揉めてるって聞いたから来たんだけど、どうやら解決したようだね?」


 先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえり、アリシア以外は俺の後ろに居る者に傅く。

 ふと振り向くと、アンバーが興味深げな目で俺を見ていた。

 彼女は周囲を見渡しながら、俺に尋ねた。


「マルトーに聞いたけど、コブラナイとドワーフの仲裁だけでなく色々してくれたそうじゃないか。コボルトの作業をやりやすくしてくれたり、妖素の低減についての妙案……そして、今度は何をしてくれたんだい?」


 俺は、アンバーに簡単に経緯を説明する。

 それを聞いたアンバーは、破顔して思いっきり俺の肩を叩いた。


「ほう……その《限度見本》って奴は実に面白いねぇ! こんな方法があるんなら、もっと早く知りたかったよ。」


 そして、少し何かを考えるような仕草をした後、真顔で俺に問いかけた。


「それで、ケイ様はなぜ誰にでも出来るような手段で物事を解決しようとしたんだい? もっと自分だけが出来る解決法を使うことだって出来たんじゃないのか?」


 俺はアンバーの意図が分からずに問い返した。


「俺のやり方に、何か問題でもありましたか?」


 アンバーは静かに首を振る。


「そういうわけじゃない。どうして異世界の技術の知識がありながら、誰にでも出来るような手段で物事を解決しようとしたのかと疑問に思ったんだ。」


(それは流石に過大評価だよ……)


 俺は彼女が勘違いをしていると思って、肩をすくめながら答えた。


「そもそも、俺は前の世界ではただの一市民であって、そんな大層なことが出来るほどの知識は持っていないんです。」


 アンバーが納得をしていない顔をして居るので、俺はもう少しだけ付け加えることにする。


「ただ、雑用などをしている間に、誰にでも出来るような作業にするためにはどうすれば良いかってことを考えるようになりました。今回行った提案は、どちらかというとそういった経験に基づいたことだったかもしれないですね。」


 そして、周囲のコブラナイ達に対して語りかけた。


「それに、この世界ではこの世界のやり方があって、それを変えていくならば信頼関係が必要なんですよ。上辺だけ納得しても、最終的にそれが良いと思えないのならば、結局は元の木阿弥になってしまいます。だからこそ、みんなが出来る範囲での改善の提案をして、実際にその効果を実感してもらいたかったという気持ちがありました。」


 ヘーレンが大きく頷きながら、アンバーに深く礼をした。


「アンバー姐さん……あたいはケイ様の立ち振る舞いを見させてもらったけれど、その言葉に偽りはなかったよ。この方はコボルトの件にドワーフとの交渉、そしてあたいらの仕事についても、無理が無いように配慮してくれた。」


 アンバーがその言葉に頷きかけたその時、不意に俺の耳に息が吹きかけられた。


「どわああぁぁぁぁ!?」


 思わず叫び声を上げながら振り向くと、頬に指が刺さった。


(このやり方は……)


 俺の想像通り、フォラスが意地の悪い笑顔で笑っている。

 彼はアンバーとコブラナイ達を一顧すると、俺に問いかけた。


「確かにケイの振る舞いは見事じゃった。しかしのう……水面に投じた石は、波を立てるもの。お主が色々と立ち回ったことにより、コブラナイ達のヒエラルキーが崩れる恐れがあるのじゃ。それについてどう考えるか教えて欲しいのじゃ。」


 フォラスの言葉に思い当たることがあり、俺は真面目な顔になる。

 アリシアがそんな俺の心を支えるように、優しく俺の手を握るのだった。

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