表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

142/175

コブラナイとの折衝

 俺とアリシアはヘーレンにぐいぐいと引っ張られながら、彼女の持ち場へ連れて行かれた。

 作業場ではコブラナイ達が鑑定を行っているようで、打楽器のような小気味よい音色で溢れていたが、俺達を見た瞬間にその音が止んだ。

 そして、一瞬の静けさが訪れた後、コブラナイ達が一斉に俺達の方に駆け寄って、怒濤のように質問攻めをしてきた。


「ヘーレン! ドワーフ達とどう話をつけたんだい?」

「あの髭ダルマ達はちっとは反省したのかい?」

「ケイ様はしっかりとあたいらのために動いて下さったのか?」

「妖素がなくならない理由は分かったのかい? 納期まで時間があまりないんだよ。」


 それぞれが思い思いの質問をして収拾がつかなくなる中、ヘーレンは大きな声で怒鳴った。


「そんな一遍に言われても返事しきれないよ! とりあえず、ケイ様があたいらのためにしっかりと動いて下さったおかげで、ドワーフたちは反省した。そして、妖素がなくならない理由を調べるために、あたいらが協力することになった。」


 コブラナイ達の一部は納得した顔で頷いていたが、大半のコブラナイ達は不満げな顔をしている。

 その意思を代表するように、一匹のコブラナイがつかつかとヘーレンの前に歩いてきた。

 彼女は憤懣やるかたない顔をしながら、吐き捨てるように叫んだ。


「あの髭ダルマ達がしっかりと物を作っていないから、あたいらの仕事が増えているって言うのに、さらに協力しろだって? 冗談じゃないよ! 何だって、そんなことをしなくちゃなんないのさ。」


 その言葉に便乗したコブラナイ達が、ここぞとばかりにヘーレンを睨み付ける。

 だが、ヘーレンが周囲を睨め回すと、途端に目をそらした。

 ヘーレンは大きく肩をすくめると、俺に向き直る。


「ゼーエンが言うことも確かに一理ある。ただ、あたいが答えるよりもケイ様が説明してくれた方が伝わるだろうね。すまないが、こいつらにも分かるように教えてやってくれないか?」


 コブラナイ達の視線が一気に俺に集中する。

 俺は彼女達を落ち着かせるために、少しゆっくりとした口調で説明を始めた。


「今回の騒動の原因は、どの作業で妖素が低減出来ているのかが分からないということです。」


 コブラナイ達は確かにそうだという顔で頷く。

 俺は慎重に言葉を選びながら話を続ける。


「そして、それを知るために作業前と作業後の妖素の量を見て、妖素が減っているかを確認する必要があります。」


(ここまでの説明については、納得はしてくれているようだな)


 周囲を見渡したがそれほど反応が悪くなかった為、少し手応えを感じた俺は本題に入ることにした。


「そこで、各作業における原料と中間物……具体的に言うと原料の鉱石、そして粉砕後の鉱石、魔石灰と《樹巨人》の燻した物、そして魔高炉から溶出された時点の魔鉄鋼と、仕上げで叩かれた後の魔鉄鋼を鑑定してもらう必要があるんです。」


 そこまで話したところで、コブラナイ達がざわつき始める。

 ゼーエンが不機嫌そうな顔で俺に尋ねた。


「誰がその鑑定をするんだい? こちとら、あの無能な髭ダルマ達のせいで正規の仕事も溜まりに溜まっちまってるんだよ。その状態で、そんな訳の分からない物を鑑定させられるなんて、まっぴらごめんだよ。」


 俺は少し考え込むような仕草をしながら、ヘーレンに問いかける。


「例えばですが、先ほどの作業を二十回分するとした場合、全体のどれだけの労力を割くことになりますか?」


 ヘーレンは難しい顔をしながら、俺に問いに答えた。


「そうだね……ドワーフ達の様子を見ると、あれは急ぎの作業だろう? だから、優先してやんなきゃいけないだろうし、全体の二割程度は必要だろうね。」


 ヘーレンの言葉に、またコブラナイ達がざわめこうとし始める。

 俺はそれに先んじて、さらにヘーレンに問いかけた。


「ありがとうございます。では、このまま不具合を抱え続けることによる作業量の増加はどれだけの割合になりますか?」


 ヘーレンは周囲を見渡しながら、よく聞こえるように告げた。


「……魔鉄鋼の不具合は半数くらいだね。そして、あれはあたいらの仕事の中でもかなり多めだから、このまま続けば少なくとも、一ヶ月後には何の作業も出来なくなるだろうさ。」


 彼女の言葉に、コブラナイ達は困ったような顔をして黙り込む。

 だが、ゼーエンは納得がいかないといった顔でヘーレンに食ってかかる。


「そんなの知ったこっちゃないよ。今までは決められたとおりに作業をして、それで上手くいっていたのに、そんなヘンテコな物を鑑定しなくちゃいけないのはまっぴらごめんだ。あたいは絶対にやらないからな!」


 周囲のコブラナイ達が賛同しようとする中、ヘーレンは困ったような顔をしてアリシアを見た。

 きっと、魔王の娘という立場を使ってなんとかしてくれと考えたのかもしれない。

 だが、アリシアは静かに首を振って告げた。


「この場をケイに任せたのでしょう? それならば、彼を最後まで信じなさい。」


 俺は少し照れくさくなりながらも、ヘーレンがドワーフ達との取り決めについて怒鳴った際に、賛同していたコブラナイ達がいたことを思い起こす。


(一部でも納得してくれているなら、やりようはあるんだよね)


 そして、ヘーレンの肩を優しく叩いて囁いた。


「大丈夫です。ただ、貴女に旗振りはお願いすることになりそうです。」


 彼女が頷いたのを確認したのを確認した後、俺は大きな声でコブラナイ達に告げる。


「確かに、ゼーエンさんのように今まで通りに作業をしたいという方々もいると言うことは理解できます。ですが、その一方でヘーレンさんの言葉に賛同してくれた方も居るのではないでしょうか?」


 コブラナイ達は互いを見て、困惑しながらも頷いた。

 それを見た俺はなるべく優しげな声で提案した。


「そういうことでしたら、どうしても今まで通りやりたい方についてはそのままでかまいません。ただ、協力して頂ける方についてはすみませんが、俺達の力になって貰えないでしょうか?」


 俺の提案に勇気づけられたのか、先ほどのヘーレンの言葉に納得したように見えたコブラナイ達は頷いた。

 ヘーレンはようやく笑顔になって大きな声で叫ぶ。


「よっしゃあ! それなら、あたいがドワーフ達との窓口になるから、その指示に従って鑑定してくれ。ゼーエンもそれで良いね。」


 だが、ゼーエンはなおも不服そうに首を振る。


「そうは言っても、あまり多くの作業者をそっちに取られたら仕事が進まない。あんたはさっき、全体の二割程度居れば足りるって言ってたんだから、それ以上は割かないで欲しいね。」


 ヘーレンがまた怒りそうになる中、俺は二人の中に割って入った。


「確かにゼーエンさんの言うことはもっともです。それなら、二割の作業者を貸して下さい。ただ、あまり人数が少なくなると、それだけ貴女たちの作業量が増えてしまうと言うことも、どうかご理解下さい。」


 ゼーエンは満足げな顔で頷いて、ヘーレンの肩をポンと叩いた。


「あんたのことは気に入らないけど、ケイ様があたいらのために動いて下さったというのは信じられそうだ。」


 そして、彼女は周囲のコブラナイ達に向かって大きな声で告げた。


「それじゃ、あたいらは仕事に戻るぞ! ヘーレン達のせいで、ただでさえ多い仕事を少数でこなさなきゃ行けないんだ。ボヤボヤしてたら日が暮れちゃうよ。」


 俺達の手伝いをする以外のコブラナイ達は、いそいそと作業場に戻り鑑定を再開し始める。

 再び作業場に心地よいコツコツという音が流れ始める中、ヘーレンが歯ぎしりをしながら両拳を強く握りしめた。


「前からゼーエンのことはいけ好かない奴だと思っていたけど、今回の件で大嫌いになったよ! 偉そうに文句を言う割には、自分で何かをしようとはしない。その癖、あたいをライバル視して足を引っ張ることばかり言いやがるのさ。」


 俺は微笑しながらヘーレンに告げる。


「そうは言っても、ゼーエンさん達の作業は確実に増えました。そして、その状況で納得してくれたんだから、全く何もしていないってことにはならないですよね? きっと、内心では貴女のことを認めているけど、素直じゃないだけかも知れませんよ。」


 ヘーレンは肩の力を少し抜いて、俺をじっと見つめた。

 そして、少し呆れたような顔をしながらぼそりと呟く。


「ケイ様は人が良いねぇ……」


 だが、すぐに何かに思い当たったようで笑い始めた。


「いや……そういうわけでもなさそうだ。コボルトやドワーフ、そしてゼーエン達を手の平で転がしちまった上に、あたいまでその気にさせようとしている。やっぱりケイ様は恐ろしい悪魔だよ。」


 そして、アリシアの方に向き直って深々と頭を下げた。


「アリシア様の言うとおりでした。ケイ様はあたいらの立場になって、双方に公平な条件を提示してくれた。あそこでアリシア様の威光に頼っていたら、これほどまでに上手く話が纏まることはなかったでしょう。」


 アリシアは優しげに笑いながら、ヘーレンの手を取った。


「ケイは貴女の実力を高く買っているようです。今回の件を上手く乗り切れるよう、協力お願いしますね。」


 ヘーレンは嬉しげに笑いながら、残ったコブラナイ達に向かって勇ましく叫んだ。


「ケイ様とアリシア様はあたいらに期待して下さっているそうだ。これから少し忙しくなると思うが、絶対に上手くいくように頑張ろうじゃないか!」


 アリシアが俺の方を見て、微笑しながら頷く。

 俺もそれに応えるように、穏やかな顔で頷くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ